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未来の会

不正受給事件が相次ぐ「企業主導型保育事業」

不正受給事件が相次ぐ「企業主導型保育事業」

不十分な制度設計に付け込む〝ブローカー〟の存在

待機児童対策の切り札として期待された「企業主導型保育事業」だが、助成金の不正受給事件が全国各地で相次ぐなど問題が相次いでいる。安倍晋三政権が導入を急いだあまり、杜撰な審査態勢のまま事務を処理するなど、不十分な制度設計で見切り発車したことが背景にある。こうした隙を突く形で助成金申請を指南する「ブローカー」が暗躍し、不正な利益を得ていたことも↘判明している。

 企業主導型保育事業は、待機児童対策の切り札として、2016年度に導入された。開設や運営の要件は保育士数などの点で認可保育所より緩いが、基準を満たせば整備費が75%支払われるなど認可施設並みに支給されることもあり、企業から申請が殺到して短期間で急増した。国の助成金の原資は主に企業が拠出する国庫補助金が充てられ、予算額は16〜19年度の4年間で5800億円に上る。

 しかし、このうち、助成金詐欺事件を起こしたり、事件とまではいかなくても、突然の閉鎖や定員割れなどの問題を抱えていたりしている企業主導型保育は多い。18年10月に秋田県警が運営費を騙し取ったとして、保育所元園長らを詐欺容疑で逮捕したのを皮切りに、19年5月には愛媛県警などが施設工事費を水増しして助成金を受け取ったとして、経営コンサルタントの男らを補助金適正化法違反容疑で逮捕した。

 さらに7月には、あの東京地検特捜部が保育所設置に必要な資金として信用組合から融資金名目で現金を騙し取ったとして経営コンサルタントの男らを詐欺容疑で逮捕している。事件化しなくても、保育士が一斉に退職して開園することができない東京都世田谷区の事例など枚挙に暇↖がない。

児童育成協会の杜撰な事務

 こうした事件が相次いでいるのは、助成金の申請受け付けや審査、決定、支給などの実務を担う公益財団法人「児童育成協会」(東京都渋谷区)の事務が杜撰だからだ。詳しい審査基準は明らかにされていないが、関係者は「書類審査が中心だ。現地調査なども出来ず、結果として見通しの甘い事業所も助成金を受けている実態がある」と指摘する。

 児童育成協会は、1978年に旧厚生省管轄の財団法人「日本児童手当協会」として設立され、「児童の健全育成、福祉事業に対する協力援助、児童家庭対策の推進」などを目的に、85年にオープンした国立児童館「こどもの城」の運営を受託してきた。これが主要な事業だったが、施設の老朽化などを理由に「こどもの城」が15年2月に閉鎖すると、協会の業務は大幅に縮小していった。

 ちょうど同時期に、「保育園落ちた日本死ね!!!」と題したブログをきっかけに、国会などで待機児童問題が大きくクローズアップされ、企業主導型保育事業を政府が打ち出した。内閣府の公募に申請して協会は業務を受託するに至ったが、保育事業の申請事業のノウハウなどはないに等しい状況だった。申請が殺到し、昨年度に受けた助成申請は約4900件に上るにもかかわらず、審査員は50人ほどにすぎない。内部からは「人が足りない。数をこなさないといけないが、業務が回らない」との悲鳴が上がる。

 こうした杜撰な審査体制に付け込むのが、「ブローカー」だ。企業主導型保育が始まった16年ごろには、こうしたブローカーとみられる存在は、少なくとも30〜50人はいたとみられる。その多くが不動産業者や建設業者が「保育コンサルタント」と名乗り、土地などを見つけて企業に開設を持ち掛けるというパターンだ。

 ビルなどのテナントとして開設されることが多い企業主導型保育だが、主な整備費用は内装や設備の改修工事費で、協会は原則、写真を基に助成の審査をしており、工事現場には立ち会わない。助成金を申請した関係者の一人は「協会は現場に見に来ないからだませると、ブローカーから持ち掛けられたことがある」と明かす。本来は数百万円で済む工事費を数倍に水増しした見積書を作らせた事例もあるという。

需要と供給のミスマッチを招く

 杜撰な審査のツケは、必要のない地域に企業主導型保育を整備するという事態も引き起こす。需要と供給のミスマッチを起こしており、内閣府の18年3月時点の調査では、全国の企業主導型保育の定員約2万9000人のうち、園児の入所率は60%程度に止まる。90%を超える認可保育所とは大きな違いがある。

 認可保育と異なり、自治体側は企業主導型保育の開設場所を事前に知る手段がない。ある自治体の担当者は「事業者の都合で整備されるので、自治体の施策に合っていない。全く子どもが入っていない企業主導型保育もあり、ニーズがないところに建設されても、止める手立てがない」とぼやく。

 ブローカーが暗躍し、ミスマッチを起こす企業主導型保育だが、このスキームを考えたのは、厚生労働省の元幹部の香取照幸氏といわれる。香取氏が雇用均等・児童家庭局長に在任していた当時は、待機児童対策を解消するのが政権の至上命題だった。

 こうした中、「頭脳明晰で政策に明るい」(厚労省関係者)と評価が高い香取氏が対策としてひねり出した。当時を知る関係者の一人は「まさかこんな事態になるとは当時は思いも寄らなかった」と話すが、それまで待機児童対策に本格的に取り組んでこなかった政権の「圧力」が歪んだ現状を生み出したのは間違いない。

 東京地検特捜部が手掛けた事案は、国の助成金約4億8000万円を騙し取った事案とされ、詐欺事案としては巨額だ。助成金を詐取したとされる5カ所については、18年中に運営を始めるとされていたものの、開園すらしていない。逮捕されたコンサルティング会社社長は政界にも顔が利くとされ、永田町界隈では逮捕当時、「自民党衆院議員が関与しているのでは」と囁かれたが、東京地検特捜部が立件するまでには至っていない。

 内閣府は児童育成協会に代わる審査機関を新たに公募し、審査を厳格化する考えを示している。書面審査に加え、ヒアリングや現地調査も実施する他、事業者の参入要件を厳しくする。しかし、協会に代わる団体が公募に応じるかは不透明で、結局、児童育成協会が再び受託する恐れもある。

 ようやく企業主導型保育の闇にメスが入り始めたものの、児童育成協会が今のまま受託を続けるなら事態の改善にはほど遠いといわざるを得ない。待機児童対策の切り札としてもてはやされた企業主導型保育は、一定の役割を果たしたといえるが、大きな闇を抱えたままで、その闇の全容解明には未だ至っていないといえるだろう。

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