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未来の会

高市新政権が抱える社会保障政策のジレンマ

高市新政権が抱える社会保障政策のジレンマ

少数与党で「高市カラー」と「中道」の二兎を得ず

高市早苗首相は医療や介護サービスを維持する必要性を訴え、2026年度診療報酬改定での報酬引き上げに積極的だ。医療機関の経営改善や介護職等の処遇改善を「待ったなしだ」と言い、補助金で救済する意向も示す。だが公明党に代わり新たに連立政権を組んだ日本維新の会は、「医療費の削減」「社会保険料の引き下げ」等、相反する政策を掲げる。依然、少数与党という苦境に喘ぐ高市政権の下で、社会保障政策は迷走し兼ねない。

 「急がなきゃいけないのは病院と介護施設。かなり今、大変な状況」「私達の安心安全に関わる大切↘なインフラが失われるかも知れない」

 高市首相は首班指名に先立つ自民党総裁選直後の記者会見でこう述べ、26年度の診療報酬改定、27年度の介護報酬改定を待つ事無く、補正予算を活用して補助金で手当する考えを明らかにした。更に10月24日の臨時国会での所信表明演説でも重ねて「赤字に苦しむ医療機関や介護施設への対応は待ったなしだ」と語り、危機感を露わにした。

 首相の発言の背景には、続出する赤字で存続が難しい病院や、賃上げのスピードが緩やかで他産業との賃金格差が開く一方の介護職等への支援が避けられないとの思いが有る。病院団体が集計した直近の経営状況調査によると、経常利益が赤字の病院は63・6%に達した。又、一般労働者のボーナスを含めた24年の給与水準で見ると、全産業平均が38・6万円なのに対し介護職員は30・3万円と約8万円低い水準となっている。

 病院が次々赤字に陥り、又不足しているのに介護職員等の賃金が十分に上がらない要因の1つは、各施設が経費や賃上げによるコスト増を勝手に価格に上乗せ出来ない事に有る。診療報酬、介護報酬共、支払い額は国が定めた公定価格に基づく。改定時↖期は診療報酬が2年に1度、介護報酬は3年に1度。増やそうにも昨今の急激に進む物価高には即応出来ず、人手不足が生じる要因ともなっている。そうした中で人材確保に向けた賃上げ等に踏み切れば、一層経営の首を絞め、倒産に至る可能性も有る。

 首相が言及する補助金での支援について、厚生労働省の幹部は「自民党総裁選を通じて方々で危機的な声を聞き、切迫感を持っているのだろう。本気度は感じる」と言う。只、補助金の場合、繋ぎの策でしかない。「底上げ」による継続的な支援に結び付けるには診療・介護報酬の引き上げが不可欠だ。25年度の場合、医療費は約50兆円となる見込み。診療報酬を1%引き上げれば、医療費は5000億円膨らむ。医療費は5割を保険料で、4割弱を税金で賄っている。つまり国民にとって診療報酬アップは税や保険料の負担増に直結し、維新の路線とは逆行する。診療報酬は、「構造改革」をぶち上げた小泉純一郎政権時代に冷遇された。手術等の「技術料」に相当し、病院の設備更新や医師、看護師等の人件費に充当される「本体」部分は、初めてマイナス改定とされた。その後も民主党政権時を除いて微増で推移し、この10年(16年度改定以降)で見るとアップ幅は最高でも24年度の0・88%増に止まっている。

所信表明演説を行う高市首相(首相官邸HPより)
医療機関は「瀕死状態」と日本医師会

 来年度の診療報酬改定を議論する10月8日の中央社会保険医療協議会。日本医師会の委員は、赤字続きの医療機関の経営状況を「瀕死状態」と例えて診療報酬の大幅アップを迫った。そして、「適正化は無いものと確信して申し上げる」と付け加え、支払い側を強く牽制した。「適正化」とは、医療の効率化として「過剰」「不必要」とされる部分の報酬を下げたり、患者の自己負担を増したりする事を指す。その分、診療報酬は削られる。厚労省幹部は「賃上げ基調で保険料収入が増えている為、或る程度の診療報酬アップは難しくないだろう」と話すものの、財源に限りが有る中、維新の言う「保険料引き下げ」の実現には相当程度の「適正化」が不可欠と捉えている。

