
日本の政治を前に進める「改革」の旗手は何処に?
自民党は何故、衆参両院で与党過半数割れに追い込まれる迄に国民の信頼を失ったのか。一義的には、派閥の裏金問題に象徴される「政治とカネ」と、物価高への対応を誤った事が原因として挙げられよう。庶民は物価高に苦しんでいるのに、自民党の政治家は企業や業界団体にパーティー券を買わせては裏金として懐に入れ、庶民が限られた所得から税金を取り立てられているのに、自民党の政治家は裏金所得の税金を免れて知らん顔。それを許す政権が「消費税は社会保障の財源だから減税は出来ない」と筋論を言っても誰が聞く耳を持つのか。
「本気の改革」を封印した小泉氏の敗北
「#変われ自民党」を掲げた自民党総裁選(10月4日投開票)だったが、それ迄の自民党の何処が間違っていて、何を反省し、何を変えるのかが議論されたとは言い難い。石破茂前首相は参院選敗北の責任を問う「石破降ろし」に屈して退陣した訳だが、石破政権の誤りを糾弾して改める議論も見られなかった。それもその筈で、党内融和に努めた結果、「石破らしさ」を失ったと石破氏本人がいみじくも言った通り、石破氏の失策は自民党を変えなかった事だ。自民党を変える気の無い総裁候補の面々に、石破氏の過ちを指摘出来よう筈も無かった。
いや、自民党を変える意思を持つ候補がいなかったと言うのは言い過ぎか。昨年9月の総裁選に出馬した時の小泉進次郎氏は、「決着」をキャッチフレーズに掲げ、「長年議論ばかりを続け、答えを出していない課題に決着を付けたい」と訴えた。筆者はこれを「失われた30年」と向き合う決意表明と受け止め、率直に期待もしたが、昨年の総裁選では退けられ、今回の総裁選で小泉氏はこれを封印した。
自民党が問われるべきは、裏金議員を処分するかとか、目の前の物価高対策で減税に踏み切るか等の小事ばかりではない。バブル崩壊後の失われた30年に於いて、旧民主党に政権の座を明け渡した3年間を除き、一貫して日本の舵取りを担って来たのが自民党だ。衆院小選挙区制と政党交付金の導入によって金権腐敗の無い政策本位の2大政党体制を目指したのが「平成の政治改革」だったが、日本の政治・経済・社会はグローバリゼーションの潮流に乗り遅れ、人口減少と経済力の相対的な低下に歯止めを掛けられないまま、既得権益を守るのに汲々として来た。政治が再分配出来るパイも縮小する中で起きたのが、首相のお友達や後援会を優遇した森友・加計問題や桜を見る会、派閥のパーティー券収入を裏金化する等のせこい政権スキャンダルだった。
昨年の自民党総裁選は、失われた30年と決別して政治を前に進めるのか、総裁の顔だけ変えて既得権益にしがみつく保身の政治を続けるのかが問われ、表向き改革を唱えながら内実は党内融和を優先する後者の総裁として石破氏が選出された。この時、小泉氏が1年以内に実現する最優先課題として打ち出したのが「政治改革」「聖域なき規制改革」「人生の選択肢の拡大」だった。失われた30年の間、日本がグローバル化に対応する産業構造改革に取り組もうとするなら、労働力の流動化は避けて通れない課題だったが、それには失業率の悪化という痛みを伴う。平成の日本が選択したのは、非正規を増やしてでも雇用を守るデフレ政策。既存の企業は生産拠点を海外にアウトソーシングする事で価格競争力を追い求めつつ旧来の業態維持に固執した。その結果進んだのが国内産業の空洞化である。
小泉氏が「聖域なき規制改革」として「大企業正社員の解雇規制を見直す」と主張したのはその問題意識からだ。「人生の選択肢の拡大」として「選択的夫婦別姓を認める法案を国会に提出する」と主張したのも、女性の社会進出を阻む夫婦同姓が日本の労働力の固定化と少子化の一因となり、グローバル人材が育たない内向き経済の縮小スパイラルを生んでいるという危機意識からだったのではないか。従来の自民党が打ち出す事の出来なかった本気の改革を訴えて昨年敗れた小泉氏が今年、こうした主張を封印して掲げたのが「一致団結」。今回の総裁選から本気の改革論議は消え、小泉氏の輝きも失われた。
