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薬機法改正で創設される「課徴金制度」は中途半端

薬機法改正で創設される「課徴金制度」は中途半端
低い課徴金算定率では懲罰の実効性を担保できない

2019年の通常国会に提出される医薬品医療機器等法(薬機法)改正案で、製薬企業が虚偽・誇大広告など不当な方法で医薬品販売を拡大した場合に収益の一部を没収する課徴金制度が創設されることになった。2013年に発覚した製薬大手・ノバルティスファーマ(日本法人)の降圧剤「バルサルタン」(商品名・ディオバン)のデータ改ざん事件をきっかけに制度創設が検討↘されていた。不当に巨額の利益を得た製薬企業の「逃げ得」を防ぐのが目的だが、思惑通りに進むかは不透明な部分もありそうだ。

 きっかけとなった降圧剤「バルサルタン」を巡るデータ改ざん事件では、ノバルティスファーマから総額11億円超の奨学寄附金を受けた京都府立医大や東京慈恵会医大など5大学それぞれのチームが、改ざんされたデータを元に脳卒中や狭心症の抑制効果などが他の降圧剤より優れているという論文を公表し、この研究結果が医師向けの販売促進資料に使われていた。

無罪だが法整備を促した高裁判決

 バルサルタンは2000年の販売開始から1兆4000億円も売り上げたが、薬事法(現・薬機法)で規定された虚偽・誇大広告での罰金は最高で200万円でしかなく、「逃げ得」の格好になっていた。しかも、同法違反で起訴された元社員とノバルティスファーマに対し、東京高裁は18年11月19日に無罪判決を言い渡した。改ざんについては事実認定されたものの、「学術論文は広告でない」と判断したためで、刑事罰を課すハードルは高いのが実情だ。わずか200万円の罰金も適用できない。

 製薬企業の不祥事はこれだけではない。武田薬品工業も15年に別の降圧剤の誇大広告で厚労省から業務改善命令を受けている。薬機法改正案を議論する厚生科学審議会薬機制度部会でも、「違法なデータによって売り上げを伸ばした不当利得を社会に還元する仕組みを考えるべきだ」「今までの業務停止命令というのはほとんど実効性がなく、患者がいるから仕方がないが、結局、全部出荷を認めている。これではペナルティーの効果がない」などの意見が噴出。国会でも「何らかの形で還元させるべきだ」との声も上がり、高裁判決でさえ「何らかの規制をする必要がある」と指摘するなど異例な形で法整備を促していた。

 極めつきは、熊本市の一般財団法人「化学及血清療法研究所」(化血研)が1970年代から国の承認と異なる方法で血液製剤を製造し、95年頃から組織ぐるみで不正を隠蔽し続けた問題の影響もある。当時の塩崎恭久・厚労相が化血研の対応に激怒し、課徴金などの制裁の検討を指示したことも背景にあるようだ。幹部の一人は「ノバルティスファーマの改ざん事件も大きいが、化血研の一連の対応もかなり影響したのは事実だ」と明かす。

 アメリカでは製薬大手グラクソ・スミスクラインが抗うつ薬の広告違反に罰金など30億㌦を課され、一般的に欧米では罰金や制裁金は不当に得た収益に比例して高くなる。厚労省はこうしたケースも参考に、制度作りに着手していた。一連の経緯もあり、11月22日の制度部会では、課徴金制度を提案する厚労省に対し、ほぼ反対意見もなく、すんなりと承認された。

 今回、課徴金の対象となる違反行為は、虚偽・誇大広告(同法66条)、未承認医薬品等の販売(同14条1項・9項、55条2項など)や広告(同68条)だ。医療用医薬品のヒット商品は多額の売上を記録し、バルサルタンは累計1兆4000億円にも上っていたにもかかわらず、これまでは刑事罰として虚偽・誇大広告なら最高200万円、未承認医薬品の販売は最高1億円の罰金があるだけだ。課徴金が導入されれば、「抑止効果が図れる」(厚労省幹部)との思いがある。納付命令は厚労省や都道府県による行政処分のため、刑事手続きよりも迅速で効果的な対応が期待できる。

 焦点となるのは、課徴金の算定率だ。一般の商品の不当表示には16年4月に施行された改正景品表示法で売り上げの3%を徴収する規定がある。11月22日の制度部会の段階では、「売上額に一定の算定率を乗じる簡明な算定方式を採用する」としか明記せず、具体的な数値は盛り込んでいない。改正景品表示法を参考に3%とする案も省内では浮上しているが、一般的に製薬会社の利益率は高いとされているため、省内では「懲罰的な意味合いを込めるなら、もう少し高くてもいいのではないか」との声も出ている。ある幹部は「3%よりも高くしたいが、5%までが限界ではないか。その間で決まるだろう」と明かす。

 ノバルティスファーマの改ざん事件を長く追及してきたベテラン記者は、課徴金制度の創設について、「一定程度は前進したと評価はできる。逃げ得と以前から言われてきたので、歯止めにはなるだろう。ただ、問題は算定率で3%では少ない。アメリカのように懲罰的な意味合いを持たせないと、実効性が担保できないのではないか」と話す。こうした指摘は重く受け止めるべきだろう。

当局の恣意的判断が入り込む余地も

 ただ、違法行為に全て課徴金で対応するわけでもない。業務停止命令などの行政処分でも抑止効果は十分と厚労省が判断した場合は、課徴金の納付命令を出さない規定も設けた。業務停止命令の方が経済的な損失と比較して大きいと判断されれば、納付命令を出さなくて済んでしまい、場合によっては恣意的な判断が入り込む余地もあり得る。薬系技官と製薬業界の癒着も医師と同様に根深いものがあるためだ。外資ならともかく、内資ならなおさらだ。日本製薬工業協会(製薬協)幹部は「製造業の中で製薬業界だけを対象にするのは、いかがなものかと思うことはある」と不快感を示しており、製薬業界が巻き返しを図る可能性も否定できない。

 課徴金制度が創設されるということは、製薬業界がそれだけ国民生活に根ざし、社会的な責任が重いということの証左だ。製薬業界に対する国民からの眼差しは厳しい。ノバルティスファーマの改ざん事件を機に、薬の効果を調べる臨床研究でデータ監視や情報公開などの実施手続きを定めた臨床研究法は18年4月から施行。製薬会社と医師らとの癒着をただし、臨床研究を適正化することを目的とした制度が始まった。

 さらに、医師の処方が必要な医療用医薬品の広告を医療機関を通じて行う調査も改ざん事件をきっかけに2回実施している。18年5月に公表した調査では、依然として抗がん剤や麻酔薬など延べ52製品で誇大な表現など法律や通知違反が疑われる事例が67件にも上っていることが判明している。

 先の製薬協幹部に象徴されるように、製薬業界の認識が旧態依然のままでは、逆に課徴金制度が「有効」に機能することになりかねない。それは、国民にとって不幸なことでもある。

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