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未来の会

医師の「燃え尽き症候群」

医師の「燃え尽き症候群」

 「燃え尽き症候群」もしくは「バーンアウト」は、もうすっかり一般に定着した用語となったが、あまりに心身の疲弊状況が続き過ぎると、ある時突然、意欲をすっかり失い何もできなくなる、という状態を指す。

 正式な診断名ではないが、高い使命感や責任感を持って仕事に取り組み激務となることが多い看護や介護、福祉の領域でしばしば問題になってきた。

 なぜかこのバーンアウトは医師や弁護士には起きづらいとされてきたが、最近になってそれは間違いと言われ、「医師の燃え尽き症候群のケース」なども報告されるようになってきている。

バーンアウトに至るいくつかの兆候

 このバーンアウトには兆候がある。一つは「感情の消耗」だ。

 医師であれば仕事の間に患者や職員に対して心を寄せ、気持ちを汲み取り、感情的エネルギーを全て使い切ってしまった結果、「心からクタクタ、もう何も考えられない」という状態が繰り返し押し寄せるようになる。

 兆候のもう一つは、「脱人格化」と呼ばれている。これは、サービスを受ける相手、医師ならば患者に対して、事務的、紋切り型の反応しか返せなくなることだ。

 意地悪をしようと思っているわけではないのに、専門用語を羅列したり、早口で機械的に説明したりしてしまうこともある。

 これは「感情の消耗」に続けて起きることが多く、仕事でもはや感情のエネルギーを使うことができない状態となっているため、こういった無機質的な対応をすることで相手との感情的やり取りを行うことを避けようとしているのだ。完全なバーンアウトに至らないようにするための、最後の自己防御といえる。

 本来ならば「感情の消耗」が起きた時点、あるいは「脱人格化」に気付いた時点で、「これは危ない」と休養を取るべきなのだ。ところが、実際にはそうできずに、さらに仕事を続けることになる。

 そうなると、ついに「達成感の急激な低下」というバーンアウトのメインの症状が起きる。仕事のやり甲斐が急に感じられなくなり、実際に能率が落ちたりミスを連発したりする。

 感情のコントロールもできなくなり、イライライしたりキレたり、突然、無口になったりする人もいる。周りの同僚からも「あの人、どうしたの?」と遠ざけられるようになり、サービスの受け手からの苦情も相次ぐ。

 そうなると、さらに達成感が低下し、自信を喪失してやる気が完全になくなる。

 その頃には倦怠感、頭痛、動悸、吐き気や腹痛といった身体症状もあれこれ出現し、朝目覚めても全く起き上がれないといった状態になることもある。

 そして、それでも仕事を休めないとなると、「もうここから逃げ出したい」と自殺を考える人も出てくる。

 いったんこのバーンアウトが起きると、そこから回復するためには2〜3カ月では済まず、半年から1年、さらにそれ以上という長い休養期間が必要になる。 

 私が診察室で出会ったバーンアウトのケースは、「ブラック企業」に従事していた男性であった。

 深夜まで働いて早朝に出勤しなければならないため、通勤する時間を節約するために駐車場に停めた自家用車の中で睡眠を取っていた。それでも上司からは怒鳴られたり「やる気がないなら辞めろ」と言われたりし続け、「感情の消耗」「脱人格化」というステップを踏み、ついに「達成感の急激な低下」が訪れ、何も手に付かない状態となった。

 思考力も完全になくなり、「死にたい」としか考えられなくなったが、仕事は休めない。数カ月ぶりの休日が取れ、実家に戻って久しぶりに顔を合わせた母親から「ただことではない。病院に行ってちょうだい」と泣きつかれ、なんとか時間を工面して受診したのであった。

 診断はうつ病だが、状態としてはバーンアウトである。

長い療養期間を経ないと回復は難しい

 「仕事を休んでください」「いや休めない」といった応酬がひとしきりあったのだが、結果的には自宅療養を開始することができて、抗うつ薬を服用して3カ月くらいで症状はかなり改善してきた。なんとか日常生活は普段通りに送れ、散歩や運動もできるようになった。

 一般のうつ病のケースのように、私は「そろそろ復職に向けて自主リハビリしましょう。会社とも復職の計画を話し合ってはどうでしょう」と言ったのだが、途端に男性の表情が暗くなった。そして、こう言ったのだ。

 「そうか。治るということは、またあの会社に戻るということだったんですね。あの仕事に……。先生、治さないでほしかったです」

 私は「しまった」と思った。うつ症状は緩和されても、バーンアウトからの回復にはまだまだ時間がかかるのだ。「治さないでほしかった」という言葉にひそかにショックを受けながら、私は告げた。

 「ごめんなさい。やっぱりまだ早かったですね。もう数カ月、何も考えずに休みましょう。復職についてはそのあと、考えることにしましょうね」

 結局、この男性はそれからさらに半年間の自宅療養を送り、会社との交渉で部署を変えてもらってなんとか復職に漕ぎ着けた。

 このケースは非医療職だが、いったんバーンアウトになると、これほど長い療養期間を経ないと回復が難しくなる。

 冒頭にも述べたように、最近は「医師や弁護士も燃え尽きる」ということが分かってきた。クリニックを開業している医師の場合、バーンアウトの状態になってもすぐに代わりを見付けることは難しく、閉院などに追い込まれることにもなりかねない。

 「感情がすり減っているな」と気付いた時点で黄信号。すぐに体と心を休めるという習慣を身に付けてほしい。

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