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「人手不足」を錦の御旗に突き進んだ入管法改正

「人手不足」を錦の御旗に突き進んだ入管法改正
医療や日本語教育など「共生」に向けた政策は先送り

安倍政権は、外国人労働者の受け入れ拡大に向けた出入国管理法改正に強引に突き進んだ。単純労働者は受け入れないことを原則としてきた入管政策の大転換なのに、「人手不足」を錦の御旗に、受け入れる業種や人数さえ後に省令で決める。医療や日本語教育、定住支援など共生に向けた政策についても、多くは先送りされた。

 11月27日午後の衆院法務委員会。自民党の葉梨康弘委員長を野党議員が取り囲み、採決を阻止しようと迫る。しかし前日、自民、公明の両与党は日本維新の会と法案の修正協議をし、法施行後の見直し時期について、原案の「3年後」から「2年後」にすることで合意していた。怒号飛び交う中、大声で議事を進めてきた葉梨氏は「起立多数」と宣言し、入管法改正案はわずか17時間15分の審議で衆院で可決された。

 同夜の衆院本会議で、野党から「スカスカで問題だらけの白紙委任法案」(国民民主・山井和則氏)、「受け入れを何人拡大するかは議論の大前提」(立憲民主・山尾志桜里氏)などの批判が相次いだ。それでも、先だって山下貴司法相の不信任決議案は否決。入管法改正案は与党や維新などの賛成多数で衆院を通過、状況は舞台が参院に移っても同様だった。

 法改正の柱は、就労目的の外国人向けに、「相当程度の知識または経験を要する技能」を持つ「特定技能1号」と、「熟練した技能」を有する「特定技能2号」という、二つの在留資格を新設すること。1号の在留期間は5年。現行の技能実習生制度(最長5年)で来日している人は実習を終えると無試験で1号に移行できる。ただし、母国の家族を呼び寄せることはできない。一方、2号は在留期間の更新が可能。家族を連れて来ることができるし、永住に繋がる可能性もある。野党が「事実上の移民制度」と指摘する所以だ。

政府は選挙踏まえ19年春開始が前提

 2019年の統一地方選、参院選を控え、制度は「19年春スタートありき」で議論が進められた。それだけに中身が煮詰まっていない部分が多い。国会では再三、1号に求められる「相当程度の知識または経験」に関する質問が飛び出したが、山下法相は「所管省庁と緊密に連携し、今後決めていく」と逃げ続けた。

 野党から追及され、政府は1号の業種に「建設」「造船」「介護」など14業種を想定、受け入れ枠について、初年度は最大4万7550人、5年間で最大34万5150人といったん公表したものの、「上限か否か」で揺れ、結局、今後各業種の分野ごとにつくる運用方針に記す見込み数を上限とすることにした。

 2017年失踪した技能実習生は過去最多の7089人、18年は前半だけで4279人に及ぶ。「低賃金」を理由に挙げた人が約9割に達するという調査結果さえ、当初政府はごまかそうとした。新在留資格は技能実習制度と密接不可分だ。政府は1号のうち、技能実習生からの移行者が初年度は6割弱に達するとみている。にもかかわらず、山下法相は「在留資格は別物」と述べ、マイナスイメージの付いた実習生と、新制度の関連性を否定し続けた。

 政府が急ぐ背景には、空前の人手不足がある。現在、外国人が就労目的で在留できるのは「高度な専門人材」に限定される。医師や弁護士などだけだ。ただ、日本で働く外国人約128万人の8割超は高度人材ではないのが実情。建設やコンビニなどの人手不足にあえぐ業種では、50万人超の留学生や技能実習生が働いている。自民党が農業や建設などの業種を対象に開いたヒアリングでは、「このままでは事業を続けられない」などの悲鳴が上がった。自民党幹部は「放置すれば首相が重視する成長戦略に影響する」と漏らす。

人手不足業界と右派支持層を両にらみ

 技能実習生の受け入れ目的について、政府は「母国への技術移転」との説明を繰り返してきた。だが、人手不足への各業界の不満は高まる一方で、建設や介護など自民党支持団体からの突き上げも強かった。そこで菅義偉・官房長官が方針転換を主導した。野党内にも「人手不足が深刻なのは事実。正面からは法案に反対しにくい」(国民中堅議員)との声は少なくない。報道各社の世論調査でも、賛成派と反対派は拮抗している。「目に見えるほど反対派は多くない」。自民党の二階俊博・幹事長はそう読んで、臨時国会での成立にゴーサインを出した。

 ただ、拙速な見直しには不安が付きまとう。受け入れ数などだけでなく、外国人との共生をどう進めていくかという視点が欠けているからだ。

 「粗悪品と分かっていながら納期が決まっている。後で大きな問題を引き起こすかもしれない」。11月27日の党代議士会で、立憲の辻元清美・国会対策委員長はこう指摘した。新制度については、政府が「移民政策ではない」との前提に立っているため、共生に向けた永住要件などの議論は遅々として進んでいない。

 一つは、医療をどう適用するか。入管法改正案審議の過程で浮上したのが健康保険の問題だ。今の仕組みでは海外に残してきた家族も扶養されていれば保険を使うことができる。自民党からは「扶養家族を偽る不正」を懸念する声が上がり、健保を使える扶養家族は日本国内に住む人に限る健保法改正案を19年の通常国会に提出することになった。留学などいずれ日本に戻ってくる人などは例外とする予定だが、国籍を問わない公平原則に反しかねない。入管法と同時に改正すべき話なのに、入管法の見直しが拙速だったため、健保の方は付いていけていない。

 受け入れた外国人への日本語教育も課題だ。現在、日本語教師に資格はいらず、スキルはまちまち。このため、政府は新たな資格をつくる意向だ。ただし、まだ超党派の「日本語教育推進議員連盟」(会長=河村建夫・元官房長官)が「日本語教育推進基本法」の原案をまとめた段階にすぎない。

 建設、造船分野では2号は当面、受け入れを見送る。拙速な展開に業界側の準備が追い付いていないことが大きい。とはいえ、子供も日本に呼び寄せることができる2号の受け入れが本格化すると、小中高校の体制も整える必要がある。

 法務省入国管理局は19年4月、出入国在留管理庁に格上げされる。そこの部署名が土壇場で法務省原案から変わった。当初案は「外国人共生部」だったのに、急遽「在留管理支援部」に変更された。「共生」という文言に反応した官邸が「移民政策を連想させる」とクレームを付けたためだ。

 安倍首相は移民を嫌う右派層の支持を受ける。外国人労働者の受け入れは、議論を掘り下げると共生策に踏み込まざるを得ない。だからこそ本質的な議論を避けていると見られている。「人間として受け入れる」と言う首相だが、政権の姿勢からは「安手の労働力確保」との本音も透ける。しかし、アジア各国にも高齢化の波が押し寄せる中、「黙っていても外国人が来てくれる」時代は終わりつつある。

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