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未来の会

「カテゴリー分類器」としての人工知能

「カテゴリー分類器」としての人工知能
医療への応用の現在、そして可能性

急速に進化する人工知能(AI)を、医療分野でいかに活用するか——。そのための研究・開発への取り組みが加速している。都内で1月に開かれた「平成30年度ポスト『京』重点課題2シンポジウム」において、大阪大学国際医工情報センター特任教授の三宅淳氏がその最前線について語った。

 「AIは科学技術の革命であり、医療にも深く広範な影響をもたらすでしょう。大きな注目を集めているのが、AIの中でもディープラーニング(深層学習)と呼ばれるものです。特に画像データの扱いが得意で、例えば、AIに写真を見せれば物体を認識し、説明文を生成することができます。逆に、言葉を与えて(例えば『斑犬』)画像イメージを作ることもできます」

 このような特性を持つディープラーニングは、「カテゴリー分類器である」と三宅氏は考えている。

 「赤ちゃんは、犬の姿を見て『わんわん』といいます。犬には多様な種類がありますが、それらを同じ犬であると認識している。写真や絵の中の犬であっても同様です。目の前の犬を見て、総合的に『これは犬である』と見分けているのです。これはすごい能力です。実は、ディープラーニングの能力も、本質的にはこうした赤ちゃんの能力と同じです」

 ディープラーニングが注目されるきっかけになったのが、2012年に開かれた世界的な画像認識コンテストだ。トロント大学(カナダ)のジェフリー・ヒントン教授らのチームは、従来の記録を大幅に上回る精度で優勝。以後多くの研究者がこの分野に参入した。日本の研究者の貢献も大きい。先駆的な業績として知られるのが、1979年に福島邦彦氏(NHK放送科学基礎研究所研究員、大阪大学基礎工学部教授などを歴任)が発表した人工ニューラルネットワークの技術だ。

 ディープラーニングの能力は様々な分野に応用することができる。例えば、小売店内での行動が「怪しい」と分類された人物に対して、店員はより注意を振り向けることができる。医療分野についていえば、細胞の形のわずかな違いにより、がん細胞の可能性を指摘することができる。遺伝子配列の特徴から、がんにかかる可能性を予測する研究も進められている。

画像解析など医療での幅広い活用が可能

 医療への応用として、三宅氏が紹介したのは重量物を身体に巻き付けて歩行するという実験だ。

 「重量物なしで人が歩く動画を学習したAIは、わずかな重量物を装着した歩き方を見ても『どこか通常と異なる』と高精度で判定する、すなわち、疾病が行動に与える微細な変化も検出できる可能性があります」と三宅氏。同じようにして、人間の日常行動を学習したAIは、脳神経や心臓などの疾患による行動の変化をいち早く検知できる。行動の変化を検知する能力は、リハビリなどの施設でも有効活用できそうだ。

 診断におけるAI活用にも注目が集まっている。CTやMRIの画像解析は代表的な適用領域の一つだ。大量の画像データを読み込ませたAIは、がんなどの判定で高レベルの成果を上げている。眼疾患の分野では、糖尿病性網膜症の診断向けに、AIを用いた診断装置が米国食品医薬品局(FDA)によって認可されている。

 医療分野における先進的な研究開発を、オープンイノベーションが後押ししている面もある。米国国立衛生研究所(NIH)は大量のがん画像を公開し、AIのトレーニングを促す姿勢を示している。世界中の優秀なデータサイエンティストを集めた、医療データの解析技を競うコンペティションの機会も少なくない。

 筋肉の由来となる筋芽細胞の成長過程を、AIによる画像解析で適切に把握することも可能だ。このような能力は、iPS細胞の管理にも活用することができる。培養中の多くのiPS細胞の画像を解析することにより、その一つひとつについて、目的の細胞か否かを判定することが可能だ。培養の自動化とともに、選別のAI化はiPS細胞を臨床応用する上で大きな意味を持つと考えられる。

 DNA解析の分野でも、AIを用いた様々な研究が進められている。「例えば、人間のミトコンドリアDNAを解析して座標上に分類すると、アフリカ人やヨーロッパ人、アジア人、アラビア人はそれぞれ特徴的な傾向を示すことが分かっています。また、ネアンデルタール人のミトコンドリアDNAの多くが、ホモサピエンスの母親に由来するとの研究もあります。ネアンデルタール人とホモサピエンスとの間で、ある程度混血が進んでいたことになります」と三宅氏は話す。

数値を扱う解析系、AIが得意な複雑系

 三宅氏の話題は哲学にも及ぶ。先に、赤ちゃんとディープラーニングの認識の共通性に言及したが、これはデカルト的な還元主義とは対照的なアプローチといえる。ディープラーニングは物事の特徴を総合的に把握するので、その対象としては複雑系が適している。「例えば人の顔。イチローという野球選手の顔をどのように認識するか。人は目や耳、口といったパーツだけを見て、イチローを認識しているわけではありません。全体的なバランスや印象によってイチローを認識します」と三宅氏。ディープラーニングも基本的には同じだが、「印象」で分類するわけではない。AIは複雑系を概念空間に写像して提示する。

 概念空間とは、意味を表すいくつかの軸で規定された座標空間のこと。例えば、x軸とy軸の座標上に特徴点を抽出したがん細胞を置いてみる。すると、健康な細胞のグループとは明らかに異なる場所に、がん細胞のグループが形成される。複雑系そのものをこうした概念空間に置き換えることで、人間にもこれを認識し把握することが可能になる。

 三宅氏は「世界は解析系と複雑系に分けられる」という。数値を扱う解析系は工学や産業技術などの領域であり、デカルト的な世界でもある。一方、複雑系は数値に還元できない世界だ。ディープラーニングの得意分野であり、そこには自動運転や交通管制などの応用分野が広がっている。医学や生物を対象とする領域も複雑系の世界だ。

 医療におけるAI活用の裾野は広がっている。世界では診断や治療だけでなく、国や自治体の医療システムの最適化、あるいは病院経営にもAIを取り入れようという動きが進んでいる。例えば、患者に対する初期対応を改善できた場合、国単位で見れば巨額の節約に繋がるはずだ。

その一方で、課題も多く残されている。法制度の整備なども重要だが、三宅氏が指摘したのはデータそのものの課題だ。

 「例えば、年間5000人の患者を診ている大病院であっても、性別や年齢層も考慮して患者を分けると、疾患カテゴリーごとに数十人分のデータしか集まらないという状態です」

 ディープラーニングを有効活用するためには、場合により異なるが、一つの症例カテゴリーごとに数百件以上のデータを蓄積する必要がある。データの質と量の確保は切実な課題だ。また、人材育成も重要である。阪大医学部では、学生向けにAIメディカル研究会を設立するなど、データの扱い方やAIの教育に注力しているという。こうした動きを全国的に拡充、促進する取り組みが求められている。

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