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未来の会

「iPS細胞移植」現時点での〝実力〟を探る

「iPS細胞移植」現時点での〝実力〟を探る
バラ色の未来を描くのは早計過ぎるか

理化学研究所(理研)などが行う他人の細胞を元にしたiPS細胞(人工多能性幹細胞)を移植する臨床研究で、安全性と一部の有効性が確かめられたことが発表された。2014年に理研などが世界初の臨床研究として始めたiPS細胞移植。実用化に向けて研究が進むが、本当に効果はあるのか。安全性は問題ないのか。現時点での「実力」を探ってみた。

 「実用化に向け、7合目まで来た」

 4月18日、東京都内で開かれた日本眼科学会でそう語ったのは、理研の高橋政代・プロジェクトリーダーだ。理研などのチームは目の難病「加齢黄斑変性」の患者5人の片目に、他人の細胞を元に培養したiPS細胞を移植。拒絶反応の程度を調べる臨床研究を行った。

 加齢黄斑変性の患者にiPS細胞を移植する臨床研究は、14年に世界で初めて理研などのチームが実施している。その時は、患者本人のiPS細胞を使った。iPS細胞そのものの安全性や、移植による治療効果などを確かめる目的だったからだ。

加齢黄斑変性では「経過良好」だが

 しかし、本人のiPS細胞を移植に使うには、患者ごとに細胞を作成しなければならず、費用も期間もかかる。そこで、他者由来のiPS細胞が使えるかどうかを確かめる目的で、次のステップとして他者由来の細胞を使った臨床研究が行われたというわけだ。

 研究に使われたのは、京都大学が備蓄しているiPS細胞。ここから網膜の細胞を作製し、神戸市立医療センター中央市民病院と大阪大学医学部附属病院で17年3〜9月に加齢黄斑変性の男性患者5人に移植した。患者は60〜80代で、約25万個の細胞が片目に注射された。

 移植から1年後の状況を調べたところ、5人ともiPS細胞が定着しており、網膜が修復されていることが確認された。5人のうち1人には軽い拒絶反応がみられたが、炎症を抑えるステロイド剤の投与で治まったという。網膜に腫れがみられた患者も1人いたが、網膜表面の薄い膜を取り除いたところ回復した。

 加齢黄斑変性は、網膜の中央部が加齢によって傷み、見ようとするものが見にくくなる病気。進行すると視力を失うこともあり、失明原因の第4位となっている。50歳代以上の1%が患っているとされ、国内の推定患者数は約70万人。高齢化により、患者は増加傾向だ。いくつかのタイプがあるが、治療法がないものもあり、iPS細胞の移植が治療法になるかどうか注目されている。

 今回の臨床研究の対象者5人はいずれも、1年たっても視力は低下しておらず、強い拒絶反応もみられなかった。京大では13年から、iPS細胞の備蓄に取り組んでおり、今回はここで備蓄された細胞から育てた網膜細胞が移植された。

 備蓄しているiPS細胞を使えば、移植までの期間が短縮でき、一定の品質も保障される。病気になった患者本人の細胞よりも、健康な他者の細胞を使った方が病気になりにくいと考えられており、他者由来の細胞の利用にはメリットがある。治療にかかるコストも大幅に削減できる。

 問題は、自分の細胞を使った場合は起きない拒絶反応が起きる可能性がある点だが、今回は臓器移植と同様に免疫の型が合う細胞を用いて拒絶反応を抑えることに成功した。拒絶反応がコントロールできれば、他者由来の細胞を使った治療は大きく前進する。

治療効果の定義など課題山積み

 14年に行われた自分の細胞を使った移植では、4年以上が経過した現在も視力は保たれており、iPS細胞移植という治療の有効性は一定程度認められている。ただ、今回の研究と合わせても被験者の数が少ないため、今後、治療効果が認められない患者が出る可能性はある。万人に効く治療法とならなくても、効果が高い人、低い人の見極めができるかどうかなど、課題は山積だ。

 iPS細胞を使った治療法の研究が進むのは、眼科領域だけではない。現在、加齢黄斑変性と並んで実用化に向けた研究のトップを走るのは、18年に移植が開始されたパーキンソン病だ。体を動かす指令を出す脳の神経伝達物質がうまく作られなくなり、体が動かしにくくなる病気で、やはり高齢者に多い。薬物治療などが行われているが、抜本的な治療法はなく、京大が他人のiPS細胞を移植する臨床試験を行っている。

 この他、やはり治療が難しい脊髄損傷や血液の病気、虚血性心筋症、拡張型心筋症など心臓の病気でiPS細胞の移植が計画されており、数年以内に移植が行われる予定だ。ただ、こうした現状をもって、「iPS細胞の移植」にバラ色の未来を描くのは早計過ぎると指摘する声は根強い。

 まず、治療の「効果」をどう定めるかという問題がある。

 今回の加齢黄斑変性の患者を対象にした他者由来の細胞移植では、視力が向上したのは1人で、残りは維持に留まった。放っておけば進行していくことから、維持でも効果はあったとも考えられるが、患者には加齢黄斑変性の薬の投与も続けられているため、移植の効果か薬の効果かを見極めるのは難しいという。患者の一番の願いは、病気が「治る」ことだが、iPS細胞移植で回復にまで持っていけるかどうか、現時点では難しい。

 iPS細胞は何の細胞にも変化する「万能細胞」だが、臓器によって治療効果を示すために必要な数は異なるだろうと考えられる。

 例えば、加齢黄斑変性では1人につき約25万個の細胞が移植されたが、心臓病の治療などに必要とされる細胞の数は桁違いだ。数が増えれば培養の時間もかかる上、品質の維持に手間もかかる。また、目や心臓はがんになりにくいとされるが、他の臓器では特に移植後のがん化も懸念される。

 iPS細胞の備蓄にも課題がある。備蓄に取り組むのは、山中伸弥教授が所長を務める京大iPS細胞研究所(CiRA=サイラ)だが、現在のストックでは日本人の4割程度しかカバーできない。今後、協力者が増えれば備蓄する免疫の型も増えていくが、現時点では多くの患者に対応するのは難しい。備蓄するiPS細胞を治療に使う病気の数が増えなければ、サイラの運営にかかるコストも重くのしかかる。

 研究チームとともに加齢黄斑変性の臨床試験を準備している大日本住友製薬などは22年度の実用化を目指しているというが、保険が適用される「標準治療」になるにはまだ多くのハードルが予想される。

 再生医療に詳しい医療ジャーナリストは「他者由来といえども、治療にかかるコストは決して低くはない。それに見合った効果が得られるかどうかは厳しく見極めなければならず、理研の今回の発表をもって、iPS細胞に過度な期待をするのは時期尚早だ」と語る。

 他の疾患の治療にもiPSが用いられるようになって初めて、標準治療も視野に入ってくる。「夢の細胞」が医療現場の救世主になるのは、まだ先といえそうだ。

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