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「遺伝子パネル検査」保険収載されるも課題山積み

「遺伝子パネル検査」保険収載されるも課題山積み
対象者は一部患者に限定、治療薬がない場合も

厚生労働省は6月1日から、患者から採取したがん細胞を分析して100種類以上の遺伝子変異を調べる「パネル検査」を公的な医療保険の対象に含めている。手術や化学療法などで改善しなかった患者にとって新しいがん治療の幕開けになると期待されているが、効果が見込める患者はわずかで〝遺伝子差別〟に対する懸念など課題も多い。

 公的医療保険の適用は、5月29日の中央社会保険医療協議会(中医協)で了承された。検査システムは、シスメックスが国立がん研究センターと開発し、日本人で変異が見つかりやすい126種類の遺伝子を調べることができる「NCCオンコパネル」と、324種類の遺伝子を調べる中外製薬の「ファウンデーションワンCDx」で、検査や解析など1回当たりの値段はいずれも56万円と高額だが、公的医療保険が適用されるため患者の自己負担は1〜3割で済む。1カ月の自己負担の上限を定めた高額療養費制度を利用できれば、さらに負担は軽くなる。

 保険診療でパネル検査を受けられる患者は、標準治療がなかったり、効果が出なかったりした場合に限る。年間100万人のがん患者のうち、厚労省は対象者を数千〜1万人程度(1%程度)とみるが、ピーク時には年に計2万6000人が利用し、販売額は年計150億円規模と見込まれる。

 ただ、仮に検査を受けられても、最適な薬の選択に繋がる症例は1〜2割程度で、せっかく遺伝子変異が検査で発見できても治療薬がない場合もある。国立がん研究センター中央病院の臨床試験では、パネル検査を受けた患者187人のうち、効く可能性のある治療薬が見つかったのはわずか25人と1割超にすぎない。

 6月1日以降、公的保険適用が可能となったが、どの程度の患者が公的保険を申請したかについて、厚労省保険局医療課の担当者は「詳細はまだ分からない。レセプト情報・特定健診等情報データベースでも公表されるのは2年後」と説明するものの、各地の医療機関ではパネル検査が始まっているとみられる。

 既に研究段階で同種の検査を受けた患者には、症状の改善がみられる人もいるのは確かだ。ステージ4と診断され、肺せんがんを患う関西地方に住む30代の男性は、「治療が減っていく中、パネル検査で新しい薬と治療方法が見つかってうれしい」と話す。この男性は2年前にパネル検査を受け、「HER2」という遺伝子変異が見つかった。半年前から臨床試験に参加し、抗がん剤の点滴を受けるなどした結果、転移したがんが半分程度に縮小している状態だという。

〝遺伝子差別〟招く個人情報漏洩の懸念

 ただ、万能ではない。別の患者は新たな抗がん剤を投与して一時は症状が改善したが、副作用でその後の治療継続が難しくなり、自宅療養に切り替えたケースもある。

 創薬や新たな診断法などの開発に結び付けるためにも、がん関連遺伝子などを新たに見つけ出す必要があり、政府・与党では、患者の遺伝情報全体を網羅的に調べる「全ゲノム解析」の本格運用に乗り出す方針だ。現状の枠組みだと、100〜300個程度の遺伝子しか調べられず、創薬などに発展させるには限界があるためだ。全てのゲノムを解析できるようになれば、さらなる効果が期待できる。

 具体的には、パネル検査のために患者の細胞を検査施設に送る際、患者の同意を得て全ゲノム解析を実施し、得られた情報を「がんゲノム情報管理センター」に集約する。このために、2020年度予算の概算要求に関連経費を盛り込む方針だ。自民党は、「3年間で10万人の解析」ができる態勢整備を求めている。

 こうしたがんゲノム医療は「中核拠点病院」で検査や結果分析などを担う。中核拠点病院は、北海道大病院(北海道)▽東北大病院(宮城)▽国立がん研究センター東病院(千葉)▽国立がん研究センター中央病院(東京)▽東京大病院(同)▽慶応大病院(同)▽名古屋大病院(愛知)▽京都大病院(京都)▽大阪大病院(大阪)▽岡山大病院(岡山)▽九州大病院(福岡)の11病院だ。患者側の窓口となる「連携病院」は、全都道府県に配置し、156病院を確保した。秋にも拠点病院を増やし、2万人程度の受け入れ態勢整備を目指す。

 検査を受ける患者が増えれば大きな課題となるのが、個人情報の取り扱いだ。保険適用する条件に、検査で判明した遺伝情報などを国立がん研究センターに提供することが決まったからだ。遺伝性のがんも分かるため、民間の医療保険への加入や就労時のトラブルなどが懸念される。17年に厚労省研究班が実施した調査では、家族の病歴などで差別を受けたと回答した人は3・2%おり、少なからず「差別」があることを示している。このため、「全国がん患者団体連合会」は昨年末に患者の不利益にならないように要望し、超党派の国会議員連盟は今年3月に遺伝差別の防止規定を盛り込んだ法案骨子をまとめている。

 とはいえ、法案は今回の通常国会で提出されず、成立のめどは立っていない。アメリカやイギリスなどの諸外国に比べて具体的な法整備は遅れているのが現状で、検査が「先行」している形になっている。このため、有識者らからは「差別禁止に関するルールを早期に制定する必要がある」と指摘する意見は多い。さらに、一部の関係者からは「ゲノム情報は金の成る木だ。創薬や新しい治療法に活かせれば患者側も恩恵を受けられるが、企業や研究者も甘い蜜を吸える」と指摘する。

検査遺伝子数3分の1でも価格は同額

 もう一つ、関係者の間で話題になっているのが、56万円という価格の設定だ。全ての遺伝子を解読する「全エキソン解析」でも費用は数十万円といわれており、比較するとその高さが際立つ。しかも、シスメックスの「NCCオンコパネル」は126種類しか遺伝子を調べられないにもかかわらず、中外製薬製の「ファウンデーションワンCDx」と同額なことだ。

 このため、国立がん研究センターと開発したシスメックスへの利益誘導ではないか、と疑う向きもあるようだ。また、保険適用も当初目指した19年3月末を過ぎており、「価格などの調整に手間取った可能性が高い」(厚労省関係者)という指摘もある。

 今回保険適用されるのは、標準治療を全て終え治療の選択肢がない患者といった条件が付いているものの、早期のがん患者は事実上対象外だ。これは医療財政上の制約のためだが、恩恵が一部の患者に止まっているという厳しい意見も聞かれる。パネル検査を巡る課題は山積で改善すべき点は多いが、ステークホルダーが多い業界のため、「患者利益第一」となるかは甚だ不透明な状況だ。

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