SHUCHU PUBLISHING

病院経営者のための会員制情報紙/集中出版株式会社

未来の会

座礁した年金改革

座礁した年金改革
法案提出巡り与党内の調整不足が浮き彫りに

2025年の年金制度改革を巡り、石破茂政権の腰が定まらない。政府は今国会への関連法案提出に動いているものの、夏の参院選を控え、野党から「負担増になる」と攻撃される事を懸念する、参院を中心とした一定数の自民党議員が慎重論を強めている為だ。

 3月19日夕、自民党本部で行われた党の厚生労働部会には約20人の議員が出席した。厚労省側が一通り法案の説明を終えると、出席者からは「また負担増と捉えられる」「年金がテーマと成った参院選は負けて来た。」といった露骨な先送り論が相次いだ。

 同部会では「国民にプラス面を説明すべきだ」との声も有った。部会後、長坂康正部会長は「法案提出に向けて今後も議論して行く」と発言している。が、河野太郎前デジタル相は「提出には反対だ。年金は抜本改革をする必要が有る」と言い切る等、党内は足並みが揃わない。19日に続く27日の同部会には日本経済団体連合会や連合等、労使の団体を招いて意見を聴取した。出席者の大半は「今の国会に法案を提出し、議論を進めるべきだ」と発言したにも拘わらず、見通しは立っていない。

 実際、年金改革は自民党にとって鬼門だった。保険料の未納が問題化した04年の参院選は民主党(当時)に負け、参院第1党の座を譲った。07年の参院選では「消えた年金」問題が争点となって惨敗、第一次安倍晋三政権は退陣に追い込まれ、09年に政権を失う契機となった。今回の法案も、慎重派は主に3つの年金改革案が選挙に影響すると懸念している。

 1つ目は、基礎年金の給付水準を底上げする案だ。少子高齢化の煽りでこのままだと基礎年金は給付が3割下がる。そこで厚労省は厚生年金の積立金を基礎年金の充実に活用し、基礎年金しかなく老後低年金になる人を救済する事にした。この案には一部に「厚生年金資金の流用だ」との批判も有るが、厚生年金加入者は老後に基礎年金も併せて受給する。よって厚生年金加入者も一部の高所得層を除いて大半の人は恩恵を受ける側に回る。

給付カットは10年延長

 ただ、現在は年金財政を好転させるべく、厚生年金、基礎年金とも給付水準を下げ続けている途上だ。財政難の基礎年金は57年度まで給付カットを続けるが、比較的財政が安定している厚生年金は26年度でカットを終える予定だった。それが法案では、基礎年金も厚生年金も切り下げのストップを36年度で揃える事になっている。

 つまり、基礎年金は切り下げ終了を21年繰り上げる一方で、厚生年金は予定より10年長く給付カットを続ける。予定より多く削る厚生年金の資金を基礎年金に投じる事で基礎年金の切り下げ終了時期を前倒しし、給付の削減幅を抑える。厚生年金から基礎年金の底上げに充てる金額は今後100年間で総額約65兆円と見込まれている。

  給付カットが長引く影響で26〜40年度に厚生年金を受給し始める世代は今の想定より年金が減る。大凡現時点で50〜64歳の人が該当する。中でも35年度から受け取る現在55歳の人(モデルケース)は月に最大7000円減となる。36年度で切り下げが終わった後、基礎年金が厚くなって全体の受給が増えるのは、41年度から受給し始める今50歳未満の世代だ。厚労省幹部は「就職氷河期世代への助け舟になる」とアピールするが、受給開始が近い世代にはメリットが薄い。

 更に基礎年金財源の2分の1は国庫負担だ。給付を厚くするなら将来は最大で年2・6兆円の税の追加投入を要すると試算されている。消費税率換算で1%を軽く超す巨費だけに、慎重派は「野党が『自民党は増税を想定している』と攻撃して来るのは目に見えている」(参院中堅)という点も不安視している。

 2つ目はパートの人も厚生年金に加入して貰う厚生年金の適用拡大だ。今は従業員51人以上の企業に勤め、週の労働時間が20時間以上、月額賃金8万8000円以上の人は厚生年金に加入する必要が有る。これを10年掛けて従業員規模や賃金要件を撤廃し、週20時間以上働く人を全て厚生年金へ加入させる。