 その1つが、70歳以上の医療費の窓口負担割合(75歳未満は原則2割、75歳以上は原則1割)について、現役世代と同じ3割負担とする対象者の拡大だ。高齢層も「現役並み」の所得が有れば今も3割負担だが、この対象となる所得基準の引き下げが検討される。自民と維新は連立政権合意書に「年齢によらない真に公平な応能負担の実現」と記しており、厚労省は年内に原案を纏める方針だ。それでも高齢者や野党、日本医師会等から強い反発が出るのは必至。75歳以上で2割負担となる人の負担を軽くする特別措置が9月末で終了し、一部の人は10月から負担増となったばかりでもある。

 年末に掛けては、医療費の自己負担額に上限を設けている高額療養費制度の負担限度引き上げの議論も平行して行う必要が有る。一旦引き上げ案を決めておきながら、難病患者団体等の反発で決着を今秋に先送りした石破茂政権時代からの申し送り事項だが、患者を巡る状況に変化は無い。更に介護保険も年内に自己負担増を決める予定で、厚労省内には「あっちもこっちも一度に負担アップをお願い出来るのか」(中堅幹部)との疑問も出ている。

 連立政権合意書には、自公政権時代に自民、公明、維新の3党で合意した3項目、①11万床の病床削減②電子カルテ普及率を「ほぼ100%」にする医療DX推進③OTC類似薬の保険給付見直し——も盛り込まれている。維新はこれ等でも医療費を浮かせ、保険料引き下げの財源に充てる意向だ。維新は①に関して「医療費を1兆円削減出来る」と主張している。但し、看護師不足で使えていない空きベッドも多く、こうした病床を減らしても医療費削減効果は小さい。③のOTC類似薬とは市販薬(OTC医薬品)と成分や効果が似ているのに保険が利く薬の事で、維新は保険適用を外す事を想定している。こちらでも医療費を1兆円削減出来ると見立てている。とは言え、保険適用除外によって自己負担が大幅に増える人も出てくる。日医は強く反発しているし、OTC類似薬の処方を受けている患者等の間でも批判が高まっている。こうした声を抑えるべく、OTC類似薬の処方を受けている人に丁寧に対応するには「疾患毎」「薬効成分毎」に保険除外の適否を議論する必要が有り、成案を纏める迄には時間を要しそうだ。厚労省幹部は「丁寧にやっていくと時間が掛かる上、圧縮出来る医療費も限られてくる。とても1兆円も削減出来るとは考えられず、せいぜい数千億円レベルだ」と漏らす。

野党に配慮するも財源の見通し立たず

公明党に去られ、維新に抱き付いた高市政権だが、石破政権に続き衆参共、少数与党のまま。野党への配慮を欠かせない首相は、超党派の国民会議を設置して税と社会保障の一体改革を議論すると表明している。連立政権合意書には立憲民主党が唱える給付付き税額控除の導入も、国民民主の看板政策「年収の壁の見直し」も盛り込んだ。高市政権は子育て支援策の財源として、他の社会保障制度にメスを入れる事も石破政権からの宿題として引き継いでいる。社会保障以外でも首相は防衛費の大幅増を検討している。大半が兆円単位を要する話なのに、何れも明確な財源は見当たらない。ガソリン税の暫定税率廃止も含め、財源の責任を負おうとしない野党に抗えず、その主張を採り入れざるを得ない政権運営に持続可能性は見出せない。維新が「閣外協力」を選んだ理由について、維新の元幹部は「『副首都』等で合意の履行を迫り易い。駄目なら駄目で連立を抜け易い」と明かす。

 首相が自身の立ち位置に近い保守派の維新に寄り過ぎれば公明、立憲等を遠ざけ、自民党内のリベラル、中道勢力の反発を招く。一方、首相が持ち味の保守強硬路線を封じれば維新が離れ、自民党保守派の失望も買う。そんな首相の現状を公明党関係者はこう表現する。

 「党内の基盤が弱い首相に少数与党の状況は厳しい。『高市カラー』を示す事と中道勢力を引き付けておく二兎を追うのは至難の業だ」

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