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未来の会

世界初承認アルツハイマー病新薬に山積する「リスク」

世界初承認アルツハイマー病新薬に山積する「リスク」
有効性不確か、副作用に高薬価。エーザイ礼賛の危うさ

米食品医薬品局(FDA)が6月7日に承認したアルツハイマー病(AD)薬「アデュヘルム」。米バイオ製薬大手バイオジェンとともにエーザイが共同開発した事もあって、日本でも「世界初」「画期的」はては「夢の新薬」等の報道が相次いだ。患者の脳内にたまる物質アミロイドベータ(Aβ)を除去し、病気の進行を抑えるという効能を謳うAD新薬の承認は世界初、病気に苦しむAD患者やその家族が歓喜したのはよく理解出来る。

 世界のAD患者5000万人の巨大市場を背景にピーク時1兆円を超すお化け商品への期待もあって、バイオジェンとエーザイの株価は爆上げした。「勝ちに不思議の勝ちなし」。エーザイの内藤晴夫・最高経営責任者(CEO)は経済誌上でのたまう。周到な手を打ち、まぐれではなく勝ったと言うわけだ。承認は難しいと言われた大博打に勝ち、気分は最高潮だろうが、この承認には、患者や社会に禍根を残しかねない〝毒〟がある。

超危険な「見切り強行発車」

 この薬が謳う病気の進行抑制効果がまず怪しい。一番肝心の臨床上の有効性、つまり患者の認知力等の低下を遅らせる効果はアデュヘルムの、2つの3相臨床試験(治験)では証明出来なかった。片方は成功だったが、もう1つは失敗したからだ。

 2019年3月には芳しくない中間解析の結果を受け治験を途中で中止。7カ月後に判断を覆し承認申請に動き出すという紆余曲折があった。FDAの「前のめり」の支援姿勢がこの背後にあった事は、後に判明する。ただ20年11月にFDAの独立諮問委員会は、「十分な有効性は示されていない」と、ほぼ全員一致で承認を反対した。

 それでもFDAは一部内部の反対も押し切り「迅速承認」を強行した。迅速承認は、ほかに効果的な薬がない重症疾患等を対象に、臨床的有効性の確証がないままで、「臨床的効果を合理的に予想出来る」代用的指標の有効性が証明出来れば新薬の製造販売を認める制度だ。アデュヘルムでは薬を投与された患者の脳内Aβの値が代用的指標に使われた。2つの3相試験ともAβの顕著な減少が確認されていて、これで「臨床的効果を合理的に予想出来る」と判断した。

 ただ、Aβの減少と認知力等の低下抑制に相関関係がある事のエビデンスは現時点でない。アデュヘルム同様の過去の治験は、Aβの減少は達成しても、認知力の低下抑制等臨床的有効性を示せずに失敗した。アデュヘルムでも先述のように1つの3相治験では臨床的有効性が示せなかった、つまりAβと臨床的有効性の相関関係は証明出来なかったため、迅速承認の条件としてもAβを代用指標にするのは無理がある。手続き論的な瑕疵もある。先の独立諮問委員会で、臨床的有効性でなく代用的指標を使った承認はしないとFDA側が明言しているからだ。委員にしてみればだまし討ちにあったも同然だ。

 もう1つ見逃せないのが日本の報道がほとんど触れない薬のリスクだ。3相治験では高用量投与患者の3分の1の高率で、脳内での浮腫や微小出血を起こす有害事象が出ている。対応可能で大丈夫と言うのが製薬会社側の説明だが、18カ月の3相を完了した対象患者は2000名程度だ。医療現場での百万人規模の長期での副作用は分からない。臨床的有効性が明確に示せていればそれでも副作用リスクとベネフィットの兼ね合いで承認も考えられなくはないが、この点でも危惧はある。

 もちろん迅速承認には条件が付く。臨床的有効性を確かめる補完的治験、4相治験の実施だ。FDAはこの結果次第では「承認を取り消す可能性」を指摘している。しかし、ここでの実効性にも疑念がある。がん薬などの迅速承認での取り消し率は10%にも満たず、補完的治験の監視は緩いとの見方が強い。しかもアデュヘルムの補完的治験の最終結果報告は9年後の30年。その間、薬を売り続けられるのだから、製薬会社がこの治験を急ぐ動機はない。

