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未来の会

ゲノム医療の未来を拓くには データ活用の専門家が不可欠

ゲノム医療の未来を拓くには データ活用の専門家が不可欠
宮野 悟(みやの・さとる) 1954年大分県生まれ。77年九州大理学部卒業。79年同大大学院理学研究科博士後期課程中退、理学部助手。84年理学博士。85年独アレクサンダー・フォン・フンボルト財団研究員。87年九大理学部助教授。93年同教授。96年東京大学医科学研究所ヒトゲノム解析センター DNA情報解析分野・シークエンスデータ情報処理分野教授。2014年同センター センター長。

ゲノム医療の推進に向け、東京大学医科学研究所ヒトゲノム解析センターは最先端の研究を重ねてきた。その活動をリードするのが、センター長を務める宮野悟教授である。元々数学研究者だったが、ヒトゲノム計画を機に医療の世界に入った宮野氏。世界のがんゲノム医療の潮流を見据えつつ、日本の現状を冷静に観察し、課題解決への提言を発信している。


——数学者が医療の世界に入った経緯は?

宮野 人間のゲノム(全遺伝子情報)の全塩基配列の解析を目指す「ヒトゲノム計画」に参加したことがきっかけです。1990年代の初め、日本でこのプロジェクトがスタートしました。当時は九大理学部の助教授で数学を専門にしていましたが、AI(人工知能)や機械学習などについても研究していたこともあって興味を持ちました。近所にヒトゲノム計画という〝居酒屋〟ができて、毎晩通っているうちに、気がついたら自分で〝焼き鳥を焼いていた〟感じです。

——数学と医学の距離は遠いように見えます。

宮野 私達が取り組んでいるがんのゲノム研究と数学についていえば、以前は限りなく遠い分野でした。しかし、ゲノムの読み取り、つまりシーケンスができるようになってから、数理的な能力が必要とされるようになりました。今では数学や情報工学のバックグラウンドを持つ多くの人達が、がんゲノム研究の最前線で仕事をしています。これは世界的な潮流ですが、日本ではこのような研究者は少ないのです。

——数学と医学の接近で新学術分野が生まれた?

宮野 正確に言うと、がん研究と数学、スーパーコンピューターの3つが融合して、新しい学術分野が生まれました。例えば、京都大学の小川誠司

教授(腫瘍生物学)と、ヒトゲノム解析センターが協力して行った研究があります。食道がん患者の食道上皮を1ミリメッシュに切って、各メッシュから0・5ミリのサンプルを採取し、全エクソンシーケンスを行いました。全エクソンシーケンスは、全遺伝子のタンパク質をコードしている部分だけを解析すること。これは全ゲノムの2%程度に当たります。この解析によって、いつ頃、遺伝子変異が起きたかを推定することができます。1ミリメッシュで採取した多数のサンプルについて全エクソン解析するというのは、気が遠くなるような仕事ですが、そんな大胆な発想をして挑戦した研究者がいたり、解析するだけの計算リソースがあったりしました。それは日本だけで起きたことであり、世界のがん研究の歴史に新たな1章を加えることができたと思っています。

指数関数的に増える論文とデータ
——がんゲノム医療のインパクトは?

宮野 患者さんやご家族はがんや薬に関する統計情報が欲しいわけではありません。知りたいのは「この薬は1万人中20%の患者に効いた」という情報ではなく、「その薬は自分にとってどの程度有効なのか」ということ。そして、「自分に対する治療の精度を高めてほしい」と思っています。がんゲノムの研究は、そんな個別化医療の実現に繋がっています。ゲノム医療の推進は東大医科学研究所ヒトゲノム解析センターのミッションです。

——個別化医療の具体例をお話しください。

宮野 2018年に、急性リンパ性白血病と診断され、抗がん剤治療で寛解状態(一定の治療効果が得られたと考えられる状態)になった若い男性患者の例です。問題は再発の可能性です。当時の主治医は患者と家族に、こう話しました。「造血幹細胞移植をせずに再発した場合、その後の治療で長期生存の可能性は1割以下です。移植した場合、2割以上が治療による合併症で亡くなります」。そして、「あなたの白血病に移植が必要かどうか、私には分かりません。移植を行いますか」と尋ねました。

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