
限られた財源の奪い合い。予算編成は混乱必至!
2026年度の次期診療報酬改定に向けた議論がスタートした。次期改定は医療機関の機能分化や強化、疲弊する病院への支援、医療従事者の賃上げ等が焦点となる。更に今回は参院選で自民、公明両党が衆参とも少数与党に転落するという環境の変化も加わった。「手取り増」「社会保険料の引き下げ」を迫る野党への配慮を迫られるだけに流動的要素は多い。
参院選では消費税減免の有無が争点になった。与党は消費減税を否定し給付金の支給を訴えて大敗したものの、「消費税は社会保障財源」と主張してきた手前、消費減税に転じるのは難しい。
財務省によると24年度の消費税収は25兆円となり、税率が10%になった影響が初めてフルに現れた20年度の21兆円から比べると4兆円増えた。参院選前、自民党の厚生労働族議員等はこの増収分を医療の充実に回し、医療従事者の賃上げに充てる様に求めていた。医師の賃金は依然高水準だが、医療・福祉業の賃金改定率(24年)は2・5%に留まり、全産業平均の4・1%を大きく下回っている。多くの医療機関は赤字と人手不足に喘いでおり、同党の有力支持団体・日本医師会も増収分を医療政策に回す様、迫っていた。
今年の政府の「経済財政運営と改革の基本方針」(骨太の方針)にも、医療関係者の賃上げについて「経済・物価動向等を踏まえた対応に相当する増加分を加算する」と明記され、財務省も賃上げには配慮する考えを示していた。しかし、参院選の結果、政府・与党の思惑は大きく揺らいでいる。
「年収の壁」の上限アップを訴える国民民主党は、自公が上限を103万円から123万円に引き上げた事を評価していない。税金や社会保険料の負担が増え、手取り収入が減る境界線が年収の壁だ。同党は参院選でも上限を178万円までアップさせる事を掲げ、大勝利を収めた。
政府は基礎控除と給与所得控除の合計を103万円から178万円に引き上げると国と地方の税収が7・6兆円減るとの試算を示していたが、同党は税収の上振れ分や予算の使い残しを使えば不足分を賄えると主張している。玉木雄一郎代表は「物価高が最大の課題だ。働く現役世代をしっかりサポートしていきたい」と繰り返しており、消費税収増4兆円分を巡って与党との綱引きを始める事になりそうだ。
一方、日本維新の会は選挙戦で「社会保険料の引き下げ」による現役世代の手取り増を前面に打ち出した。そもそも同党は選挙前から25年度政府予算への賛成と引き換えに自公両党と社会保険料引き下げの実現に向け、国民医療費の4兆円削減と保険料の年間6万円引き下げを「念頭に置く」とした合意をしている。市販薬と同等の薬効ながら保険適用されている「OTC類似薬」を保険給付の対象外とする等の維新の主張には政府・与党も応じる構えだが、兆円単位の財源捻出には程遠い。
医療関係者の賃上げに向けて診療報酬を大幅に引き上げれば、社会保険料アップに繋がるし、患者の自己負担増にも跳ね返る。「現役世代の手取りを増やす」方針に逆行するのだ。自民党幹部は「限られた財源の奪い合いになる。年末(の予算編成)は混乱するぞ」と話す。
政府は高齢の富裕層をターゲットとし、金融所得を医療の保険料に反映させる事も検討している。確定申告しない限り保険料の算定材料とはならない、株式配当等の金融所得も保険料の算定材料とし、保険料を増やして診療報酬増の実現に繋げる考えだ。政府は社会保障改革方針の「28年度迄に検討する取り組み」でも、国民健康保険や後期高齢者医療制度、介護保険の保険料算定に当たって金融所得を勘案するとしている。だが、これは口座数が急増したNISA(少額投資非課税制度)への課税と受け止められ、早々とNISAは対象外にすると表明せざるを得なかった。又、金融所得の場合は、把握1つ取ってもハードルが高く、実現は容易では無い。
「かかりつけ医機能報告」で早くも対峙