 患者の生活改善、介護者の直接・間接の負担軽減等も考慮したバリュー(価値)ベースで、一患者年当たり5・6万㌦(610万円)の薬価をバイオジェン、エーザイは付けた。それも有効性あっての話。有効性が確認出来ていないのに高薬価の価値ありと強弁するのは、まるで「ガマの油売り」だ。両社はしこたま儲けるのだろうが、仮に9年後に有効性がなしと判明した時、論理的には高薬価に見合う価値がなかったはずだから、過去に受け取った薬代の相当部分は患者や保険者等に返さないといけないはずだが、そんな事はするはずがない。

 ほとんどのAD患者は多少のリスクは「覚悟の上で」安全性や有効性の担保もない薬を使わざるを得ない。当局が承認したのだし、他にいい薬はない。医師もこの薬を処方すべきかの倫理問題に加え、適した患者選び等で頭を悩ますことになる。

 高薬価、対象人口の巨大さがもたらす医療費・財政負担も莫大だ。米国では65歳以上の高齢者がAD患者の大半でメディケアという公的医療保険がアデュヘルムの8割以上を占めると予想される。現在AD薬を利用するメディケアのパートB利用者約200万人のうち4分の1がこの薬を使えば支払額が290億㌦に達するという試算が非営利団体から出ている。メディケアBで使う上位5位の薬の合計額の3倍だ。これは保守的試算だが、仮に100万人が使う前提だと一剤だけで570億㌦、現在のメディケアBの支払い総額を超える。「近年の米国の新薬承認では最悪の決定になるだろう」。FDAの諮問委員3人がFDAの決定に抗議して委員を辞任する騒ぎも起きた。米国ではこの薬価・公的負担問題、更にはこの薬の承認過程やFDAの暫定長官や高官の責任問題等を調査、追及する動きが上下両院議員、民間団体等から激しくなっている。

アルツハイマー病薬開発に悪影響も

 今回の承認が、失敗続き、大手の撤退も相次いだAD治療薬開発を促す起爆剤になると期待する見方がある。製薬会社がこの分野に再参入、投資を増やすというのだ。実際、承認発表後にブリストルマイヤーズ・スクイブがバイオベンチャーのAD薬候補の開発権利へのオプション行使を早め、AD分野開発を急ぐ動きも出ている。

 ただ、逆に「副作用」を懸念する声も研究者や医師の間では根強い。1つは新薬が承認された事で、バイオジェン等の補完的治験も含めAD治験への被験者を集めにくくなるという見方。承認薬があるのに、なぜ偽薬投与の可能性もある治験に参加しなければならないのか、というわけだ。もう1つは迅速承認取得が容易なAβに標的を絞った治験に開発が偏る事。さっそく米イーライリリーは態度を一変させ、同じAβ標的で3相に入ったばかりのAD薬「ドナネマブ」の迅速承認申請に動く。本来はAβ標的が間違いの場合を考えて、それに代わる他の多様な研究開発が望ましいが、その進展が遅れかねない。救いを求める患者、社会にとってもマイナスになりかねない。

 迅速承認はエーザイ等にとっても諸刃の剣かもしれない。2相で十分なAβの減少と有意な臨床的有効性をドナネマブで示したイーライリリー等競合先のキャッチアップが早まり、天下は意外に短くなる可能性が出てきているからだ。

 既に欧州や日本等でもアデュヘルムは申請済みだが、承認は確実ではない。日本に限って言っても、まず危なっかしいFDAの判断を踏襲するのかが第1の関門だ。仮に承認するにしても日本で補完的治験をするのか、出来るのか、対象患者を絞るにしても国内AD人口の大きさから想定される過去にない高額医療費負担を考えて薬価をどうするか、難しい薬の投与中止時期の判断をどうするのか等、様々な難問が当局や医師、社会全般に待ち構えている。患者や社会に対しこの薬の正確な説明をするのがとにかく最優先であり、エーザイや新薬を能天気に持ち上げるのはまだ早いし危うい事ではないだろうか。

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