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G7広島サミットで宿題を背負った岸田首相

G7広島サミットで宿題を背負った岸田首相

核抑止か、核廃絶か——「ここから」の断絶は深く

「さあ、ここからだ」。現役を退いてからも米軍幹部との意見交換を続ける陸上自衛隊OBは、5月に開かれたG7広島サミット(主要7カ国首脳会議)の成果を高く評価した上で、こう言って力を込めた。ゼレンスキー・ウクライナ大統領のサプライズ参加も有って、広島サミットはロシア・ウクライナ戦争に於ける西側諸国の対ロシア結束をアピールする場になったが、陸自OBの視線の先に有るのは「ウクライナ」ではなく、広島サミットの第2の主題になった「台湾」だ。

 米中対立の火種として懸念が強まっている台湾問題を巡っては、サミット前の4月に中国を訪問したマクロン・フランス大統領が「台湾での緊張の高まりに我々の利害は無い」と距離を取る発言をした為、広島サミットでは、台湾の武力統一を窺う中国に西側諸国が結束して対抗する姿勢を示せるかが注目された。サミットの首脳宣言には「我々は引き続き、東シナ海及び南シナ海における状況について深刻に懸念している。 我々は、力又は威圧によるいかなる一方的な現状変更の試みにも強く反対する」「我々は、国際社会の安全と繁栄に不可欠な台湾海峡の平和と安定の重要性を再確認する」等の中国を牽制する文言が明記され、マクロン大統領も中国寄りの発言を封印して米国と足並みを揃えた。

対中国デリスキングに不可欠な「台湾」

 マクロン大統領が中国に擦り寄る姿勢を見せたのは、中国との経済連携を期待しての事だ。ロシア・ウクライナ戦争でロシア寄りの立場を取る中国だが、西側と完全に敵対し、「世界の工場」として急速に国力を伸ばして来た既存の経済権益を手放すのは得策ではない。西側としても、中国との経済的な結び付きを維持しておいた方が自国経済にプラスに働くだけでなく、中国に対して国際秩序への建設的な関与を求める対話の継続にも繋がる。だが、同様の論理で経済連携を強めて来た筈のロシアのウクライナ侵攻を止められず、それどころか、ロシアの天然ガスに依存し過ぎた経済構造の足元を見られたのが欧州諸国だ。対中国で同じ轍を踏む事は許されない。

 欧州諸国が台湾問題に関与しない姿勢を見せれば、台湾の武力統一を黙認するとの誤ったメッセージを中国に送り、却って東アジア情勢の不安定化を招き兼ねない。マクロン大統領の言動に追随する欧州諸国は無く、フランス政府が火消しに動いたのは賢明な判断だったと言える。代わって、広島サミットを前に欧州諸国から発信されたキーワードが「デリスキング」(リスク軽減)だ。グローバル経済のサプライチェーン(供給網)から中国を排除する「デカップリング」(切り離し)ではなく、経済安全保障の観点から半導体やレアアース(希土類)等の戦略物資の対中依存度を段階的に下げて行く考え方だ。

 元より米国にも日本にも中国との経済関係を絶つ選択肢は無い。米中間で制裁合戦が展開されたトランプ・前米大統領の時代に経済デカップリングが叫ばれたりもしたが、昨年の米中貿易は対立激化の中でも過去最高を更新し、日本の貿易相手国としても中国は不動のトップの座を占めている。近年、日米が力を入れているのは、まさに半導体の対中依存軽減であり、その意味でも重要度を増しているのが半導体生産の最先端企業を有する台湾なのである。

 こうした背景を念頭にサミット首脳宣言の以下のくだりを読んでもらいたい。「我々は、デカップリング又は内向き志向にはならない。同時に、我々は、経済的強靱性にはデリスキング及び多様化が必要であることを認識する。我々は、自国の経済の活力に投資するため、個別に又は共同で措置をとる。我々は、重要なサプライチェーンにおける過度な依存を低減する」。これにより、マクロン大統領の画策した抜け駆け的な対中接近は封じられた。半導体等の戦略物資に的を絞った「重要なサプライチェーン」は中国に依存し過ぎない事。それがG7の目指す「経済的強靱性」であり、そのサプライチェーンには「台湾海峡の平和と安定」が不可欠という論理構成だ。

