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未来の会

行政と民間との協働で築く、安心出来る終末期支援

行政と民間との協働で築く、安心出来る終末期支援
「お一人さま」を取り巻く制度の隙間と現場の課題

少子高齢化が進む日本に於いて、独居や身寄りの無い高齢者、所謂「お一人さま」への支援は、医療・福祉の最前線で深刻な課題となっている。入院時の保証人確保、医療行為への同意、退院後の住まいの調整、死後の事務処理に至る迄、嘗ては家族が担っていた役割が空白化し、その多くを医療ソーシャルワーカー(MSW)や介護職が担っている。行政は包括支援センターや社会福祉協議会を中心に体制整備を進めているが、人員・予算の限界や、現行制度では支援に繋がらない「制度の隙間」により、現場の実効性に乏しいケースも少なくない。

制度の隙間──M氏の事例とS母子の事例

 この現実を象徴するのが、要介護5で独居の高齢者M氏の事例である。転倒により緊急入院したM氏は、認知機能に問題は無いものの、自宅はゴミ屋敷と化し、退院後の生活は極めて困難だった。本人は帰宅を強く望み、施設への入所を拒否していたが、支援に入ったNPO職員は自宅の売却と遠方の施設への入居を組み合わせた生活再建プランを提案。説得の末に本人の同意を得たものの、地域包括支援センター職員が「不動産の売却が強引」「施設は複数の候補を出すべき」と介入し、方針は変更された。

 その後、改めて複数の候補施設からM氏自身に選んで貰う対応に切り替えたが、M氏は当然自宅近隣の施設を選択。一旦施設に入居したものの帰宅願望は極端な形で再燃した。結局、強引な形で帰宅したが、その1時間後に再度転倒、救急搬送される事となり、搬送された病院で亡くなった。医療費は未納、自宅はゴミ屋敷のまま放置され、近隣には空き家問題が取り残される結果となった。

 東京都に於ける空き家は2023年時点で約90万戸、空き家率は10・9%。中でも世田谷区は全国最多の約5万8850戸を抱えるが、その内高齢者世帯の入院・死亡後に放置された個人住宅が2万戸を超える。制度の狭間に取り残された空き家は、行政支援の不全を可視化する存在となっている。

 事例をもう1つ紹介する。83歳の女性S氏は、要介護4で若年性認知症の息子と2人暮らしで、息子に成年後見人が付いた。母子は共有名義の不動産を所有しており、S氏は自身の死後に備えて遺言や死後事務委任契約を強く希望したが、後見人は「急ぐ必要は無い」「費用を掛ける段階ではない」と反対した。仮にS氏が遺言を残さなければ、死亡時に全持ち分が息子に相続され、事実上、管理権限は後見人に集約される事になる。その方が「手続き上便利」と考えた可能性も否定出来ない。本人の意思が置き去りにされ兼ねない状況を懸念した地域包括支援センターの判断で、NPO職員がオブザーバーとして面談に参加。制度の説明や遺言が無い場合のリスクを丁寧に話した結果、S氏は改めて自分の意向を明言し、後見人も最終的に了承した。

 この事例から分かる様に、後見制度が存在していても、後見人の裁量により高齢者本人の意思が抑制されるリスクが有る。制度を形式的に信頼するだけでなく、地域や民間の多角的な関与が、本人の意思を守る鍵となる。

死後の対応は〝行政任せ〟では限界

 制度や支援に繋がっていないお一人さまが亡くなると、「行旅死亡人」として自治体が対応する事になる。しかし自治体は、戸籍から相続人を特定し確認を取る迄火葬を行えず、ご遺体を長期に亘り安置せざるを得ない。相続人が相続放棄の意思を示した場合、最終的に自治体が火葬・納骨(合祀)を担うが、職員の精神的・物理的負担や骨壺の保管スペース不足が深刻化している。何より、こうした対応は故人の意思が反映されず、納得のいく最期とは言い難い。

