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第54回「精神医療ダークサイド」最新事情
認知症ではない男性を強制入院させる

第54回「精神医療ダークサイド」最新事情認知症ではない男性を強制入院させる
報徳会宇都宮病院に地裁が賠償命令

宇都宮地方裁判所は2025年5月29日、報徳会宇都宮病院と同病院の医師3人に合計311万7863円の賠償を命じた。この民事訴訟の判決は6月に確定し、原告の江口實さん(83)が勝訴した。問題の多い医療保護入院(強制入院)制度を悪用した今回の事件をみていこう。

江口さんは神奈川と富山の県警に勤務した元警察官。退職後は富山市で高齢者向けデイケア施設や宿泊施設を営んでいた。経営は順調だったが、県外↖に住む長男との間で金銭トラブルが発生。2018年12月12日早朝、宿泊施設に押し入って来た民間移送業者の男4人に拉致され、「現金輸送車のような車」に押し込まれて400㌔以上離れた宇都宮市の同病院に強制入院させられた。

付けられた病名は「老年期認知症妄想型」。ところが江口さんは全く認知症ではない。この事件から6年半が経過した今も認知症の症状はなく、安く購入した古民家のリフォームや竹炭づくりなどで多忙な毎日を送っている。今年6月には自動車のゴールド免許を更新し、認知機能検査を易々とクリアした。

同病院で江口さんを診察した医師は石川文之進氏。1984年に発覚し、世界に衝撃を与えた宇都宮病院事件の時の院長なので名前を記憶している方もいるだろう。江口さんの強制入院時には90歳代半ばになっていたが、社主として隠然たる力を保ち続けていた。

古民家リフォームに取り組む江口實さん(筆者撮影)

精神科通院歴すらなく、何が起こったのか分からない江口さんに対して、石川氏は手元の書類を見ながら「あんたは酒が好きだろう!」「あんたは認知症があるだろう!」と約3分間、高圧的に決めつけたという。石川氏はこの時、事前に来院した長男の言い分をソーシャルワーカーが書き留めた記録を見↖ていたようだ。

簡単な認知機能検査もなく、家族1人の同意と診断能力が怪しい医師1人の判断で、強制入院が事実上決まった。とはいえ、石川氏は強制入院を判断できる精神保健指定医の資格を持たない。そのため直後に女性の精神科医が現れて、石川氏と同じ質問をして強制入院を決定した。その後の裁判で分かったのだが、同病院では石川氏の意向に沿って医療保護入院を行うため、精神保健指定医3人のローテーションが組まれていたようだ。

「文句を言ったら何をされるか分からないので大人しくしていた」という江口さんの入院は37日間に及んだ。入院中に長谷川式簡易知能評価スケールやMRIの検査が行われ、認知症ではないことが分かった。だが、強制入院終了後も自分の意思では退院できなかった。この間、抗精神病薬等の服用を強いられてきたため身体は衰弱。よだれや失禁が出て、目は霞み、文字も綺麗に書けなくなった。かろうじて看護師の妻の尽力で↖退院できたが、退院時には、まともに歩けない状態になっていた。

「あれ以上いたら本当に認知症のようになっていた」と江口さんは恐怖を語る。著しい体力低下のため、事業継続を断念する被害も受けたが、体力作りで始めた農作業などで元気を取り戻した。

東京のケースワーカーと組んで生活保護の人を入院させる等、同病院の動きに関しては2010年代にも弁護士や医師が抗議の声を上げ、患者救出活動も行われた。しかし宇都宮市などは見て見ぬふりだった。「最大の責任は問題のある精神病院を厳しく罰しない行政にある」という江口さんの指摘は重い。


ジャーナリスト:佐藤 光展

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