
疾患修飾を目指す次世代アプローチの展望
パーキンソン病(Parkinson's disease:PD)は、高齢者に於ける代表的な神経変性疾患で、アルツハイマー病に次ぎ頻度が高い。65歳以上の約100人に1人、85歳以上では4%以上が罹患するとされ、加齢と共に患者は増加傾向にある。現在のPD診療は、薬物療法、補完療法に加え、再生医療の実用化を視野に、大きな転換点を迎えている。「進行を抑え、生活の質を保つ」から「根治を視野に入れた挑戦」へと、着実に進化しつつある。
PDの病態と進行
PDは、中脳黒質のドパミン作動性神経細胞の進行性変性を主病態とし、寡動、筋固縮、安静時振戦、姿勢保持障害といった運動症状を呈する。加えて近年、認知機能障害や自律神経障害、気分障害等の非運動症状も、患者の生活の質(QOL)に大きく影響する事が強調されている。超高齢化が進行する日本では、PD患者数は、2020年時点で30万人(厚生労働省、患者調査)に迫っている。治療に関しては、依然として薬物療法が中心であり、レボドパ製剤が最も有効な治療手段に位置付けられている。とは言え、長期使用に伴うウェアリングオフやジスキネジアといった運動合併症への対応が課題となっている。
非ドパミン系のPD治療薬では、日本初の創薬も貢献している。イストラデフィリン(商品名:ノウリアスト)は、アデノシンA2A受容体拮抗薬で、線条体の間接路に作用し、ドパミンと独立して運動調節を改善する。13年に日本で承認され、19年には米国FDAも承認した 。ゾニサミド(商品名:トレリーフ)は、国立精神・神経医療研究センター病院の故・村田美穂医師らによって発見された。元々は抗てんかん薬として開発されたが、T型カルシウムチャネル遮断やMAO-B阻害等複合的な作用を持つ。PDの適応では09年に承認された。いずれの薬剤も、レボドパ含有製剤による治療を受けている患者のウェアリングオフ現象の改善が適応で、ドパミン補充療法の限界を補う意味で日本でも活用され、高齢者や外科的治療が難しい症例に於いて、有力な治療オプションとなっている。最新の薬剤研究では、グルタミン酸やセロトニン系、腸内の微生物叢(マイクロバイオーム)への介入等、より包括的な神経機構に着目した開発が進行中である。又、α-シヌクレイン凝集の阻害やミトコンドリア機能改善をターゲットとした疾患修飾薬の探索も活発で、今後のブレイクスルーが期待される。
非薬物療法では、運動療法と脳深部刺激療法のエビデンスも蓄積されている。理学療法やバランストレーニングが、PD患者の運動機能維持に有効である事は数多くの研究で確認されている。23年に発表された米クリーブランドクリニックの前向き研究では、週150分以上の有酸素運動を継続する事で、運動能力低下の進行を約30%遅らせる効果が示された。
脳深部刺激療法(DBS)も進化している。DBSは視床下核や淡蒼球内節への電極挿入による神経調整治療で、特に進行期PD患者に於ける薬剤抵抗性症状への効果が高いとされる。最近では、閉ループ型DBSとして、脳波や運動データに応じて刺激を調整するシステムが開発され、治療効果最大化と副作用低減が試みられている。東京大学の「次世代DBSプロジェクト」や順天堂大学の「AI刺激最適化研究」では、機械学習による個別刺激プロファイルの構築が進められている。
薬物療法の現状と課題
iPS細胞を用いた細胞移植治療は、PD治療に於ける最も革新的な取り組みであり、京都大学iPS細胞研究所(CiRA)を中心とした研究は、世界をリードする。京都大学と同医学部附属病院では18年、ヒトiPS細胞由来のドパミン神経前駆細胞をPD患者7例に移植する医師主導治験を開始。対象となる患者は、中等度から進行期のPD患者で、細胞を一側性に線条体へ移植後、2年間に亘って安全性・有効性を評価した。その結果、4例で統一パーキンソン病評価尺度(UPDRS)のパート3スコアで平均20%改善が認められた。25年4月、論文はNature誌に掲載された。この他iPS細胞由来ドパミン神経前駆細胞については住友ファーマが実用化を目指しており、25年度内に承認申請される予定だ。