日本の官民挙げて米軍の後方支援基地に

「ウクライナ」と共に「台湾」でもG7の結束を国際社会にアピール出来た。先述の陸自OBは「G7が終わって大きな宿題を背負ったのが日本。ここから覚悟が問われる事になる」と指摘する。宿題の1つは台湾海峡危機への備え。米軍が台湾支援に動けば、在日米軍基地のみならず日本の港湾や空港、軍需産業等も米軍の後方支援基地の役割を担わなければならない。陸自OBは「中国が思っていたより西側が結束を示した事で、台湾侵攻は10年ぐらい遅れるのではないか」との見方を示しつつ、「相対的な米国の国力低下により日本の地政学的な重要性と責任は上がっている。直ちに国家安全保障会議(NSC)を開き、民間を含む国の総力を挙げて台湾危機に対処する計画の策定に入るべきだ」と提起する。

 その意味で注目されたのが、5月25日の日本経済新聞朝刊1面トップを飾った「米艦補修、日本の造船所で」との記事だ。これ迄在日米海軍の戦闘艦の整備・補修は米本土に戻って実施するのが基本で、簡易な整備・補修は横須賀や佐世保の米軍基地内で行われるものの、日本の民間造船所に任せる仕組みは無かった。その背後には米国内の造船産業保護という軍需権益の問題が横たわっていた訳だが、中国の急速な海軍力増強に対抗し、台湾危機への備えを急ぐ為、日本の主要港湾と民間事業者を動員する官民挙げての後方基地化に米側が舵を切った可能性が有る。日本政府はこれに応える覚悟が有るのか。

 陸自OBの指摘するもう1つの宿題が「核抑止戦略」だ。サミットではG7首脳が揃って平和記念公園を訪れた上で「核軍縮に関するG7広島ビジョン」を発表した。

 核保有国(米英仏)を含むG7首脳が被爆の実相に触れ「核兵器のない世界という究極の目標」を確認した画期的な文書だが、むしろ力点は「ロシアによる核兵器のいかなる使用も許されない」と強調し、「中国による透明性や有意義な対話を欠いた、加速している核戦力の増強」を牽制し、侵略戦争を抑止する核兵器の有用性を訴えた文脈に置かれている。朝日新聞は社説で「核廃絶への長期的な視点を欠く文書は、被爆地の名を冠したビジョンと呼ぶに値しない」と批判した。毎日新聞は唯一の被爆国として「ここからが問われる」と注文を付けた。

 核廃絶を叫ぶ側の言う「ここから」と、台湾危機を見据える側の言う「ここから」との間を隔てる絶望的な程の断絶。米国の世界戦略は、2001年の同時多発テロ以降続けて来た「対テロ戦争」から中国・ロシアとの「大国間競争」へとシフトし、日本の安全保障政策も米国の対中戦略に組み込まれる方向へ進んでいる。陸自OBは、米国の核抑止戦略に日本が積極的に関与する為、国是とされて来た非核3原則(核兵器を持たず、作らず、持ち込ませず)の見直しが必要だと訴える。念頭に有るのは、米国の核兵器を日本に配備する「核共有」や、核ミサイルを搭載した戦略原潜の寄港だ。核廃絶を悲願とする側からすれば、とんでもない暴論という事になる。

 左右から真逆の「ここから」を突き付けられた岸田文雄・首相はどうするのだろう。答えは既に出ている。左派の求める「核無き世界」は、米中の大国間競争を乗り越えた先を見据えた「ここから」だ。先ずは右派の求める「ここから」を優先する必要が有るが、問題は「何をどこまでやるか」である。防衛予算の倍増は決めたが、具体的な使途や日米協力の在り方は未だ示していない。台湾危機を想定した米軍支援体制の構築を本気で目指すのか。米国の核抑止戦略に実効性を持たせる為に日本が何らかの役割を果たすつもりなのか。何れも戦後日本が歩んで来た平和国家の道程から踏み出す大きな政策転換になるが、岸田首相の言動に、そこ迄の覚悟は見えない。

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