「中道のど真ん中」に立憲民主の勝機はあるか
自民党が新たなリーダーに選んだのは高市早苗氏。初の女性総裁という新鮮なイメージとは裏腹に、「責任ある積極財政」の主張は既得権益を温存するアベノミクスの延長線上に在る。現状の物価高は、大規模な金融緩和と積極的な財政出動によって見せ掛けの国内総生産(GDP)を演出してきた当然の帰結と言える円安インフレだ。当面の物価高対策としてガソリン等の暫定税率を廃止しても、アベノミクスを継続すれば円の価値は更に毀損され、円建ての物価は上がる。アベノミクスの開始から既に12年。この間、日本経済の地位低下が進んだ現実から自民党は尚も目を背け続ける道を選択した。失われた30年と向き合わず、裏金問題も有耶無耶にして、それでも政権与党の座に留まろうと言うのだから、「解党的出直し」の掛け声も何処へやら。石破政権の中道路線から安倍政権期の保守路線へ回帰する事により、参院選で参政党や日本保守党に流れた保守票を取り戻す目論見もチラつく。
そんな自民に愛想を尽かしたのが、26年間寄り添ってきた公明党だ。自公連立の解消によって自民党は今後の選挙で公明支持票を失う事になる一方、公明の掲げる「中道」の足枷が取れた事で、元祖・右派ポピュリズムの日本維新の会、シン・右派ポピュリズムの国民民主党、極右ポピュリズムの参政党等と連携していく道筋が付いたとも言える。大阪・関西万博の開催やカジノを含む統合型リゾート(IR)の推進で政権とタッグを組んできた維新は高市自民との連立協議に応じた。国民民主の玉木雄一郎代表は立憲民主党から「野党連立の首相候補に」と誘われたのを蹴り、政権への接近に躍起になっている。本稿執筆の時点で新しい連立の枠組みは定まっていないが、衆参両院の与党過半数割れで流動化した与野党の対立構図に再編の方向性が見えてきた。
この流れは案外、野党第1党の立憲民主にプラスに働く可能性が有る。自民党の支持率が低迷しても立憲民主の党勢が伸び悩む状況を打開すべく、昨年9月、代表に就任したのが野田佳彦氏だ。当時は自民党総裁選で小泉氏が有力視され、自民党が小泉氏の中道改革路線に舵を切れば立憲民主が埋没し兼ねないとの危機感が立憲民主内に広がっていた。首相経験者の野田代表であれば「小泉自民」との大連立も辞さない構えで与野党の政策協議を主導出来るのではないか。そんな思惑含みで野田代表体制がスタートしたのだが、小泉氏は総裁選で失速。改革姿勢の煮え切らない石破政権との政策協議は思う様に進まず、衆参両院で与党が過半数割れに追い込まれても立憲民主の議席は引き続き伸び悩んだ。
今年7月の参院選では国民民主と参政党が躍進し、立憲民主は野党第1党の座を維持したものの存在感は低下の一途。再度訪れた自民党総裁選で小泉氏が勝利した場合、改めて政策協議で接近を図るか、維新や国民民主とは一線を画して与党と対峙するかの選択を迫られる所だったが、高市自民の誕生で悩む必要は無くなった。右派勢力が政権側に結集してくれれば、中道勢力の旗手として野党を率いる立憲民主の存在感は高まる。同様の中道路線を取る公明と同じ野党として連携出来れば更に心強い。
「変われなかった自民党」と対峙する野党の真価が問われる場面だ。ここで立憲民主が勝機を掴めるかは、「反対ばかりの野党」のレッテルを剥がし、日本の政治を前に進める「改革」の具体像を示せるかに懸かっている。野田代表の語る「中道のど真ん中の王道」が向かう先は未だ見えない。




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