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第192回 経営に活かす法律の知恵袋 ◉ 厚労省の医療安全検討会の課題と対応

第192回 経営に活かす法律の知恵袋 ◉ 厚労省の医療安全検討会の課題と対応
厚労省「医療安全に係る検討会」の開催

厚生労働省医政局の所管する「医療事故調査制度等の医療安全に係る検討会」が、2025年6月27日に開催された。今秋の取りまとめまで続く予定らしい。

森光敬子医政局長の挨拶は、「本検討会では、医療事故調査制度にとどまらず、医療安全に係る施策全般についてこれまでの取り組みを振り返った上で、現状と課題を整理して今後の対策について議論をお願いしたい」というものであった。

それを踏まえると、「検討会」の目指すべき課題と対応とは、いかなるものであるべきだろうか。

厳しい経営環境下での医療安全の推進

現在は、医療費抑制政策が続き、病院・診療所は厳しい経営環境の下に置かれている。その上に、さらに一層の医療費削減政策も実施されようとしているらしい。少子高齢化が進み、物価高、人手不足、賃上げ圧力などが追い打ちをかけ、病院も診療所も閉鎖に追い込まれるところが出て来ており、まことに深刻な経営環境下にある。

当然、それでも医療安全は現に推進しつつあるし、より一層に進めるべきであるとは言え、実情としては、そのための時間的リソースも人的リソースも乏しい。

「角を矯めて牛を殺す」という諺もある。「欠点を無理に直そうとして、かえって、そのものをだめにしてしまう」(『新明解国語辞典』三省堂)つまり、「時間的・人的リソースが乏しいにもかかわらず、医療安全を無理に推進しようとして、病院・診療所を廃院・倒産させてしまう」恐れがあるとでも評してよいかも知れない。

したがって、目指すべき方向は明瞭である。費用や手間・手数のかかる対応策は、少なくとも現在の経営環境下では、採用してはならない。経営的側面から圧迫を加えて、公的医療の崩壊を招いてしまうからである。

もちろん、そのような危うい状況下であるから、医療事故責任追及政策を採用してもいけない。立ち去り型サボタージュ(医療崩壊)を招いてしまう。そこで、医療事故の責任追及につながる結果を招いてはならないし、責任追及の恐れを感じさせるものであってもならないのである。

以上の次第であるから、今後の課題への対応は、時間的・人的リソースが乏しい中で、費用や手間・手数のかかることは避け、かつ、責任追及の恐れを感じさせることのないようにしなければならない(なお、念のため付け加えれば、時間的・人的リソースの乏しさは、経営資源の全体ないし基盤に関するものであるから、当該医療安全施策のための局所の診療報酬加算や補助金交付だけによって補えるものではないことに、特に留意すべきである)。

院内医療安全管理体制の重点目標の絞り込み

まず、医療法の「病院等の医療安全管理体制(院内の事例報告・学習のための仕組み等)」については、中小病院と診療所において、院内の事例報告(特に、ヒヤリ・ハット事例の報告)を手堅く実践することが要請されるであろう。法令の条文で言えば、医療法第6条の12「当該病院等における医療の安全を確保するための措置」、医療法施行規則第1条の11の第1項第4号「医療機関内における事故報告等の医療に係る安全の確保を目的とした改善のための方策」が、それに該当する。

