
「存立危機事態」答弁で台湾有事を抑止出来るか
歴代政権には、その時代に誕生した意味と歴史的な使命が有る。それを首相本人が自覚していたか、そして、その使命を果たし得たかは、後世の評価に委ねられる事になる。
2012年末から8年近くに及んだ第2次安倍晋三政権を振り返れば、集団的自衛権の行使を可能とした安全保障関連法の制定が大きな功績として挙げられる。長年の宿願だった憲法改正を後回しにして、中国の軍事的台頭に対抗する上で必須となる集団的自衛権の法整備を優先したのは「リアリスト安倍」の真骨頂と言えよう。安倍政権による安保法制定が無かったら、台湾有事について高市早苗首相が「存立危機事態になり得る」と国会で答弁して中国を怒らせる事も無かった。中国が怒るという事は、台湾の武力統一も視野に入れる中国にとって、日本が「参戦」する事態がそれだけ厄介な想定だからだ。
台湾有事+米軍出動=日本有事
存立危機事態とは「我が国と密接な関係にある他国に対する武力攻撃が発生し、これにより我が国の存立が脅かされ、国民の生命、自由及び幸福追求の権利が根底から覆される明白な危険がある事態」と定義され、我が国に対する武力攻撃事態に至った場合と同様、自衛隊が防衛出動を行う事が想定される。中国が台湾に侵攻したり、海上封鎖に踏み切ったりしたら直ちに我が国の存立危機事態になる訳ではない。米軍が台湾支援の為に出動すれば、先ずは米軍に対し補給や輸送等の後方支援を行う重要影響事態となり、米軍が中国と交戦状態になれば公海や日本の領海上で自衛隊が米軍の防護等に当たる存立危機事態に発展し、自衛隊や在日米軍基地が攻撃を受ければ武力攻撃事態となって日本も中国との交戦状態に突入——という経過が想定される。
台湾有事を想定した時、平時→重要影響事態→存立危機事態→武力攻撃事態と推移していく有事対応の枠組みの中で、長らく欠けていた存立危機事態のピースを埋めたのが安倍政権の安保法制定だった。当時の安倍政権は、北朝鮮が韓国に侵攻する朝鮮半島有事を想定した説明をする事が多かったが、立法サイドの念頭には常に台湾有事が有った。朝鮮半島有事に一義的に対処するのは在韓米軍であるのに対し、台湾有事に際して米軍の出撃拠点となるのは在日米軍基地であり、日本は後方支援のみならず、自衛隊が米軍の作戦行動に組み込まれる状況も想定される。我が国に対する武力攻撃に至らない迄も、自衛隊が米軍と共同行動を取れる集団的自衛権行使の法的な枠組みが是が非でも必要だった。
こうした想定から分かる通り、「台湾有事=日本有事」ではなく、「台湾有事+米軍出動=日本有事」という論理構成だ。中国が台湾に侵攻しても、米軍が台湾支援に出動しなければ、日本の存立危機事態にはなり得ない。加えてよく耳にするのが「自衛隊が台湾に行って中国軍と戦うのか」という誤解だ。憲法9条は戦争放棄と戦力不保持を規定しており、自衛隊は自衛の為の必要最小限度の実力行使しか出来ない。嘗て集団的自衛権の行使は必要最小限度を超えて違憲と解釈されて来たが、安倍政権に於いて必要最小限の範囲内で行使可能との解釈に変更された一方、「武力行使の目的を持って武装した部隊を他国の領土・領海・領空に派遣する、所謂、海外派兵は一般に自衛の為の必要最小限度を超えるものであり、憲法上許されない」との憲法解釈は堅持されている。
海外派兵は出来ない、つまり、自衛隊が台湾に派遣される事は有り得ない。それを大前提として、台湾有事に備える最後のピースを埋めたのが、岸田文雄政権に於ける「反撃能力の保有」決定だ。憲法9条に基づく専守防衛の基本姿勢は守りつつ、我が国領土(に在る米軍基地)を攻撃する敵のミサイル基地にミサイル等で反撃出来る様にしようというもので、台湾有事に於ける日本参戦の1形態に位置付けられる。岸田政権では防衛費の大幅増も進んだが、全ては中国の軍事的台頭に日米が協調して対抗する為。岸田元首相も台湾有事に備えなければならない歴史的使命を果たしたという見方も出来る。
