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未来の会

第193回 経営に活かす法律の知恵袋
弁護士帯同も含めた適時調査への対応方法 

第193回 経営に活かす法律の知恵袋 弁護士帯同も含めた適時調査への対応方法 
増大する適時調査の自主返還額

厚生労働省保険局医療課医療指導監査室が公表している「今和5年度における保険医療機関等の指導・監査等の実施状況について(概況)」によると、適時調査の実施件数と自主返還金額が激増している。2023(令和5)年度の実施件数は2748件で、前年度対比で19%増であった。さらに返還金額は約32億円で、何と前年度対比で298%増(300%増とすれば4倍もの金額)にも達している。コロナ明けでもあり、調査が活発化するのはある程度やむを得まい。しかし、コロナ前の19年度の自主返還額が約50億円だったことを思えば、今後さらに20億円程度増加するとしても不思議ではない。

コロナで疲弊し、その後も、医療費抑制政策が続いて、さらに一層、経営が厳しくなっている病院(注・臨場による適時調査は医科の病院だけが対象)としては、三重のダメージである。したがって、病院としては、適時調査への対応措置も、それ相応に強化していかなければならない。

ある私立総合病院の指定取消と返還額

23年度には、12月21日付けで関東信越厚生局が、ある私立総合病院の保険医療機関指定の取消処分を行うことを公表した。その発表によると、次のとおりである。


指定取消年月日 令和6年3月1日
【行政処分に至った経緯】
情報提供により個別指導及び適時調査を実施したところ、これまで当該病院が行った一般病棟入院基本料10対1の施設基準の届出について、実際には施設基準の要件を満たしていないにもかかわらず虚偽の内容を記載して届出していた疑義が生じ、個別指導及び適時調査を中断した。

当該病院に対して、保存している看護職員の勤務表の提出を指示し、その内容を精査したところ、病棟では勤務していない看護職員が病棟に勤務したとして記載されている月があることが確認された。

以上のことから、一般病棟入院基本料10対1の施設基準の虚偽の届出とそれに伴う不正請求を行っていた疑義が濃厚となったため個別指導を中止し、監査要綱の第3の2に該当するものとして平成30年6月13日から令和3年12月10日まで計11日間の監査を実施した。

【行政処分の主な理由】
当該保険医療機関の監査を実施した結果、以下の事実を確認した。
請求できない一般病棟入院基本料10対1の診療報酬を不正に請求していた。

【診療報酬の不正請求額】
監査で判明した不正件数、金額は次のとおり。
件数 6,605件
不正請求額 181,516,990円
※なお、監査で判明した以外の分についても不正請求等があったものについては、監査の日から5年前まで遡り、保険者等へ返還させることとしている。


「情報提供により……適時調査を実施した」とあるが、厚生局は適時調査の端緒として特に「情報提供」を重視している。厚生労働省保険局医療課医療指導監査室が作成した「適時調査実施要領」(以下「実施要領」)でも、「調査実施に際しては、情報提供及び届出又は報告等により疑義が生じた保険医療機関等を優先的に実施するなど対象保険医療機関の選定に考慮する」(実施要領Ⅱ1(2)⑥)と明示している。

「虚偽の内容を記載して届出していた疑義が生じ、個別指導及び適時調査を中断した」とあるが、この点も、明記されているとおりの運用だと言ってよい。

個別指導又は監査への移行については、「調査において、虚偽の届出や届出内容と実態が相違し、不当又は不正が疑われる場合には、調査を中断又は中止し個別指導又は監査の対象とする。この場合、調査結果は通知しない。

なお、調査を中止するに際しては、地方厚生(支)局と協議する等、慎重に判断する」(実施要領Ⅱ6(4))とあるとおりである。

監査要綱の第3の2でも、「監査対象となる保険医療機関等の選定基準」の1つとして、「診療報酬の請求に不正又は著しい不当があったことを疑うに足りる理由があるとき」と定められている。本事例は、「監査で判明した不正件数、金額」だけでも、「6605件」「約1億8000万円」にも上り、相当な数と金額と言ってよい。

しかも、監査が「平成30年6月13日から」始まっていることから、監査対象はコロナ以前の18(平成30)年ころまでのものであったので、いわゆる新型コロナ特例の対象とはならなかったのである(現在の適時調査の対象のものであれば、常に、新型コロナ特例に当たるかどうか、チェックしてみなければならない)。

弁護士帯同の現状

適時調査に弁護士が同行しているのは、今のところ全国的に筆者の法律事務所だけであるようだ。しかし、厚生労働省は、個別指導と全く同様に、適時調査への弁護士帯同を認めている。そこで、適時調査においても、もっと弁護士帯同が増えてもよいように思う。

筆者の法律事務所では、ここ10年以上、平均すれば、年2病院以上の適時調査の相談、事前対策、同行、自主返還交渉が続いている。同行して、無事に終了という案件が多い。もちろん、今どき、弁護士を付けたからといって、後になって厚生局に報復されたということもなさそうである。かつては、余りにも柄が悪い指導医療官や事務官がいたらしいが、最近は見かけなくなった。それらの者は公務員として相応しくないので、いつの間にか辞めたり去ったりしたという噂を聞くことがあった。

筆者の法律事務所において弁護士が帯同した結果、自主返還額が大幅に減額された例の一部を上記表に挙げた。自主返還の交渉の仕方として、「高いから安くしろ!」というのでは全く通用しないし、「こんなに取られたら潰れる!」というのでも通用しない。適時調査の臨場での講評の直後から対策を立てて対応して、法論理的に筋を通して、弁護士が代理人として厚生局との間で穏当な交渉を開始するのである。

自主返還か否かの分かれ目は、改善事項にとどまるか、返還事項にされてしまうかに帰着しよう。単なる改善事項は、「届出・運用の内容に適正を欠く部分が認められるものの、施設基準の状態の維持には特に問題はないが改善の報告が必要なもの」、返還事項は、「届出・運用の内容に適正を欠く部分が認められ、施設基準を満たしていないものと判断されるもの」と定義されているが、分かりにくい。

良い悪いはともかく、現実には、「通達による行政」が通用してしまっていると言えよう。そこで、弁護士としては、「通知・事務連絡・疑義解釈に対して文理解釈、論理解釈、立法者意思解釈や目的論的解釈を試みて、主に拡大(拡張)解釈・限定(制限)解釈や類推解釈をしつつ、施設基準等の告示の幅の内側に落とすことが要領」とされるのである。

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