
両国の貿易自由化を促進しパートナーシップを深める
経済上の連携に関する日本国とインドネシア共和国との間の協定を改正する議定書への署名が行われた。インドネシアとの経済連携協定(EPA)を改定するというものである。
EPAとは、2以上の国又は地域の間で締結される、物品及びサービスの自由貿易に加え、知的財産の保護、投資、政府調達、二国間協力など貿易以外の分野も含む包括的な協定である。日本はこれ迄に、米国、EU、ASEAN諸国を含む24の国・地域と、21の経済連携協定等を締結している。これら発効済・署名済のEPA等に基づく相手国との貿易は、日本の貿易総額の78・8%を占める。中国・韓国とのFTA交渉は停滞しており、トルコ、UAE、GCC(湾岸協力理事会)、コロンビアとは現在も交渉が続けられている。
日本とインドネシアとのEPAは2007年に署名され08年に発効している。インドネシアは日本にとって輸出は13位、輸入は10位の貿易相手国であり主要な投資先でもある。日本とインドネシアの貿易は60年以上前から続いており関係は良好である。インドネシアにとって日本は輸出入共に3位の貿易相手国となっている。
インドネシアの対日輸出額は24年度で130億1288万㌦、対日輸入額は234億5190万㌦である。インドネシアの輸出品は石炭、天然ガス、石油、ニッケルが多い。以前は石油を最も多く輸出していたが、国内の経済成長の影響で、現在は消費国としての側面が強い。近年、日本のエネルギー資源の調達先はオーストラリアやマレーシアに移りつつあるとは言え、インドネシアからの天然ガスの輸入も未だ死活的に重要な取引である。日本からは主に農機具や建機、自動車、二輪車、一般機械を輸入している。特にホンダがインドネシアでは有名になっており、自動車では年9万台と苦戦しているが、二輪車では圧倒的なシェアを持ち620万台以上を供給している。衣料品ではユニクロの知名度が上がっており、インドネシア国内に77店舗を展開している。飲料品ではヤクルトが支持されつつある。インドネシア国内でもヤクルトレディによる訪問販売や、スーパーやショッピングモールでの販売が行われており、ヤクルトの売り上げは1日に700万本となっている。
インドネシアの人口は約2・8億人であり日本にとって有力な巨大市場でもある。日本からの22年度の援助実績は有償資金協力が約2739億円となっているが無償資金協力は約3億円、技術協力は約41億円である。インドネシアが諸外国から得る経済援助の約48%、つまり約半分が日本からとなっている。岸田政権時代には岸田首相が在任中に3度もインドネシアを訪問している。23年6月には天皇皇后両陛下の訪問も実現している。
看護師・介護福祉士候補者の受入れ条件を改善
さて、今回の議定書改正の経緯についてであるが、条文には「発効から5年目に見直す」との規定が有り、08年の発効を受け、13年に見直しを開始する事で両国は合意した。その後、やや遅れて15年に見直し交渉が本格化し、23年、岸田政権下での日・インドネシア首脳会談に於いて大筋合意に至り、24年に両国が署名した。条文に記載された5年目の見直しの内容を決める為に10年も掛かっている。それだけ通商を含む二国間関係が安定し、良好であった事の表れとも言える。
インドネシア市場に関する改正点は自動車及び鉄鋼・鉄鋼製品計19品目の関税撤廃・引下げ、自動車生産等の特定の用途の為に輸入される製品についての免税制度の改善、日本産短粒種米の低関税輸入枠の設定、高層建築物の所有・リースに関する不動産サービス・倉庫サービス及び貨物輸送代理店サービスに関する約束。日本市場に関する改正点は114品目の農水産品等の関税撤廃・引下げ等である。バナナ、パイナップル、キハダマグロ、カツオ缶、マグロ缶、かつお節、マヨネーズ、果汁ジュース等が対象となる。ルールの改正としては情報越境移転の制限禁止やコンピュータ関連設備の設置要求の禁止、ソースコード開示要求の禁止等を盛り込みデジタル貿易の促進を図る。特許の外国語書面出願手続に於ける利便性確保や地理的表示関連規定の追加もなされた。
