
医学部を始め、国際教養学部、国際商学部、理学部、データサイエンス学部の5学部を擁する総合大学として展開する横浜市立大学は、学部間連携、産官学民連携、グローバル化・デジタル化の推進により、世界で活躍出来る人材の育成に努めている。自らの豊富な国際経験を活かし、25年以上に亘り同大学で教鞭を執った後、2024年4月に学長に就任した石川義弘氏に、現在の取り組みと同氏の教育観、これからの医師が備えるべき資質について意見を伺った。
——先生は米国のイエール大学、コロンビア大学、ハーバード大学等、豊富な国際経験をお持ちです。
石川 横浜市立大学の医学部生時代に、ロータリー財団の奨学金を受けて初めての日本人留学生としてイエール大学に留学しました。当時は未だ留学のシステムが整っておらず、エアメールで問い合わせる等、全て自力で手配する必要が有りました。卒業後は、ハーバード大学の関連病院であるマサチューセッツ総合病院に留学し、その後コロンビア大学で助教授を務めてからハーバードに戻りましたから、海外生活は長く経験しました。最初は英語が聞き取れず、劣等感を味わいながら苦労しましたね。今はインターネットで何でも簡単に情報が手に入る時代ですから、苦労して留学する必要は無いと思う人も沢山いらっしゃいますが、情報よりも体験する事が大事です。又、留学先で共に過ごした仲間がその後それぞれの分野で活躍し、結果として世界中にネットワークが出来る訳ですから、そういう意味でも国際経験は大切だと思います。
——ご自身が培った国際経験が今の教育や研究に活かされています。
石川 本学は英語教育にも力を入れています。例えば、全学部必修の英語科目では、単位付与条件の1つとして、TOEFL−ITP500点相当の英語スコア取得を課しています。これにより、客観的な基準で到達度を測っています。私自身も25年以上前から英語で授業を行って来ましたが、最近は英語に対して苦手意識の有る学生が減って来たと感じます。しかし、当然ながら英語を話す事が国際化ではありません。様々な民族的な背景、宗教的な背景、アカデミックな背景を持つ人とコミュニケーションを取り、相互理解する事が真の国際化です。日本のこれまでの教育は教科書をどれだけ丸暗記出来るかが重要でしたが、米国は私がいた頃から教科書に何が書いてあろうと、「どう考えるか」が重視されていました。知識が有っても、使えなければ意味が有りません。如何にオリジナリティの有るアイデアを出せるかが大切だと思います。
基礎・臨床を越え、分野を拡大した共同研究を推進
——貴大学には、医学部・理学部・国際商学部等の学部が在ります。その強みを活かす為に、どの様な施策を講じていますか?
石川 1871年に開設された仮病院をルーツとする横浜市立医学専門学校(後の横浜医科大学)と1882年に設立された横浜商法学校を起源とする横浜市立横浜商業専門学校が1949年に合併、52年に文理学部が発足し、総合大学としての原型が出来ました。人文・社会・自然・医の4領域を備えた中規模の総合大学だからこそ、互いの顔が見えるのが本学の良い点で、学部間の連携はかなり強力です。医学部と理学部の「医理連携」の場合は、学部生の卒業研究で行き交ったり、両学部の教員が共同して教育を行ったり、人事交流も行っています。新しい取り組みとしては、経営センスを持つ医師を育てる事を目的とした医学部と国際商学部(大学院国際マネジメント研究科)の「医商連携」である「YCU医療経営・政策プログラム」と国際マネジメント研究科のSocial Innovation MBAプログラム(SIMBA)です。最近は病院も経営が厳しくなっていますので、必ず役に立つと思います。実際に、これらのプログラムで学ばれた方に附属のセンター病院の院長を務めて頂いたところ、半年足らずで9億円の赤字が是正されました。将来的には、若手の医師や病院の事務職の方、或いは地方自治体の職員の方等にも是非受講して頂きたいと思っています。
——「デジタル化」を掲げていますが、具体的にどの様なカリキュラムを展開していますか?
石川 データサイエンスは、本学が最も強みとしています。最近、様々な大学でデータサイエンス学部が設置されていますが、日本で最初に設置したのが滋賀大学で、2番目が本学です。これを起点に、2022年に本学の「ADEPTプログラム(AI Data Science Education Program for Tomorrow) 」が文部科学省の「数理・データサイエンス・AI教育プログラム認定制度(リテラシーレベル)」に認定され、全学部生にAI・データサイエンスの基礎的素養を身に付ける教育を実施しています。再来年にはデータサイエンス学部の学生も教員も数を増やし、現在の倍程度まで規模を拡大する予定です。又今後は、医療系のデータサイエンスも充実していきます。
——医療・生命科学分野に於ける研究基盤の強化や、国際共同研究の推進に向けた施策をお聞かせ下さい。
石川 先ず、大学附属の先端医科学研究センターで、プロテオミクスやバイオインフォマティクスといった分野の専門家を集め、医学部の教員との共同研究が出来る体制を取っています。以前は分野別に研究を実施していましたが、現在は分野外の専門家とのコラボレーションを推進しています。従来の基礎と臨床だけでなく、例えば医療統計や公衆衛生学とデータサイエンスの組み合わせや、SPring-8の様な放射光設備を用いた構造解析と基礎研究との組み合わせの様に、分野を拡大した研究を想定しています。今は、異分野連携や学際領域の発展に向けて、教育研究に於いて学部・大学院の壁を取り払い、学生や教員が交流、協働する仕組み作りを進めています。
——学内からの抵抗は無かったのでしょうか。
石川 今はそういう時代ではなくなりました。「医」と「理」は元々親和性が高い分野ですが、医商連携や人文社会とデータサイエンスの連携等にも取り組み、様々な新しい相乗効果が生まれる事を期待しています。
時代の最先端を行く大学として手本に
——文科省の25年度の「地域中核・特色ある研究大学強化促進事業(J-PEAKS)」に採択されました。具体的な取り組みについてお教え下さい。
石川 本事業は、応募条件として大学の強みを活かした特色有るプログラムの提案が求められます。本学では、10年後の大学ビジョンとして「『よこはまデータサイクル』を構築し、未来社会における高いヘルスウェルビーイングを実現する」事を掲げました。横浜市の自治体や病院等からヘルスデータの提供を受け、AIで処理してビッグデータ化し、それを基に提言やプロジェクトの社会実装化を進めていくというものです。その推進に向けては、自治体や企業との産官学民連携に、どの様にDX化やデータサイエンスのノウハウを組み込んでいくのかといった検討が必要になります。ゆくゆくは、私達が整えたデータを地元の企業に還元する事は勿論、この取り組みを地域の他の大学にも普及させていきたいと考えています。
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