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出生数90万人割れで産科医の「なり手不足」再び

出生数90万人割れで産科医の「なり手不足」再び
医療機関の連携・集約化が不可欠の状況に

医師の働き方改革が進む中、外科と並んで医師不足の代表ともいえる産婦人科で、なり手不足が目立つようになってきた。分娩を取り扱う施設では夜間の勤務も多く、産科医は長時間労働になりやすい。年間出生数が90万人を割り込むとの予想も出る中、少ない産科医をいかに有効に生かしていくかが課題だ。

 10月7日、日本経済新聞の1面トップを飾ったのは「出生数90万人割れへ」というニュース。2016年に年100万人を下回った出生数が、わずか3年で90万人を下回る可能性が高いという予想を、19年1〜7月の出生数を元にはじき出した。

 「3年で10万人減はあまりに早い。もちろんその要因は団塊ジュニア世代が40代となり、出産可能人口が一気に減ったことなので、予測はできていた。とはいえ、数字で見せられると、やはり衝撃は大きい」と厚生労働省関係者はため息をつく。

 いわゆる団塊ジュニア世代に当たる「第2次ベビーブーム」(1970年代前半)には出生数が年200万人以上だったことを考えると、90万人割れという数字は衝撃的である。

 前出の厚労省関係者は「当然、待ったなしで少子化対策を行わなければならないことは論を待たないが……」と顔を曇らせる。

 出生率を上げる方法は1つではなく、子どもを安心して育てられる経済的な手立てや保育所整備などの施策を複合的にやっていく必要がある。安心してお産ができる環境の整備もその1つであろう。ところが、その砦となるはずの産科で今、第2次危機ともいえる事態が進行中なのだという。

 「04年、福島県立大野病院で帝王切開手術を受けた女性が死亡し、執刀した産婦人科医が業務上過失致死罪などに問われた大野病院事件に端を発した産科の医療崩壊が第1の危機だった」と振り返るのは都内の産婦人科医だ。

 大野病院の執刀医はその後無罪となったが、奈良県や東京都で妊婦のたらい回しや受け入れ拒否が起きるなど、周産期医療は危機的状況に陥った。正当な医療を施しても訴えられるリスクがあることがクローズアップされたことにより、産科を志望する医師も減少。ただでさえ少ない産科医がさらに減る事態となってしまった。

人手不足に加え働き方改革もネックに

 こうした事態を深刻視した日本産科婦人科学会などは、産科医の確保に奔走。学生を対象とした熱心なリクルート活動が実り、産科医を志望する若手は増加したのだが……。

 「地域によって差はあるが、ここ数年は産婦人科の志望者は増えていない。人口の一極集中が進み、全国で最も産科医が必要な東京都内でも、分娩を行う産科医は減少している」(学会関係者)。

 もちろん、増える女性のがんなどに対応する婦人科の医師も必要だが、少子化対策をする上で「安心してお産できる環境」を支える産科医の存在は不可欠だ。

 昨年、第2子を出産した神奈川県の主婦(36歳)は2年前に長女を産んだ時、〝病院難民〟になった。「安定期まで待ってから分娩施設を探し始めたら、どこも予約でいっぱい。第2子の時は、妊娠が分かった時点ですぐに分娩の予約を入れたが、病院が多いと思っていた神奈川でも安心して産める環境でなかったことに驚いた」と話す。

 人手不足に加え、さらなる危機が産科を襲っている。医師の働き方改革だ。大学病院の産科医は「医師の長時間労働を改めないと、数年後には労働基準法違反に問われてしまう。医師数が増えない中、どうやって改革を進めればいいのか」と嘆く。

 全国紙の医療担当記者によると、産婦人科医の勤務時間(在院時間)については、日本産婦人科医会が毎年行っている調査があるという。分娩を取り扱う全国の医療機関の分娩数や医師数、手術件数、帝王切開件数などを調べているが、その中に気になる分析があった。   

 「医療機関の運営母体別に産婦人科医の勤務時間などを分析したところ、都道府県や市町村が運営する、いわゆる自治体病院で長いことが分かった。自治体病院以外の一般病院と比較したところ、自治体病院は常勤医師も非常勤医師も少ないことが分かった。一方で、取り扱った分娩数は一般病院の半分以下だった」(同記者)。

 自治体病院の〝現実〟について、事情を知る産婦人科医は「自治体病院を運営するのは自治体、つまり首長だ。高齢化と人口減少に悩む多くの首長は、『子育てに優しいまち』として、教育費補助や子どもの医療費無料などの施策を打つ。自治体内で子どもを安心して産める、というのは必須となる」と話す。そうなると、分娩数が少なく医師の確保が難しいからといって、自治体病院から産婦人科をなくすことはできない。

 ある産科医は「先般、厚労省が公表して非難された公立・公的病院の再編・統合リストを見て、正直よくやったと思った」と明かす。分娩数が減っていく一方で、高齢化などにより難しいお産は増えているといわれている。産科医の他に麻酔科医の確保が必要とされる無痛分娩のニーズも高まっている。

 「限りある医療資源を有効に使うには、医療機関の集約化が不可欠だ。不妊治療に伴う多胎児や、高齢のため高血圧などの病気を抱える妊婦は増えている。リスクの高いお産は、複数の産科医がいて、高度な医療が提供できる大学病院などの大病院で行われるべきだ。近くに大学病院があるのに、自治体病院に医師を分散させて配置する必要があるのか。それよりも医療機関同士が連携してリスクの高い妊婦を早めに把握し、大病院に繋ぐシステムをつくることが必要だ」(医会幹部)。

廃業する診療所相次ぎ機能分化できず

 ところが現実は、自治体病院などの総合病院、大学病院、民間クリニックが医師を取り合う状態に陥っている。大学病院や公立病院では医師の副業を禁止しているところも多く、給料も高くないなど待遇面に課題があり、新たな人員を集めにくい。「手薄な状態で難しいお産を取り扱えば、事故や訴訟のリスクも高まる。お産は24時間、いつ始まるか分からないから、夜間も対応できる体制を維持する必要がある。その上、労基法を守れというのは不可能だ」と関東地方の総合病院の産婦人科医は悲鳴を上げる。

 民間クリニックとて、安泰ではない。「医師の高齢化と後継者不足により、廃業する診療所が増えている。地方で長年、赤ちゃんを取り上げてきた診療所の先生がいなくなり、難しくないお産でも大病院に回さざるを得ないなど、機能分化ができなくなる地方も出てくるだろう」(医会幹部)。

 出生数90万人割れの時代、社会には生まれてくる子ども達を大切に育む責任がある。しかし、子ども達が無事に生まれてこられないのでは、どんな子育て施策も意味がない。少子化対策とは、妊婦が安心して出産でき、産科医が安心して勤められる環境づくりでもあることを忘れてはいけない。

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