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米国の「力による平和」戦略に組み込まれる日本

米国の「力による平和」戦略に組み込まれる日本

中国はトランプ大統領を北京に迎えられるのか

米軍がイスラエル軍と共にイラン攻撃を開始したのは2月末日。年明け早々にベネズエラの首都カラカスを急襲してマドゥロ大統領(当時)を拘束したのに続く、トランプ米政権による明らかな国際法違反の軍事行動が世界を震撼させた。

中露の勢力拡大に対抗出来ずにいた米国

 自衛権の行使を除くあらゆる戦争は国際法違反であり、力による現状変更の試みは禁じられている、というのが第2次世界大戦後の国際秩序の根幹だ。それに挑戦するのが中国、ロシア等の権威主義国家、それに対抗して戦後国際秩序を守るのが米欧を中心とする民主主義国家、という対立構図が崩壊した。

 米ソ冷戦終結後の世界情勢を米国の目線で振り返れば、中国とロシアがイランやベネズエラ等の反米権威主義国家と手を結んで経済・軍事権益を拡大しても、自らは戦後国際秩序に縛られて有効な対抗策が取れずにいた。中国がフィリピン等と領有権を争う南シナ海の南沙(スプラトリー)諸島の軍事拠点化を一方的に進めても、ロシアがウクライナに侵攻しても、世界の平和に責任を負う筈の国連安全保障理事会は機能しない。常任理事国の立場に在る中露が国際秩序を踏みにじっている現状では、大国も小国も「主権平等」の立場で世界平和を追求する国連の理想など絵空事に過ぎない。

 米国は世界一の軍事大国でありながら、国際秩序の守護者であらんとしたが為にその軍事力を有効に使えず、国際秩序に挑戦する中露の影響力拡大を許すパラドックスに陥った。シリア内戦で2013年当時のアサド政権が自国民に化学兵器を使用する暴挙に至ってもオバマ米政権は軍事介入に踏み切らず、ロシアとイランを後ろ盾とするシリアの残虐な独裁体制はその後も10年以上続いた。遡れば1994年の朝鮮半島危機でクリントン米政権が北朝鮮の核施設攻撃を回避した結果が北朝鮮の核武装である。

「混沌の枢軸」を叩くイラン、ベネズエラ攻撃

 中国、ロシア、イラン、北朝鮮による反米連携を「混沌の枢軸(Axis of Chaos)」と名付けたのは、トランプ政権1期目で大統領副補佐官(国家安全保障問題担当)を務めたポッティンジャー氏だ。国際秩序を混沌に陥れて米国の影響力を削ぐ権威主義国家陣営の戦略に如何に対抗するか。イランに対する武力行使はトランプ政権の2期目に入る前から米政府内で検討されてきた軍事オプションだ。シリアのアサド政権が倒れたのは、バイデン政権末期の24年12月。ロシアがウクライナ侵攻の長期化でシリアを支援する余力を失い、イスラエルのレバノン、ガザ攻撃でヒズボラやハマス等のイラン系武装勢力が弱体化した事が引き金となった。

 ベネズエラへの軍事作戦もそうだ。米国の裏庭とされる中南米に於いて、軍事面ではロシア、経済面では中国を後ろ盾とするベネズエラとキューバの反米連携が西半球版「混沌の枢軸」として米国を揺さぶってきた。バイデン政権迄の経済制裁は、両国経済に打撃を与えられても、其処に中露が付け込んで地域の混沌を増幅させてきた構図は中東と同じ。国際秩序の守護者という足枷を外したい衝動が、予てより燻っていた所に、「アメリカファースト」を掲げたトランプ大統領の返り咲きが火を着けた。

 国際秩序の守護者であれば、独裁体制を転覆させた後の民主化プロセスに責任を負うのだろうが、アメリカファーストのトランプ大統領は関知しない。米国は嘗てイラクやアフガニスタンに地上部隊を投入し、民主的な統治体制の構築を試みては失敗を重ねてきた。トランプ大統領にとってはイランもベネズエラも、反米でなくなり、中国に流れていた石油利権等が米国のものになるなら、独裁体制が続こうが流血の内戦に陥ろうが構わないという訳か。

