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未来の会

AIとロボティクスは医療をどう変えるか

AIとロボティクスは医療をどう変えるか
ゲノム医療、診断・治療支援、医薬品開発等々で貢献

医師と起業家の二つの顔を持つ「アントレドクター」が増えている。沖山翔氏も救急科専門医であり、人工知能(AI)を活用したインフルエンザ診断の支援サービスを開発する医療機器ベンチャー、アイリスを2017年に創業、代表取締役を務める。国立研究開発法人産業技術総合研究所でAI技術コンソーシアム委員やAI研究センター研究員も務める沖山氏が、10月30日に日本医療機能評価機構(東京)で開かれた医療政策勉強会で、「医療とAI・テクノロジーの未来を考える」と題してAIやロボティクスなどの現状について講演した。

 沖山氏はまず、フェイスブック創業者のマーク・ザッカーバーグ氏の「21世紀の終わりまでに全ての病気を治療し、予防し、あらゆる病気に対応できるようにしたい」という発言と、「シンギュラリティ(技術的特異点)」の言葉で知られ、GoogleでAI開発を進めるレイ・カーツワイル氏の「2030年、あるいは遅くとも2030年代の終わりまでには、人類は全ての病気を乗り越えられるだろう」という発言を紹介した。

 沖山氏は「1990年にヒトゲノム計画がスタートした時、15年間で30億ドルをかけて人のゲノムを解読する計画だった。しかし、7年後の解読達成率は1%にとどまり、計画中止を求める声もあった。ところが、それから4年後、前倒しで計画は達成された。技術の進歩は指数関数的で、費用も所要時間も劇的に短縮可能ということを示している。医療に関わる技術も想像を超えて発展する可能性がある」と述べた。

「認識」「予測」「最適化」で役立つAI

 その上で、人工知能(AI)の現状について説明。AIが注目される背景として、①ネットやクラウドの技術が発達して、大量のデータが生み出されていること②計算速度の向上に伴い、コンピューターの進化が見られていること③ロボットや碁など、キャッチーな事例が登場していることを挙げた。

 元々AIの原型として、対話型プログラムがあった。1966年にできたELIZA(イライザ)で、単純にオウム返しで言葉を返すだけだったが、うつ病を改善させる効果が注目された。その進化形として、アップルのSiriが挙げられる。この他、病気を診断するためのフローチャートであるMYCIN(マイシン)という仕組みが1970年代に登場。感染症の治療方針を提示するもので、この時は臨床の現場には入らなかった。その後、この進化形としてIBMのWatson(ワトソン)が登場、一般内科医を上回るような正確な診断も可能になりつつあり、ディープラーニング(深層学習)の進化が続いている。

 ディープラーニングは、データと解答の相関関係を統計的に分析し、学習を通して解答を導き出せるようにする仕組みだ。物事を判断するために条件を入力するのではなく、定義しづらい「抽象的な概念」も扱えるようになった。例えば、今では猫や犬、熊の画像を示して、どの動物かを学習させると、どんな変わった顔であっても、猫ならば猫だと判定できる。

 一方、応用範囲は広がる可能性はあるが、悪用の懸念もあると沖山氏は指摘する。その一例として、オバマ元米大統領の写真を元に本人が話す時の顔の動きを学習させ、本人さながらに会話する動画を提示した。

 沖山氏はAIのもたらす価値として、「認識」「予測」「最適化」を挙げる。文章や音声などを認識し、過去の傾向から推論、最適な手段を選ぶということだ。

 医療分野で進む領域として、画像診断技術がよく知られている。X線やCT検査の画像から、病巣を見つける技術がディープラーニングにより発達しているからだ。カナダのトロント大学で放射線科医を務め、その後Googleに移り「ディープラーニングの父」とされるジェフリー・ヒントン氏は、「放射線科医の育成は終えるべき。あと5年、長くとも10年でAIが上回るのは明白だからだ」と発言。また、メイヨークリニックの神経放射線科医、ブラッドリー・エリクソン氏は「あと5年で胸部と乳腺レントゲン、10年でCT、MRI、エコーの読影レポートをAIが作成できるようになるだろう」と発言(いずれも2016年)、賛否両論を呼んだ。

 沖山氏は医療におけるAIの可能性の例として①変数が多過ぎて人間には処理不能なN対1の診断ができる②報告から臨床の時間差がゼロになる点を挙げた。

 機械学習が登場してから約50年、ディープラーニングが登場して約5年と技術進展は急だ。国内でも、画像診断支援の他、ゲノム医療、診断・治療支援、医薬品開発、介護・認知症対策、手術支援といった分野でAIの活用が検討されている。

ロボティクスは人間の能力を増強

 続いて、ロボティクス(ロボット工学)についても解説。ロボティクスの代表例として手術ロボットであるダ・ヴィンチを示し、「人間の能力を拡張するもの」との考えを示した。ダ・ヴィンチは、3本のアーム、3D内視鏡やズーム機能、可動域の広い関節など、人ができないことを可能とする。例えば、振戦(意思とは無関係に生じる律動的な細かい振動運動)を抑える機能だ。人間が手を5cm動かすのに伴い、実際にはロボットのアームは1cmだけ動かすといったモーションスケール(動かした手の幅を縮小して伝える)を実現する。

 ダ・ヴィンチの製造元である米インテュイティブサージカル社では、腸管を自動縫合するロボットも開発。2016年、豚の腸管を切断して再度縫合する試験では、人が縫合するよりも縫合後の漏れを少なくすることに成功したという。また、米リシンク・ロボティクス社は、自動的に課題を解決する自走式ロボット「バクスター」を開発。プログラミング不要で多用途に活用でき、製造業のコスト構造に変化をもたらしている。この他、料理を材料から作るロボティックキッチンも市販されているという。

 沖山氏はロボットの応用可能性として①人的リソースの代替②専門技術のコモディティ化(運動能力拡張)③事前情報量の増加(知覚能力拡張)」を挙げた。「人がやっていたことを代わりにやり」「専門家がやっていたことも一般的にできるようにし」「温度や磁力など得られる情報を増やす」ということだ。

 医療分野で言えば、①は採血や点滴、レーシックなどの簡易手術が自動化できる。②では、指先は震えず、縫合は均一で、内視鏡は腸壁に当たらず、確実な止血ができる。③では、センサーやVR(仮想現実)、AR(拡張現実)技術との統合で手術部位の温度、磁力、物質の質感や密度が「見える」ようになる。

 さらに、VR、AR、MR(複合現実)の相違点などを解説。これらのもたらす価値として、①時間の操作性②空間の操作性③五感の拡張を挙げた。医療分野での応用例として、VRを用いた手術訓練シミュレーションを紹介した。

 最後に沖山氏は、今後技術の発展は急激に加速する可能性がある点を強調する一方、テクノロジーを活用した病気の治療は「手段」であり、患者の不安や悩みの解消や納得感が「目的」である点を強調した。

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