
誤った決めつけに家族が猛抗議
SF作家の星新一さんを知らない人は、ほとんどいないだろう。亡くなったのは1997年なのでだいぶ経つが、ショートショートを中心に今の若者にも読み継がれ、海外でも広く愛読されている。
この大作家について、ある精神科医が自身の新書の中で「回避性パーソナリティ」だと決めつけ、娘の星マリナさんが「全く違う」と猛抗議する事態になっている。この精神科医は、多くの賞を受けた評伝『星新一 一〇〇一話をつくった人』(最相葉月著新潮社)を参考に、星新一さんの内面を考察したようだが、マリナさんは「全体として評伝の引き写しでありながら、所々に精神疾患につなげるための誇張や歪曲が入っている」と指摘し、こう続ける。
「回避性パーソナリティ障害の診断基準は、父には全く当てはまりません。さらに問題なのは、母親の愛情が足りなかったから回避性パーソナリティになったかのように書いてあることです。無断で著名人を診断し、原因を推測のまま公表して母親を悪者にする。これは家族の名誉までも棄損する行為です」。マリナさんの主張は、星新一さんの公式サイトに詳しく記されている。
回避性パーソナリティ障害は、「批判、非難、または拒絶に対する恐怖のために、対人接触のある職業的活動を避ける」「好かれていると確信できなければ、人と関係を持ちたがらない」「自分は社会的に不適切である、人間として長所がない、または他の人より劣っていると思っている」などを特徴とする。こんな状態で売れっ子作家が務まるのだろうか。
この新書では、村上春樹、井上靖、藤子・F・不二雄らも「回避性」の事例として扱われており、本を特徴づける材料として著名人を利用しているように思える。
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精神科医が、診察してもいない著名人に精神医学的な論評を勝手に行うことは、日本精神神経学会の「精神科医師の倫理綱領細則」で明確に禁じられている(専門的技能と地位双方の乱用)。マリナさんは、星新一さんに関するページの削除を出版社に求めている。
一方、偉人の創造力の背景に、精神医学的にみると「病理性」が存在するケースがあることが以前から指摘されており、関連を研究するパトグラフィー(病跡学)という学問がある。勝手なレッテル張りとパトグラフィーはどう違うのか。日本病跡学会の理事を務め、サルトグラフィーという新たな病跡学を提唱している筑波大学名誉教授の斎藤環さんは語る。
「パトグラフィーの根本にあるのは天才や傑出人に対する畏敬の念です。凡庸な精神科医が、彼らの創造力の秘密を何とか解き明かしたいと願って生まれた学問なので、リスペクトがないと意味がないのです。『社会に適応できない困った人』というイメージで使われることが多いパーソナリティ障害の枠に星新一さんをはめて、そこをいくら解き明かしても創造性にアプローチできるわけがなく、本来のパトグラフィーの精神から逸脱している行為だと言わざるを得ません」
問題の精神科医が、星新一さんを貶めたくて回避性パーソナリティのレッテルを張ったとは思わないが、傑出した才能や創造性へのリスペクトが根底にあるとは思えない。出版社と精神科医に、星マリナさんへの誠意ある対応を求めたい。
ジャーナリスト:佐藤 光展
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