 近年、葬送の形は多様化しており、納骨堂や海洋散骨、樹木葬の選択、墓仕舞の方法、ペットの行き先等、本人の希望も複雑化している。認知機能に問題が有る場合、後見制度が適用されるが、この制度は生存中の支援を目的とした制度であり、死後の意思実現には限界が有る上、後見人が本人の代わりに死後事務委任契約を結ぶ事も出来ない。従って、自分らしい死や供養を望むお一人さまが、認知機能が低下する前に、高齢者等終身サポート事業者(身元保証会社)と死後事務委任契約を結ぶ等、必要な準備と選択を行う必要が有る。行政もこうした民間資源を社会資源として位置付け、積極的に連携したり紹介したりしていく事が、本人の尊厳を守るのみならず、行政や支援者の負担軽減にも繋がるであろう。

MSWの悲鳴と、民間との協働

 25年6月に開催された日本医療ソーシャルワーカー協会全国大会では、こうした現場の課題が改めて浮き彫りとなった。「シャドーワーク」の常態化や、医療費・介護費の未払い問題、自治体の対応不足が繰り返し指摘され、制度の綻びが共有された。

 この日のアンケート調査では、MSWの4割が「自治体は身寄りの無い患者の対応では頼りにならない」と回答し、6割以上の病院が未収金問題を抱えていると報告された。特に退院支援では、判断能力が低下した高齢者の施設への入居が最大の障壁であり、「後見人が決まる迄何も動けない、患者も病院も疲弊していく」という声が多く上がった。分科会で、或るMSWはこう語った。「後見人が付く迄の半年間、医療同意も金銭管理も私達が代行している。現場はもう持たない。行政に頼れないなら、民間と連携するしかない」

 対策として議論されたのが、民間事業者との協働である。信頼出来る身元保証会社は、入退院手続きから葬送・遺品整理まで包括的に支援し、MSWの負担を大幅に軽減する。一方で、契約不履行や利用者とのトラブルが発生するケースも報告されている。

現在、全国に400社以上存在するこれらの事業者の多くは、設立から5年以内の新興企業であり、玉石混交の状態である。

 24年6月、内閣府は「高齢者等終身サポート事業者」に関するガイドラインを初めて公表。これを受けて、日本医療介護事業連合会(日本医介連)等の一部の団体では、基準を満たす業者のみと提携する取り組みが始まっている。しかし、ガイドラインには法的拘束力は無く、制度としての整備はこれからだ。現場からは「早めに業界団体を立ち上げ、出来れば監督官省庁を設置して欲しい」という声も上がっている。「高齢者サポート事業者を監督する枠組みの構築」の検討が急務と言えるであろう。

家族に頼れない時代に、支援体制はどう在るべきか

40年には、全世帯の4割が高齢者世帯となり、その内、子のいない世帯は32・6%に達すると推計される。家族による支援を前提としない時代が目前に迫る中、求められるのは、行政と民間の役割分担を明確にした上で連携体制を再構築し、支援の抜け落ちを防ぐ仕組みである。入院時の保証人要件の見直しや、自治体が緊急連絡先等を引き受ける制度設計が急務となっている。成年後見制度の運用改善や、本人の意思決定を補完する新たな制度の創設も検討されるべきであろう。

 又、医療関係者には2つの重要な役割が求められる。第1に、将来お一人さまとなる可能性の高い患者を早期に把握し、MSWや信頼出来る民間事業者と連携して、退院後や終末期を見据えた支援計画を立てる事が必要である。例えば、入院中にケース会議を実施し、成年後見制度の申立てや死後事務委任契約・遺言作成の支援、介護サービスや施設入居の調整等を、先回りして整えておく事が効果的である。加えて、本人の希望をACP(人生会議)で明確化し、医療・ケアの方針だけでなく、財産や死後の扱いに関する意向も事前に共有しておく事は、尊厳有る最期を支える上で極めて有効だ。

 第2に、現場の課題を社会に発信し、制度改善や政策提言へと繋げていく姿勢が重要である。実際、MSW有志が、地域の病院協会と連携し、「身寄り無き人の為の救済策」を国・県に提言する等、現場発の制度形成が始まっている。医療従事者1人1人がこの問題に関心を持ち、行政と民間で力を合わせながらお一人さまを支える仕組み作りに参画していく事こそが、誰もが安心して高齢期を迎えられる社会への第一歩となる。

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