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未来の会

第198回 患者のキモチ医師のココロ
医師という仕事の醍醐味を考える

第198回 患者のキモチ医師のココロ医師という仕事の醍醐味を考える

 君たちは医者としてどう生きるか。

 いきなり質問口調で恐縮だが、医師というのはこの問いを一生、突きつけられ続けるのだな、とよく思う。もちろん、医師というのは会社員や販売員と同じ職業のひとつだが、それでもその職業人であることと「どう生きるか」という問いが直結している度合いは、格段に高いと思う。

 「君たちは医者としてどう生きるか」というのは、もちろん吉野源三郎氏が書いた小説『君たちはどう生きるか』から拝借したものだ。同作品は宮崎駿監督のスタジオジブリ映画の由来にもなった。

 この作品は15歳の少年コペルが、叔父の導きや友人とのやり取りを経験しながら人としてどう生きていくべきかを考えていくという展開だが、いちばんの核はなんといっても「自分自身で考えること」だ。叔父はコベルにこう言う。

 「人間の立派さがどこにあるか、それを本当に君の魂で知ることだ」

コロンビア大学教授が説く「選択の科学」

 「自分で考える」「君の魂で知る」と言うのは簡単だが、現代社会でこれほど難しいことはない。1月号のこのページでも紹介した、コロンビア大学ビジネススクールの教授で社会心理学者のシーナ・アイエンガー氏のベストセラー『選択の科学』では、現代人はちょっとした商品から投票先までを「プライミング効果」と呼ばれる無自覚の心の連想で選択していると説く。あらかじめ「プライム」と呼ばれる刺激が与えられていると、ちょっとしたきっかけでそれが作動し始めるだけで、私たちはそれに基づいた行動を取ってしまう、というのだ。

 「プライム」を植えつけるために最も手っ取り早いやり方は、「単純接触」だ。だから企業は同じCMをなるべく何度もテレビやYouTubeで放映し続ける。たとえその内容に共感しなくても、それがプライムにさえなってしまえば、私たちは「おなかがすいたな。カップ麺でも食べようか」と思いついたときに、「カップ麺といえば」と連想が働き、結局は何度も目にしたあの商品を買ってしまう。

 もちろんそのときには「これは私が選んだのだ」と思うはずだが、これが本当に自分自身の選択なのだろうか、とアイエンガー氏は問いかける。ただ、大変多忙な今の生活で次々に送られ続ける情報に接触せずに生きるのは不可能なので、どれが自分の選択でどれがプライミング効果によりそうさせられた行動なのかを識別するのは、とても難しいとも言う。

 もしアイエンガー氏の言うことが正しいとするならば、ただでさえ「どう生きるのか」と問われることの多い医師たちは、さらに難しい状況に立たされていると言えるのではないだろうか。

 たとえば、「『高額療養費制度見直し』について先生はどう思いますか」と尋ねられたら、なんと答えるだろう。言うまでもないが昨年、石破政権で検討された後、患者団体の反発に遭うなどして実施を見送られていたのだが、このたび高市政権の下で法案化の検討が再開されているのだという。

 報道によると、政府が検討している関連法案では、医療費の自己負担を抑える高額療養費制度の患者負担額を少なくとも2年ごとに検証する規定が創設される、とのことだ。そうなると、抗がん剤など高額の治療での患者の自己負担が定期的に引き上げられることになる。政府は、与党との調整を経て法案を閣議決定する方針だとも報じられている。

 膨れ上がる医療費はどこかで抑えなければならない。これに反対する人はいないだろう。社会保険料の引き下げを望む声も多い。とはいえ、そのときにまず着手すべきなのは、命に直結する治療を受けている人に打撃を与える高額療養費制度の見直しなのだろうか。

 この問いかけにはいろいろな意見があるだろう。医師として、家族を持つ身として、あるいは自らも闘病経験がある人として、さらにはこの日本社会の一員として、自分はどう答えるべきか。真剣に考えれば考えるほど、すぐに結論が出せなくなるのではないか。

 考えるよりもプライミング効果に逃げる方が、どんなにラクか。たとえば「医療費の財源は無限なの?」「諸外国では所得が低い人は高額治療なんて受けられない」といった意見を声高に繰り返すインフルエンサーの動画を繰り返し視聴している人は、「高額療養費制度」と耳にしただけですぐにその内容が連想され、「ああ、あれはもう限界だね」という言葉が口をついて出てくるかもしれない。

 もしかすると、周りにいる同様の人たちもすぐさま「そうだそうだ」と同意してくれるかもしれず、そうなるとあっという間に同意見の集合体が形成される。プライミング効果に頼れば深く考えなくてもよいので、時間も節約できるし疲労感も少ない。その上、周囲の同調があるので「私は正しい意見を言えた」という満足感まで得られるのである。

考えることが生き方に直結する仕事

 ただ、これが本当に「自分の意見」なのだろうか。身体的にも経済的にも窮地に立たされている患者のセーフティネットともいえる高額療養費制度の見直しを容認するということは、国民皆保険制度自体の否定にもつながるのではないか。自分はその考え方でこれからも医師として生きていく、ということなのだろうか。「そうですよ。それしかないじゃないですか。それで何か問題が?」と即答する前に、もう一度だけ「本当に君の魂で知る」というコペルの叔父の言葉を思い出してほしいと思うのだ。

 今回はわかりやすく高額療養費制度の見直しの報道を取り上げたが、いま医療界には「この先どうすればよいのか」と選択を迫られている問題が山のようにある。もうバラ色の未来は描けない。だとしたらどこにどう手をつけ、まず誰が痛みを引き受けるべきなのか。「患者もハッピー、医療者もハッピー」というのはもう絵空事になってしまったのか。

 この春から子弟が医学部に入る、という読者も少なくないだろう。「ありがたい。これでわが病院も安泰だ」とホッと胸をなで下ろしたくなる気持ちもわかるが、ここはあえて気を引き締め、子どもや孫に尋ねてほしい。

 「君は医師としてどう生きたいのか」

 そして、この職業がいかに自分の人生と直結したものかを説き、いろいろな局面で自分で考えて選択することの大切さも話してあげてほしい。「そんなのプレッシャーだな。ぼくは“生活のための仕事”と割り切って医師業をやって、残りの時間を自分らしく楽しみたい」という声が返ってきたとき、あなたはどう答えるか。

 私ならあえて、「それもいいだろう。でもそれなら、医師でなくても別の仕事でもできそうだな。医師の醍醐味は、たとえプライベートな時間でも“心の白衣”を完全には脱ぎ去れないことにあるんじゃないだろうか」などと言うかもしれない。そんな仕事は他にはなかなかないだろう。それを味わわずに業務だけに忙殺されるのはもったいない。

 私はそう思いながら、いま公私の区別をつけるのが難しい、へき地での医療に打ち込み楽しんでいる。「そんな考えはもう古い」といった反論メールもお待ちしている。いろいろな意見を聞かせてほしい。

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