 現在、配偶者等の扶養を受け、老後は基礎年金のみというパートの人も、適用拡大で厚生年金に入れば将来の年金額は増える。ただ保険料は労使折半で本人にも企業にも新たな負担が生じる。

 3つ目として、自民党の慎重派は法案に給与水準の高い会社員等の厚生年金保険料の負担増が盛り込まれている点も懸念している。賞与を除く年収798万円以上の人を対象に、27年9月から保険料を段階的にアップさせる内容だ。月収で上位5%程の人が該当し、本人負担分の保険料は最大で月に9000円増す。負担が増えた分、将来の受給額は上乗せされる。20年納めれば年金額が月に1万円程増える計算だ。

 自民党の一部が懸念する3案は、何れも将来の給付増に結び付く。それでも足下の負担増は避けられず、慎重派はその点を警戒している。7月に参院選が迫る中、今やる必要は無い、という訳だ。

 とは言え、元々政府は今国会に照準を合わせて年金改革関連法案を作り上げて来た。慎重派の意向を取り入れて厚生年金適用拡大の年限を延ばしたり、基礎年金の底上げを経済状況が悪化した場合に限ったりする等の妥協も重ねて来た。ところが石破政権の支持率低迷によって参院選での苦戦が想定される中、2月半ばから急速に自民党内の慎重論が高まって来た。自民党内の空気を受け、3月8日には党幹部が法案の取り扱いを協議した。しかし、森山裕幹事長は今国会への提出を主張したのに対し、小野寺五典政調会長は「野党からボコボコにされる」と不安を口にする等、幹部間ですら調整出来なかった。党内の意見取り纏めは、国会への提出期限の14日に間に合わなかった。

党内に響く不協和音

年金改革関連法案について、与野党は既に今国会の「重要広範議案」に指定済み。野党は同法案を批判しつつ、政府が出さないなら出さないで「政権担当能力がないと言うしかない」(野田佳彦立憲民主党代表)と責め立てている。石破政権は医療費の自己負担に上限を設けた高額療養費制度の自己負担を増す案を一旦示しておきながら、3月にはやはり選挙を見据えて決定を秋に先送りした。自民党の閣僚経験者は「年金の法案を出さないなら、野党から『また逃げた』と言われる。其の方が影響は大きい」と漏らす。

 「(年金改革関連法案の国会提出という)方向が決まった訳ではない。重要な法案だけに丁寧に意見を聞いて行く」。3月18日夜、自民党の小野寺政調会長は記者団にこう述べ、野党の態度硬化を招いた。野党は同法案提出を前提に21日の衆院厚生労働委員会開催を受け入れていたが、小野寺氏の発言によってこの日程は吹き飛んだ。同委員会では同法案を含めて計6法案の審議が予定されており、自民党側は年金改革関連法案の提出に含みを持たせ続けながら他法案への影響を避けたい意向だ。

 衆院は少数与党とあって、これ迄の年金改革で与党が繰り返して来た強行採決は不可能だ。自民党内には苦肉の策として野党に歩み寄る法案修正に踏み込む案も浮上している。基礎年金の底上げに伴って厚生年金の受給額が下がる世代の人に対し、立憲民主党の長妻昭代表代行は年金の減額分を補填するよう政府に迫っている。この批判を躱すべく、厚労省は自民党の意向を受け、急遽基礎年金の底上げ部分を法案から削除する事を検討している。

 矢面に立たされる厚労省は、与野党の動向をハラハラしながら見守っている。或る幹部は「一番の障害を削除するのだから前進するだろう」と話し、今国会への法案提出に希望を見出している。しかし、自民党の参院は松山政司参院幹事長自ら「現役世代、中小の事業者から不安の声を聞く。重要法案だけに期限を切る事なく丁寧に議論を進めて行くべきだ」と慎重な姿勢を崩していない。

 同党内には、法案提出に向けて奔走する姿勢を示しつつ、結局は国会閉会に間に合わなかった、という「時間切れ」の演出を狙う思惑の議員もいる。この厚労省幹部は「そんなことは想像したくない」と、不安を口にする。

LEAVE A REPLY

*
*
* (公開されません)

Return Top