国民に「参戦」の覚悟は有りや
こうした経緯を振り返った上で高市首相の答弁を聞けば、「当たり前の事を言ったに過ぎない」との指摘も的を射ている。只、日本政府はこれ迄、重要影響事態安全確保法(旧周辺事態安全確保法)や安保法の制定過程で台湾有事を想定した立法事実の説明をしてこなかった。具体的な脅威認識の対象として挙げてきたのは専ら北朝鮮の核・ミサイル開発であり、反撃能力の保有論議に於いてもそうだった。その背景には、中国が台湾の扱いを内政問題と位置付け、日本も米国も中国の主張する「1つの中国」という原則を否定していない現状がある。台湾有事に台湾を支援する事は、中国を代表する唯一の正統政府が中華人民共和国だとする1つの中国の考え方に真っ向から反する。だからと言って、中国の台湾侵攻を見過ごせば、西太平洋に於ける米中の軍事バランスが崩れ、日本や東南アジア諸国、更にはオーストラリアにも中国の軍事的脅威が重くのし掛かる。
日本政府としては、北朝鮮の脅威を強調する一方で、中国を表立って刺激するのは避けつつ、実質的な台湾有事への備えを進めてきた。中国は中国で、東・南シナ海への海洋進出を露骨に拡大し、尖閣諸島周辺では日本領海への侵入を繰り返しながら、台湾統一の機会を窺ってきた。そして、習近平中国国家主席の3期目の任期が終わる27年が近付き、いよいよ、台湾の武力統一に動くのではないかと危惧されるタイミングで就任したのが高市首相だ。安倍元首相等が進めてきた台湾有事への備えを引き継いだ高市首相の歴史的使命は、その備えを生かして台湾有事を抑止し、地域の平和と安定を守る事に有る。
高市首相の存立危機事態答弁に対しては「勇み足」等の批判も有る。だが、中国が武力統一の野心を隠さない以上、米中対立の最前線に位置する日本として、台湾有事への対処方針を明言しない曖昧戦略を採ったままで居られる時期はもう過ぎたのではないか。中国に台湾の武力統一を思い止まらせる事が出来るとすれば、米国が軍事介入の意思を明確にするしかない。米国が軍事介入する場合には日本の協力が不可欠。日本の首相が初めてその意思を国会答弁で明示したインパクトは大きい。だからこそ、中国は動揺し、激しく反発して見せたのだ。
首相答弁が台湾有事の抑止を目的としている以上、中国の反発を受けて撤回する事等が有ってはならない。米国と行動を共にする日本の覚悟に僅かでも揺らぎが見えれば、中国側はそこに付け込み、日本の世論に揺さぶりを掛け、台湾侵攻の野心を更に膨らませるだろう。いざ台湾有事となれば日本も中国との交戦状態に入るのだという覚悟を日本国民にも持ってもらう必要が有る。首相が一旦、口にしたからには、もう引き返せない。国民に理解を求める「啓蒙」の使命も高市首相は自ら背負ったのである。
さて、集団的自衛権の行使を可能とした安保法の制定が安倍元首相の「功」だとしたら、経済力の相対的低下と円安インフレを招いたアベノミクスの「罪」と如何に向き合うか。岸田元首相と石破茂前首相はアベノミクスからの脱却を模索したが、有効な物価高対策を講じられず、「安倍氏の後継者」を自任する高市首相はアベノミクスに回帰する事で景気刺激を図りたい考えの様だが、その結果、更なる円安が物価高に拍車を掛ける厳しいシナリオが現実味を帯びてきた。
筆者が懸念するのは、高市首相が経済失政によって国民の信頼を失い、台湾有事を抑止する歴史的使命にも支障を来す事だ。そうならない為には「脱アベノミクス」も自らの歴史的使命と思い定める「君子豹変」を高市首相に期待したいのだが。




LEAVE A REPLY