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未来の会

医療機関の耐性菌・院内感染対策

医療機関の耐性菌・院内感染対策
感染を減らせれば、効率的で高質の医療が提供できる

耐性菌や院内感染の対策は、医療機関にとっては永遠の課題だ。メチシリン耐性黄色ブドウ球菌(MRSA)などに加え、従来、耐性菌の治療に使われ、感染症の“最後の切り札”とされていたカルバペネム系抗菌薬にも耐性を示すカルバペネム耐性腸内細菌科細菌(CRE)も脅威となっている。国立感染症研究所の調査では、2018年(11月25日まで)の感染報告者は1995人に達し、2014年の調査開始以降最多で2000人を突破する勢い。CREに感染すると、肺炎などの呼吸器感染症、尿路感染症、手術部位や外傷部位の感染症、敗血症、髄膜炎などを起こし、CRE感染症を診断した医師は保健所への届出義務がある。

 院内感染もあり、総合南東北病院(福島・郡山市)や大阪府三島救命救急センター(高槻市)などにおいて、CRE感染が報告された。後者では、高度治療室の吸引器からCREが検出され、汚物処理や洗浄、処置などの動線と手技を徹底的に見直し、マニュアルを作成したという。

 感染対策には、費用が必要だ。一方で、1996年に「院内感染防止対策加算」が創設されて以来、診療報酬の上がる仕組みが構築されている。具体的に、その収支を見てみよう。まず、費用だが、エプロン、マスク、廃棄ボックスなどの個人防護具(PPE)資材、擦式手指消毒薬や手洗い石鹸などの手指衛生材料の費用がかかってくる。さらに、これらは消費に伴って廃棄物となるため、処理費用も発生する。標準予防策や手洗い遵守率が向上すれば、資材の消費量は増加し、廃棄物も増えるため、双方のコストが膨らんでいく。

 また、人件費もある。感染制御チーム(ICT)を組織すると、感染管理看護師(ICN)や専任の感染管理医師(ICD)、それ以外の看護師、薬剤師、臨床検査技師、事務職も定期的に活動しなくてはならない。加えて、スタッフの研修など、教育に関わる費用もある。

感染対策に3倍の投資効果あった病院も

 例えば、診療群分類包括評価(DPC)下における代表的な疾患において、MRSAの陽性症例と陰性症例の平均在院日数を比較すると、陽性例では、陰性例の3倍近くになるとされる。このため、上述した対策によって、MRSA感染例を減らすことができれば、陽性患者にかかっていた費用を大幅に削減できるはずだ。

 ある大規模病院の事例では、感染防止のためにかかった金額に対して、その3倍余りの額の投資効果があったと概算されている。MRSA感染減少と抗菌薬削減による費用対効果だけではなく、手術部位感染症、カテーテル関連感染症、人工呼吸器肺炎などの感染症の減少などもあるため、費用対効果は一層高まることが見込まれる。

 診療報酬による増収もある。「感染防止対策加算」は2012年度の診療報酬改定で新設されたもので、2018年度改定で見直しが加えられたが、施設基準を満たせば、入院初日に「感染防止対策加算1」390点、「感染防止対策加算2」90点をそれぞれ算定できるようになっている。加算は、院内感染防止対策を行った上で、さらに院内にICTを設置し、院内感染状況の把握、抗菌薬の適正使用、職員の感染防止などを行うことで院内感染防止を行うことを評価するものだ。ICTは、1週間に1回程度、定期的に院内を巡回し、院内感染事例の把握を行うとともに、院内感染防止対策の実施状況の把握・指導を行う。また、院内感染事例、院内感染の発生率に関するサーベイランスなどの情報を分析、評価し、効率的な感染対策に役立てる。院内感染の増加が確認された場合には、病棟ラウンドの所見及びサーベイランスデータなどを基に改善策を講じる。巡回、院内感染に関する情報は記録に残す。

 また「感染防止対策地域連携加算」100点は、「感染防止対策加算1」を算定している医療機関同士が連携し、年1回以上、互いの医療機関に赴いて、相互に感染防止対策に係る評価を行っている場合に算定できる。

 2018年の診療報酬改定では、新たに「抗菌薬適正使用支援加算」が追加となった。算定要件として、院内に抗菌薬適正使用支援のチームを設置、感染症治療の早期モニタリングとフィードバック、微生物検査・臨床検査の利用の適正化、抗菌薬適正使用に係る評価、抗菌薬適正使用の教育・啓発などを行うことによる抗菌薬の適正な使用の推進が課されている。

 感染対策は、全ての医療機関が取り組まなくてはならない課題だが、明らかにコストを上げる要因となる。それに対して、どれだけの経済的効果が得られるかについて、なかなか算定しにくい面もある。数字として換算しやすい効果もあれば、特に安全面でリスクマネジメントに対する投資は効果が目に見えず測定しにくい。しかし院内感染による事故などが報道されれば、少なからず病院の評判に響いてくることも経営者は肝に銘じておくべきである。病院を挙げた感染対策で院内感染を限りなく減らすことができれば、効率的で高品質の医療が提供できるだろう。

 そして社会的責任も全うできる。とりわけ薬の効かない感染症や耐性菌は、世界的な脅威となっている。対策は全ての医療者の責務でもある。

世界では薬剤耐性菌で毎年70万人が死亡

 世界的に対策を強化するため、2015年の世界保健機関(WHO)総会で、「薬剤耐性に関する国際行動計画」が採択された。これを受け、日本では「国際的に脅威となる感染症対策関係閣僚会議」が招集され、策定された基本方針に沿って翌2016年、「国際的に脅威となる感染症対策の強化に関する基本計画」が取りまとめられた。特に重点が置かれた五つのプロジェクトの一つに、「薬剤耐性(AMR)対策の推進」が挙げられた。

 次いで「薬剤耐性対策アクションプラン2016–2020」が策定された。2020年のヒトの抗微生物剤の使用量を2013年比で33%減少させる、黄色ブドウ球菌のメチシリン耐性率を2020年に20%以下にする、などが成果指標の目標として掲げられている。

 主要7カ国の首相が集うG7サミットでは、保健分野でAMR対策の強化などを盛り込んだ「伊勢志摩首脳宣言」を発表した。

 世界では抗菌薬や抗生物質の使い過ぎにより、薬剤耐性菌が蔓延して毎年70万人余りが命を落としている。2018年11月、日本感染症学会や日本化学療法学会、日本臨床微生物学会などの感染症関連8学会と民間シンクタンクの日本医療政策機構は、薬剤耐性菌対策について連携し、対策を提言する専門家団体「AMRアライアンス・ジャパン」を設立した。

 

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