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司法が裁けなかった「科学」への背信

司法が裁けなかった「科学」への背信
HPVワクチン研究、瑕疵については説明責任を果たすべき

子宮頸がんワクチン(HPVワクチン)に関する研究で「捏造」があったとの記事を掲載されたことで名誉を傷つけられたとして、元信州大学医学部長の池田修一氏が月刊誌「Wedge(ウェッジ)」編集部と筆者の村中璃子氏らを相手取り約1000万円の損害賠償を求めた民事訴訟の判決が3月、東京地裁で言い渡された。

 判決は名誉毀損があったと認め、330万円の損害賠償の他、ウェッジに謝罪広告や記事の削除を求める内容で、村中氏は判決を不服として控訴した。不適切な研究発表を行ったとして池田氏は処分も受けているのに、それを明るみにした村中氏側が敗訴するというあべこべな判決に、医療者から疑問の声が多く出ている。

 「医者には、個人の名誉よりも裁判の勝ち負けよりも大切なことがある。それは、人の命と科学を守ることです」

 4月10日、医師でジャーナリストの村中璃子氏のブログに「控訴のお知らせ」と題して、こんな一文が載った。3月26日の東京地裁の判決を不服として、弁護団を一新して控訴したとの知らせだった。裁判は東京高裁に場所を移して続くことになる。

 裁判の発端となったのは、JR東海のグループ会社が発行する「ウェッジ」の2016年の記事だ。同誌は東海道・山陽新幹線のグリーン車で無料配布されており、国際や経済ニュースなどが多く掲載されている。

 この雑誌のHPVに関する記事が最初に話題となったのは15年。同じ村中氏による「あの激しいけいれんは本当に子宮頸がんワクチンの副反応なのか」という記事だ。「医療担当記者や厚生労働省職員の間で『あの記事、読んだ?』と話題になっていたので、すぐに読んだ。担当記者としてはなかなか書けない内容だったので、本当に驚いた」と当時の担当記者は振り返る。

「捏造」報道が「名誉毀損」に

 日本では13年からHPVワクチンの積極的な接種勧奨が止まっており、当時は少女達の多様な症状が「ワクチンの副反応」として広く浸透していた時期だった。

 この記事は大きな反響を呼び、村中氏と当時の編集長である大江紀洋氏はその後もHPV問題で続報を執筆、掲載し続けた。

 今回の訴訟の対象となった記事も、一連の動きの中で16年6月発行の「ウェッジ」7月号とウェブサイトに掲載されたものだ。雑誌の方は「研究者たちはいったい何に駆られたのか 子宮頸がんワクチン薬害研究班 崩れる根拠、暴かれた捏造」との見出しになっており、ウェブサイトは「子宮頸がんワクチン研究班が捏造 厚労省、信州大は調査委設置を」となっていた。

 記事の内容は、池田氏が代表を務めた厚労省研究班で行われたマウス実験がずさんなものであったこと、にもかかわらずワクチンによって脳神経の障害が引き起こされる可能性があるという〝誤報〟を厚労省の発表会やTBSの「ニュース23」のインタビューで行ったことを指摘するものだった。

 研究班の中でマウス実験をした研究者A氏は記事の中で「池田氏に何枚も画像を渡したが、池田氏はその中からHPVワクチン接種により障害が起きることを示唆する画像のみを抽出して発表した」という主旨の証言をしており、村中氏は池田氏がワクチンによって障害が起きたと結論付けるためにデータを選んだとして批判した。

 記事を受けて、池田氏は「研究発表を捏造と書かれたのは名誉毀損だ」と東京地裁に提訴。提訴の際の会見に出席した記者は「会見に池田氏は出席せず、弁護人は『科学の問題は争点ではない』『実験の内容は問題ではない』とあくまで捏造という言葉が名誉毀損に当たると繰り返した」と振り返る。

 裁判で池田氏は「実験はA氏が行っており、自分は関与していない」と主張。村中氏側は実験の過程で撮影された画像が提出されてないなどと主張して研究のずさんさを証明しようとしたが、裁判所の判決は「池田氏が虚偽の結論をでっちあげた事実はなく、村中氏の裏付け取材も十分ではなかった」というものだった。

 しかし、この裁判所の判断には医療者側から疑問の声が多く上がっている。

 全国紙の司法担当記者は「村中氏側の主張が空回りした印象。池田氏側が主張したのは、捏造という強い言葉で科学者としての信用を失墜させられたという1点のみ。裁判所もこの1点についてのみ判断した。弁護人が最初に科学の話はしないと断言していた通りの裁判となった」と解説する。

大学は再現実験求め、厳重注意処分も

 事実、信州大は村中氏の記事を受けて調査委員会を設置し、提訴から約3カ月後に「予備実験でありながら断定的な発表をした責任は重い」と池田氏に再現実験の実施を求めるとともに、厳重注意処分を行っている。再現実験が行われなければ科学的に「真実」ということができないのは科学の世界では常識、つまり池田氏の研究はこの時点では科学的にアウトということだ。

 もっとも、税金を使って行われた国の研究班が不適切な手法で研究を行っていたことは、村中氏の記事がなければ明るみに出なかった。「捏造という強い言葉が使われなくても、ずさんな研究をやったということで、池田氏を信用することはできない。詳細な研究の公開を求める声に科学で答えなかった池田氏の姿勢に、医療者の多くは落胆した」と大阪府の内科医は憤る。

 ところが、こうした現場の医療者の感覚とは異なる次元で一審の判決が出た。科学ジャーナリストは「実験を行ったのはA氏だとしても、研究代表者であり研究成果をミスリードする発表を行った池田氏には、科学に対する重大な背信行為があった。『捏造』という言葉の有無に関係なく、科学者としてしてはならないことをした時点で池田氏の名誉は失墜している」と指摘する。

 その上で、「研究のずさんさを指摘した『ウェッジ』の記事は公益性が高く、文言や表現でなく全体としての価値が高いのに、裁判ではそうしたことは争点にならなかった」と残念がる。

 一連の問題によるワクチンの積極的な接種勧奨中止により、日本では多くの年頃の女性達がワクチン接種の機会を逃している。池田氏が代表を務めた研究班の研究成果は、接種勧奨を再開するのか、定期接種を中止するのか、国の重大な判断の根拠となり得る可能性があった。

 だからこそ、税金を使って研究班が立ち上げられたのに、厚労省は一連の問題発覚後も当初の予定通り研究を18年度末まで続行させた。さらに、池田氏が主任研究者を務める「HPVワクチン接種後に生じた症状に対する診療体制の整備のための研究」が19年度からの3年間で始まるという。

 判決後の会見で「研究者にとって、捏造という言葉は致命的」と述べた池田氏。「捏造」についての見解は今後も続く裁判の場に譲るとして、池田氏には主任研究者として致命的となりかねない研究の瑕疵の有無について、裁判とは別の場所で説明責任を果たすことが求められている。

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