 困惑するのが、これ迄、米国と共に国際秩序を守る民主主義陣営として、国際秩序に挑戦する中露に対抗してきた欧州諸国や日本だ。核兵器を保有する軍事超大国が非核保有国を軍事力で抑え込もうとしている点で米中露は同じ穴の狢。国際秩序を盾にロシアのウクライナ侵攻や中国の南シナ海進出を批判するなら、トランプ米政権のイラン、ベネズエラ攻撃も批判しなければ筋が通らない。

 一方で、ロシアに攻撃ドローン(無人機)や弾道ミサイルを供与してきたイランを米国が叩いてくれれば、欧州に向けられるロシアの軍事的脅威を減じる効果が期待される。ウクライナのゼレンスキー大統領が直ちにイラン攻撃支持を表明したのは当然で、其処に有るのは「敵か、味方か」の二元論。正義は二の次、力こそ全て、政治目的を達成する手段として戦争に訴えるのは国家の権利。帝国主義列強が植民地利権を武力で争った第1次世界大戦以前の野蛮な時代に人類は戻ろうとしている様だ。

小国の女王が大国から迫られた出来事が今再び

東アジアの最前線で中国の覇権主義と対峙してきた日本にとっても、南・東シナ海で力による現状変更の試みを繰り返す中国に対抗する盾が国際秩序だ。嘗て自らが力こそ全ての帝国主義を振りかざしてアジア太平洋地域に侵攻し、敗戦・占領に至った亡国の記憶が戦後日本の基礎に有る。国家主権を失った死の淵から国際社会に復帰する際、第2次大戦の戦勝国側が構築した国連体制の戦後国際秩序を受け入れ、それを守る側に立つ事が平和国家・経済大国としての歩みを裏付けてきた。

 しかし、日本にとって唯一の同盟国である米国は国際秩序の守護者ではなくなった。それでも、東アジアの国際秩序に挑戦する中国の覇権主義に対し「力による抑止」を掲げるトランプ米政権は引き続き最大のパートナーとなる。

 中国は経済制裁下のイラン、ベネズエラから安価な原油を輸入する事で両国を支援してきた。米国の軍事行動でその原油が途絶えれば、不動産不況や雇用の低迷に苦しむ中国経済にはかなりの打撃となろう。3月末に予定されていたトランプ氏の訪中は4月に延期されたが、トランプ氏は関税をちらつかせて大豆や航空機の大量購入を迫る等、経済ディールで習近平国家主席を揺さぶる展開が予想される。そこに原油カードが加われば、トランプ氏が習氏に米国から原油を輸入する様迫ったり、ロシアからの原油輸入を減らす様求めたりするかも知れない。

 米・イスラエル軍のイラン攻撃で中東がどの様な戦乱に陥るかは予断を許さない。中国の対応としては、イラン攻撃を非難してトランプ氏の訪中受け入れを再度延期する選択肢も有り得るが、その結果、米国との関税戦争に突入する事態は避けたい所。かと言って、トランプ氏の経済ディールに屈する事になれば、中国経済に干渉する材料を米側に与え兼ねない。イラン攻撃に伴う原油価格の高騰は日本経済にとっても打撃となるが、中国の覇権主義を米国の力で抑止する方向に働くのであれば、日本外交にはプラスと考える事も出来る。何れにせよ、米中対立の間で日本が米国側に付かないという選択肢は無い。

 トランプ氏訪中の前には高市早苗首相が訪米する。本稿執筆時点で日米首脳会談の結果は知る由も無いが、米国の軍事・情報戦略に詳しい政府関係者は、「トランプ大統領から『親米倭王』の称号を貰って帰ってくるのではないか」と自嘲気味に語る。魏・呉・蜀が東アジアの覇権を争った3世紀の三国時代、優勢に在った魏に倭国(邪馬台国)の女王卑弥呼が使者を送り、「親魏倭王」の称号を贈られた。当時の魏には、周辺の小国を従える事で呉を牽制する狙いが有ったとされる。

 大国の覇権争いに巻き込まれた小国は、何時の時代も旗幟を鮮明にする事を迫られる。21世紀になっても大国を縛る国際秩序は整わず、日本初の女性首相は、3世紀の女王が「親魏」を選択した故事に倣い、「親米」の道を進む他無いのか。その先に「力によらない平和」は見えてこない。

米国の「力による平和」戦略に組み込まれる日本

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