ヒヤリ・ハット事例の報告範囲として、通常、「医療に誤りがあったが、患者に実施する前に発見された事例」「誤った医療が実施されたが、患者への影響が認められなかった事例または軽微な処置・治療を要した事例。ただし、軽微な処置・治療とは、消毒、湿布、鎮痛剤投与等とする」「誤った医療が実施されたが、患者への影響が不明な事例」が挙げられている。このような中で最大の課題は、ヒヤリ・ハット報告をする判断基準として、「誤った医療」が中心に据えられていることであると言ってよい。言い換えれば、自らが医療を「誤った」と進んで「自白」する報告となるため、そのまま責任追及に直結しかねず、その判断は慎重になり過ぎがちであろう。現に、警察が介入して捜査をする過程で、ヒヤリ・ハット報告の任意提出を求められることもあるので、その慎重さは故無しとはしない。そのため、責任追及への「萎縮」のみならず、それ以前に、「自白」の報告の決断・判断に「時間がかかり、手間・手数がかかる」ところでもある。したがって、その課題への対応策としては、「誤った」という規範的視点よりも、むしろ「結果」に重点を置くように改めた方がよい。すなわち、「実施する前」や「患者への影響が認められなかった」場合は、改善の必要性・有効性がいつも必ずしも大きいとは言えないので、それらに重点を置かず、むしろ「軽微な処置・治療を要した事例」に重点を移すべきである。

医療事故情報収集等事業の事故等事案の絞り込み

「医療事故情報収集等事業」は、「医療事故調査制度」と並んで、 「第三者への報告を行う事例報告・学習のための仕組み」の1つとして位置付けられている。ただ、それは中小病院や診療所に課されているものではなく、本来、特定機能病院・国立病院機構・国立研究開発法人・大学病院などだけを対象とするものであった。任意参加の医療機関も増えているけれども、現状においては余り無理すべきではなく、手堅く進めれば足りるところであろう。

さらに、「事故等事案」(医療事故情報収集等事業で、医療機関内における事故その他の報告を求める事案)は、医療法施行規則第9条の20の2第1項第14号に定められてはいるが、現状においてはそれらすべてを必ずしも無理に進めるべきものではない。

特に中小病院等の任意参加医療機関においても、すでに「ヒヤリ・ハット事例の報告範囲」として述べたことがそのまま妥当するものと思う。「誤った医療」を前提とする報告は、現状にそぐわない。医療事故調査制度と同様に「医療起因性」と「予期しなかったもの」で構成された報告に限定しつつ、余り間口を広げずに、手堅く医療安全対策を進めていくべきところであろう。

医療事故調査制度を活用したリピート対策

医療事故調査制度は15年10月の施行以来、ほぼ所期の目的を達して来ていて、現状も良好である。その特徴は、医療安全への特化、医療過誤や責任追及との切り離し、秘匿性の確保など、それまでとは異なった斬新な発想の施策が多数盛り込まれていて、それらが功を奏した結果だと評しえよう。特定機能病院等の大病院に偏しがちであった医療事故対策を、全国にあまねく、中小病院、有床・無床の診療所、歯科診療所、助産所に浸透させていったところに、最大の功績がある。

重要な見直しが一度あった。施行の翌年に医療法施行規則の改正があり、16年6月24日付け厚労省医政局総務課長通知では、留意事項として「改正省令による改正後の医療法施行規則第1条の10の2に規定する当該病院等における死亡及び死産の確実な把握のための体制とは、当該病院等における死亡及び死産事例が発生したことが病院等の管理者に遺漏なく速やかに報告される体制をいうこと」が示されたのである。もともと医療事故調査制度を基礎付ける医療機関の体制作りに関しては、「すべての死亡症例を管理者の下で一元的に管理すべき」というコンセプトが潜在していて、それがたまたま見直しの際に顕在化したのがその経緯であった。

時折、ある特定の病院の特定の診療料で特定の医師による医療事故等がリピートしていたという事例が生じる。しかしながら、もしも「すべての死亡症例を管理者の下で一元的に管理すべき」というコンセプトが医療法施行規則や各種通知のとおりに実施されていたとしたならば、そのようなリピート事例は発生せず、未然に防げたことと思う。

そこで、それらのコンセプト・規則・通知のより確実な実施のために、「当該診療科で責任をもってすべての死亡症例を遺漏なく管理者に報告すること」と「管理者がより確実にすべての死亡症例を積極的に把握するべく努めること」を、新たな厚労省医政局地域医療計画課長通知をもって再確認する程度ならば、現状においても、1つの賢明な課題対応策であると評しうるであろうと考えている。

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