
主役を務め「人生初の達成感を得た」
精神障害者の発信力向上を目指し、筆者が2020年に横浜で立ち上げたOUTBACKプロジェクト(25年5月に一般社団法人化)。その活動の核として、21年から続ける演劇学校OUTBACKアクターズスクールの札幌公演(文化庁、OUTBACKプロジェクト主催)を今夏開催し、満員の観客を集めて大成功した。ひきこもり支援で世界的に知られる北海道大学精神科教授の加藤隆弘さんのアフタートーク「ハッピーひきこもり」も大変好評だった。
今回の作品のタイトルは「ひきこもっていいとも!〜押し入れからごきげんよう〜」。35年超のひきこもり経験がある50代の男性スマイリー青木さんが初の主役を務めた。約1時間に及ぶ作品は、ひきこもりたくてもひきこもれなかった50代の女性アラレちゃんの体験と、青木さんの体験が交錯しながら進んでいく。涙あり笑いありの展開に、観客たちは引き込まれたようだった。
青木さんは、繊細さゆえに中学で不登校となった。両親に連れられて東京都立梅ヶ丘病院(既に閉鎖)を受診すると、1日最大75錠の薬が処方された。薬酔いでおかしくなった彼を、児童精神科医は「統合失調症」と診断して狂気の大量処方を続けた。彼の超長期ひきこもりは、暴走した精神医療によって生み出されたのだ。
筆者は、スクールを立ち上げた21年春に青木さんと出会った。40代の時に親ともめて強制入院を繰り返した彼は、退院後も実家に戻れず、狭い賃貸アパートにひきこもっていた。退院の条件として登録した福祉事業所にも行かず、職員が定期訪問を続けたが、誰もが手を焼く存在だった。この事業所に、生活費を稼ぐため潜入していた筆者は、彼の噂を聞いて訪問担当を買って出た。

正直に明かすと、青木さん宅の訪問は興味本位だったのだが、初対面で頭脳明晰な語り口に惹きつけられた。険峻な山に長く籠って修行した僧侶のような達観と、哲学者のような洞察力も備えていた。それから週1回、1年間の訪問を続けて色々な話をした。話が弾んで2時間、3時間になることも多かった。彼は度重なる強制入院と、警察での酷い扱いによって自尊心を粉々にされ、重い不安症に陥っていた。しかし、「自分を表現したい」「状況を変えたい」という思いを秘めていることが分かった。
21年暮れ、スクールの第1回横浜公演に誘うと来てくれた。コロナ騒動の真っ只中だったが、会場は超満員札止めとなった。彼は最も苦手な人いきれの中で、終盤には失神状態に陥りながらも最後まで劇を見てくれた。これならいけると判断した筆者は、「統合失調症」診断への疑問を伝えて信頼できるクリニックを紹介し、22年春からのスクール第2期に誘った。彼の人生が大きく変わり始めた。
その後も波はあった。「過去を知られたら就職できない」と不安になり、スクールを辞めようとしたこともある。だが嘘をつき続けない限り、履歴書の35年の空白は埋まらない。そんな虚言まみれの人生よりも、OUTBACKのひきこもりキングとして過去を武器に変えてみてはどうか。そこから必ず未来がつながっていく。筆者はそのようにアドバイスした。
今夏、主役を見事に務め上げた青木さんは笑顔で言った。「これまで何も成し遂げたことのない人生でした。今回、生まれて初めて達成感を味わえた気がします」。
ジャーナリスト:佐藤 光展
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