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未来の会

第126回「日本の医療」を展望する世界目線
ウェルネスツーリズム①

第126回「日本の医療」を展望する世界目線ウェルネスツーリズム①

前回まで、医療ツーリズムについて述べてきた。今回からは少し視点を変え、ウェルネスツーリズムについて考えてみたい。実は本連載においても、ウェルネスという概念はこれ迄に何度か取り上げてきた。それは、少なくとも筆者自身が、この分野において今後大きな変化が生じると考えているからである。現在、J-ウェルネス振興会理事も拝命しており、今回からは、その活動領域の中でも特にウェルネスツーリズムに焦点を当てて論じていきたい。

ウェルネスツーリズムとは

近年、ウェルネスツーリズム(Wellness Tourism)が国内外で注目を集めている。ウェルネスツーリズムとは、旅行を通じて心身の健康増進や癒やし、生活の質の向上を図る観光形態を指す。観光と健康志向が交差するこの分野は、コロナ禍を経て人々の健康意識が高まる中で、急速に拡大してきた。特に日本、アジア、欧米において市場は着実に成長しており、各国の政策やビジネスもウェルネス分野へと軸足を移しつつある。

本稿では、ウェルネスツーリズムを巡る国際的動向を概観した上で、医療ツーリズムとの違いや連続性、政策・制度、経済的インパクト、利用者動向、観光との融合、さらにはコロナ禍後の展望等について多角的に検証する。観光・健康・福祉・地域活性化が交差する領域としてのウェルネスツーリズムの可能性と課題を整理し、今後の振興政策の方向性について考察したい。

医療ツーリズムとの関係

まず、ウェルネスツーリズムの概念を整理しておこう。国連の世界観光機関(UN Tourism)等によれば、「ヘルスツーリズム(健康ツーリズム)」が包括的な上位概念であり、その下位区分として医療ツーリズムとウェルネスツーリズムが位置付けられている。

ヘルスツーリズムとは、「心身の健康やスピリチュアルな健康への寄与を主要な動機とする旅行」を指す。その中で医療ツーリズムは、エビデンスに基づく医療サービス、すなわち侵襲的・非侵襲的手術、治療、診断、リハビリテーション等を目的とした旅行である。

一方、ウェルネスツーリズムは、治療を必要とする患者ではなく、主に健常者や健康増進・疾病予防に関心を持つ人々を対象とする。フィットネス、健康的な食事、リラクゼーション、スパ、伝統療法等を通じて生活習慣の改善や心身の調和を図る、予防的かつ積極的な活動への参加を目的とした旅行と定義される。身体的健康のみならず、精神的な癒やし、自己啓発、幸福感の追求を含む点に特徴があり、いわば心技体すべての領域のバランス向上を志向する包括的概念である。

もっとも、医療もまた心身の健康を目的とする以上、医療ツーリズムとウェルネスツーリズムはしばしば混同されがちである。しかし両者は、その目的、対象、提供されるサービスにおいて明確な違いが存在する。医療ツーリズムは、病気や怪我の治療・診断を必要とする人々が、高品質あるいは低廉な価格の医療を求めて他地域に赴くものであり、旅行の主目的は医療行為そのものである。

これに対し、ウェルネスツーリズムは、必ずしも疾病を抱えない旅行者が、ストレス解消や体調維持・増進を目的として、スパ、ヨガ、瞑想、自然浴、フィットネス、食養生等を体験する旅行である。旅行そのものを、健康的な生活習慣の延長、あるいは実践の機会と捉える点に大きな違いがある。

両者は「健康」という広義のテーマの下で連続性を持ちながらも、医療ツーリズムが治療・診療の領域に属するのに対し、ウェルネスツーリズムは予防・未病、さらにはライフスタイル改善の領域に位置付けられる。例えば、がん治療の為の渡航は医療ツーリズムであり、温泉地での湯治やヨガリトリートへの参加はウェルネスツーリズムに分類される。

もっとも、両者の間には重なり合う領域も存在する。人間ドックやDNA検査、医療チェックアップ等は、医療的要素と予防的要素を併せ持ち、いずれの領域にも関係する活動である。加えて、国や機関によって用語の使い方が必ずしも一致しておらず、「ヘルスツーリズム」という言葉を包括的に用いる場合や、医療ツーリズムを広義の健康目的旅行全般として扱うケースも見受けられる。

本稿では、これまで医療ツーリズムについて論じてきた連載の流れを踏まえ、医療ツーリズムを「治療目的の旅行」、ウェルネスツーリズムを「健康増進・維持を目的とする旅行」と区別した上で議論を進める。

ウェルネスツーリズムの国際的動向

グローバルなウェルネスツーリズム市場は、近年急速な拡大を遂げている。民間シンクタンクであるGWI(Global Wellness Institute)の報告によれば、2010年代以降、ウェルネス旅行市場は着実に成長し、19年時点で世界の市場規模は約7200億ドルに達していた。

しかし20年、新型コロナウイルス感染症の世界的流行により国際的な旅行需要は激減し、ウェルネスツーリズム市場も一時的に約3510億ドル規模まで縮小した。渡航制限やロックダウンに伴う観光需要の落ち込みは深刻であり、20年は国際観光客数が前年比60〜80%減という、観光史上最悪の年となった。

ところが、ウェルネス分野はその後、極めて高い回復力を示した。20年から22年にかけて年平均36%という高い成長率で回復し、22年には市場規模が約6510億ドルと、19年水準の約90%にまで戻っている。この回復ペースは、同期間の観光全体の支出増加率(約28%)を大きく上回るものであり、パンデミック後の旅行市場を牽引する存在となっている。

各種調査でも、「これまで以上に健康や癒やしを求めて旅行したい」という消費者意識の高まりが確認されており、旅行需要の質的変化として、ウェルネス志向が世界的に定着しつつあることがうかがえる。

市場予測も極めて明るい。GWIの推計では、ウェルネスツーリズム市場は23年に8680億ドル、24年には1兆ドルを突破し、27年には約1.4兆ドル規模にまで拡大する見通しである。22年から27年までの年平均成長率は16.6%とされ、世界経済全体や観光産業全体の成長率を大きく上回る。

この成長率は、ウェルネス不動産等の他のウェルネス関連分野と並び、今後のウェルネス産業を牽引する中核分野となる可能性を示している。人々の健康志向やメンタルヘルス重視が一過性のものではなく、恒常的な社会的潮流となりつつあること、そして観光産業が新たな高付加価値領域としてウェルネスに注目していることの表れと言えるだろう。

また、ウェルネスツーリズムは観光市場全体においても、その存在感を高めている。22年時点で、ウェルネス目的の旅行は全観光旅行件数の7.8%に過ぎない一方で、観光総支出の18.7%を占めている。言い換えれば、観光に使われる金額の約5分の1がウェルネス関連に費やされている計算となり、ウェルネス旅行者が一般旅行者に比べ高い消費傾向を持つことが分かる。

実際、国際ウェルネス旅行者1人当たりの旅行支出は平均1764ドルと、通常の国際旅行者より約41%多いとされている。国内旅行においても、ウェルネス旅行者の支出額は一般旅行者の約1.75倍(平均668ドル)に達する。このように、ウェルネスツーリズムは高付加価値な旅行セグメントとして経済波及効果が大きく、その市場拡大は各国の観光当局や産業界にとって無視出来ない存在となっている。

 

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