看護師・介護福祉士候補者の受け入れ条件の改善もなされた。協定上、これ迄インドネシア人候補者の我が国での滞在期間は看護師候補者にあっては上限3年、介護福祉士候補者は上限4年とされており、この期間内に看護師又は介護福祉士資格の取得を目指す事とされていた。これをいずれも上限5年とし、それぞれの資格取得の為の機会を増やす事にした。尚、資格を取得すると在留期間の更新の制限が無くなる。同様の措置はインドネシアに限った事ではなく同じくEPAを締結しているフィリピンやベトナムも対象として各々措置されている。
又、24年度に於けるインドネシア人介護福祉士候補の受け入れ人数は295名、資格取得者は237名で、いずれも増加傾向に在る。一方で、同年度のインドネシアからの看護師候補の受け入れは14名にとどまり、09年のピーク時(173名)以降、減少が続いている。待遇面、特に給与が他の受け入れ国に比べて劣っていることが、主な要因と考えられる。
25年1月、石破茂首相は外遊先としてインドネシアを訪問し、プラボウォ大統領と首脳会談を行った。会談では、安全保障分野に於ける協力の深化で一致し、また「アジア・ゼロエミッション共同体構想」に基づく電力プロジェクトを始め、資源・インフラ分野での連携強化を確認した。インドネシアの政治情勢は現在、安定しており、プラボウォ政権は25〜29年の間に、総額544兆5000億ルピア(約5兆円)規模のインフラ事業を推進する方針である。具体的には、水資源の開発や高速道路・橋梁の建設等が計画されている。重要鉱物の開発や半導体素材の生産といった分野では、日本企業による投資への期待も高まっている。
インド太平洋地域で日本がFOIP戦略を提唱
日本とインドネシアは共に海に囲まれた世界最大級の海洋国家であり、インド太平洋地域が一体となる位置に在る。23年3月、岸田首相は「自由で開かれたインド太平洋(FOIP)」の発展の為の新たな計画を発表した。この計画はインド太平洋地域の繋がりを改善し、自由を守り、法の支配を尊重し、圧力や力から解放され、繁栄を促進する事を目的としている。提唱されたFOIP協力の新たな柱は、①平和の原則と繁栄のルール、②グローバル・コモンズの課題等へのインド太平洋流対処、③多層的な連結性の強化、④「海」から「空」へ拡がる安全保障・安全利用の取り組みの4つである。
日本とインドネシアは地震や火山が多いという点で似ている事から、協力し合える事も多いであろう。日本は自然災害対策に対応したダムの建設や水資源管理、洪水緩和、海水浴場保全、衛生施設、有料道路の整備に関する知見を有している。長い協力関係から2国間に在る信頼は厚い。23年には日本がG7広島サミットで議長国となりインドネシアがASEAN議長国となる事によりグローバルな課題への対応を共に行ってきた。広島サミットでは岸田首相がインドネシアのジョコ大統領を招待して首脳会談を開催している。
インドネシアの経済成長率はベトナムと並んで高い。これ迄は石炭、天然ガス、ニッケル等の資源輸出に依存してきたが、今後の持続的な成長には、資源依存から脱却し、高付加価値産業や加工業の育成、市場の高度化が不可欠である。現段階では、外資の投資は主にニッケル鉱石の採掘・精錬に集中しており、より付加価値の高い製品の輸出には繋がっていない。同様の課題をベトナムは外資誘致によって乗り越えてきた。日本には、インドネシア産業の高度化に資する経験と技術が備わっており、それを活かす余地は大きい。インドネシアと中国の関係が緊密化する中、日本としても同国に於けるプレゼンス強化に向けた戦略を講じる必要が有る。日本がインドネシアの高付加価値産業育成の良きパートナーになる事を願って止まない。
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