理化学研究所及び大阪大学大学院医学系研究科でも23年から、同様のiPS細胞由来細胞移植を用いた臨床試験が進行中で、それぞれ独自の分化誘導法や免疫拒絶回避法を開発している。理研ではHLAホモ型iPS細胞ストックを活用し、免疫抑制剤を最小限に抑えたプロトコルを検証中である。大阪大学ではPETによる移植細胞のドパミン放出評価が導入され、治療効果の可視化が試みられている。
細胞移植療法は海外でも進められており、スウェーデン・ルンド大学では胎児中脳由来細胞による移植研究を長年行って来たが、現在はiPS細胞由来細胞へと移行し、欧州連合(EU)の資金援助により国際共同研究が展開されている。又、米国ハーバード大学では、CRISPR技術を用いたゲノム編集により、拒絶反応を起こし難い細胞製剤の開発が進められており、25年には1相試験が開始される見通しとされる。細胞移植の今後の課題としては、細胞製品の標準化、量産体制の確立、コスト低減、そして長期安全性の評価が挙げられる。又、移植後の細胞の成熟や神経回路への統合の程度、個人差の評価も不可欠である。又、治療を実用化する為には、再生医療等製品としての承認取得と保険償還の枠組みを整備する事も課題になって来る。
腸内細菌叢を標的とした新たなPD治療の可能性
日本発の治療として注目が高いのは、iPS細胞と並び、腸内細菌叢移植療法(FMT)である。メタジェンセラピューティクスと順天堂大学は24年10月、PDを対象として特定臨床研究を開始し、27年3月迄、安全性と有効性を評価する。
メタジェンセラピューティクスは、腸内の微生物叢(マイクロバイオーム)を活用した革新的な医療・創薬を推進する日本のバイオベンチャーで、この分野に於ける日本の先駆けである。健康なドナーの腸内細菌を患者に移植する治療法で、①内視鏡で腸内に便溶液を移植、②凍結乾燥した便を内服用に製剤化という2つのアプローチで実用化に取り組む。順天堂大学では、23年から潰瘍性大腸炎に対して同社の便溶液を移植する先進医療を行っている。
PD患者に於いても、腸内の炎症が発症のリスクになるとされている。近年の研究から、PD患者の腸内細菌叢の特有の変化としてVerrucomicrobia門やAkkermansia属の増加が報告されており、これらの変化が神経炎症やα-シヌクレインの蓄積に関与している可能性が示唆されている。又、特定のプロバイオティクス(Lactobacillus属やBifidobacterium属)が患者の便秘や腹部不快感の軽減に寄与する可能性が指摘され、摂取による腸内環境の改善が期待されている。腸内細菌と神経変性疾患との関連も報告されており、PD以外に認知症にも活用出来る可能性が有る。
同様の試みは海外にも有り、ベルギーでの小規模な臨床試験では、早期PD患者の運動症状の改善が報告されている。又、米国カリフォルニア大学サンフランシスコ校でも抗生物質を用いて腸内細菌叢をリセットし、PDの症状や炎症マーカーへの影響を評価する臨床試験が実施されている。
一方、名古屋大学の研究で、腸内細菌によるビタミンB2及びB7の合成低下がPDと関連している事が示されている。これに基づく新たな治療戦略として、ビタミン補充療法が検討されている。
こうした腸内マイクロバイオームを標的とした治療法が、PDの進行を遅らせる疾患修飾効果を持つかどうかの検証は不可欠だが、患者毎の腸内細菌叢の違いを考慮した個別化治療に期待が掛かる。新たなPDの治療戦略となるか、最新の研究動向や臨床試験情報を注視したい。
日本は、iPS細胞技術という世界的な優位性を活かしてPDに対する根本治療を切り拓こうとしている。一方で、日常診療に於いては、患者の病期、生活背景、希望を十分に考慮したオーダーメイド治療が今後益々重要となって来る筈だ。臨床現場では、最先端の知見を適切に理解して、診療にどう取り入れるかの実践的判断力が求められる。
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