次期診療報酬改定では「賃上げ」以外にも医療機関の役割分担が大きなテーマとなる。今年度から「かかりつけ医機能報告」制度がスタートしたのを踏まえ、診療報酬改定作業へのゴングが鳴った7月16日の中央社会保険医療協議会(中医協)・総会では「かかりつけ医機能をどう評価するか」が主題となり、支払い側と診療側が早速、対峙した。
支払い側は「かかりつけ医の適切な評価」を求め、その中でも鈴木順三・全日本海員組合組合長代行は「病院と診療所で同じ様な治療を受けて、医療費が異なるのは困惑するだろう。公定価格として合理的な説明を付けられる様にする事も検討課題になる」と述べ、医療機関の機能の違いによって報酬にメリハリを付ける事も課題に挙げた。
これに対し、診療側の江澤和彦・日本医師会常任理事は猛反発。先ずはかかりつけ医機能を発揮出来る仕組みの構築が先決だと訴えた上で、「(患者の)フリーアクセスを制限する様な、かかりつけ医の制度化や認定を後押しする観点からの議論は、かかりつけ医機能報告制度の趣旨に反する」と釘を刺した。
財務省等はかかりつけ医機能と診療報酬の評価を結び付け、かかりつけ医機能の役割を果たさない医療機関の報酬を下げたい意向だ。しかし、日医等は「医師の開業の自由を制限する」として強く反対しており、すんなり実現する目処は立っていない。
その財務省は、4月の財政制度等審議会で診療報酬の「地域別単価制度」の導入も提案している。現在、診療報酬は全国一律の「1点10円」となっているが、診療所が過剰な地域は「1点10円︱β」として引き下げる一方、医師が不足する地域は「1点10円+α」として加算するという内容だ。過疎地等医師不足の地域で開業すれば収入が増えるというインセンティブを与える一方で、大都市に拘るなら収入が減るという「飴と鞭」を使い分けている。
同省は24年度の診療報酬改定でも、医師過剰地域では「1点8円」に下げるという同様の提案をし、大騒ぎとなった。大都市部の医師は単純に収入が20%減る事に直結するだけに、医療現場からは強い反発が出た。又、診療報酬が安いと自己負担も低くなる事から、医師過剰地域への患者集中が起きる事も想定された。医師の過剰地域と不足地域の線引きも難しく、結局「地域医への影響が大き過ぎる」といった慎重論が相次ぎ、導入は見送られた。
「地域別単価制度の導入」の実現はあるか
財務省が再び診療報酬の地域別単価制度を持ち出してきた事については「繰り返し提案する事で少しずつ反発を弱め、諦めの空気を作り出す事を狙っているのでは」(厚労省幹部)といった見方も出ている。但し財務省は、医師の偏在対策には絡めない形の「地域別診療報酬の導入」をずっと以前から提唱している。同省の関係者は、高齢者医療確保法に地域別の診療報酬を設定できる旨が記されている点を挙げ「06年の法改正以来、一度も実施されていないのは逆におかしい」と正当性を主張している。それでも、「医療は地域によって分け隔てなく、全国一律の単価で提供すべきだ」とする日医の反発は避けられない。更に、厚労省の「医師偏在是正プラン」では、緊急対策として26年度から、医療機関の維持が困難な地域等「重点医師偏在対策支援区域」で勤務する医師等の手当を増やす事が決まっている。財源には保険料を充てるものの、医療の他の分野を削って捻出するとしており、保険料全体では変わらない様にするという。財務省の「地域別単価制度の導入」が直ぐに日の目を見る可能性は小さい。
この他にも財務省はリフィル処方箋(症状が安定している患者が、医師の指示を受け一定期間に最大3回まで診察無しに薬局で処方薬を受け取れる仕組み)の促進や処方箋料の時限的引き下げも必要だとしている。しかし外来患者の減少を招くだけに、日医等は強く反対している。
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