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第13回 厚労相は加藤氏から手腕未知数の根本氏へ

第13回 厚労相は加藤氏から手腕未知数の根本氏へ

 10月2日の内閣改造で厚生労働相は加藤勝信氏から根本匠氏に交代した。加藤氏は厚労行政に詳しく答弁も安定していたため留任への期待が高まったが、自民党総務会長の要職に転じた。根本氏は党厚労幹部会のメンバーだが、手腕は未知数で省内から戸惑いの声が上がっている。

 現政権で官房副長官や働き方改革担当相を歴任した衆院6期の加藤氏は、昨年8月に厚労相に就任。財務官僚出身で厚労部会長も務めたオールマイティーさを発揮し、前任の塩崎恭久氏が自民党と対立した健康増進法改正案をまとめ、成立まで漕ぎ着けた。不適切データ問題で働き方改革関連法案から裁量労働制の拡大を削除したものの、会期内成立という最低限のノルマもこなした。ある幹部は「3年近く務めた塩崎氏と同じ量の仕事をした」と評価する。

 一方で、財務官僚らしく細か過ぎる、との指摘も。ある職員は「概算要求のレクに入ったら百万円単位で数字の根拠を詰められた」と苦笑。国会審議では言い逃れが多過ぎると、野党から「ご飯論法」と批判された。安倍晋三首相の側近らしく官邸擁護はするが、厚労省益に対する考慮は乏しく、「官邸ばかりみている」と失望する幹部もいた。不適切データ問題などで手腕に疑問符が付いた山越敬一・前労働基準局長(1982年入省、旧労働省)は戒告の懲戒処分を受けたが、加藤氏が当初の事務方案より重い処分に覆して戒告にする厳しい一面もあった。

 一気に評判を下げたのが、障害年金の打ち切り問題への対応だ。認定業務の地域格差をなくそうと一元化したため、障害が軽いとして約1000人が打ち切られそうになり、5月末に全国紙が大きく報道。すると、加藤氏は一転して支給を継続する検討を始め、6月26日の記者会見で表明する段取りだった。だが、当日朝刊に同じ全国紙がその方針をスクープすると、「新聞に書かれたから表明するのをやめた」と中止。周囲の説得も聞かず、「記事の書かれ方が気に食わなかったみたいで、メンツを気にするあまり大人気ない対応になった」とある幹部。後日、支給を継続する考えを国会で答弁したが、大手紙記者も「器の小ささを表明しただけだった」と酷評。とはいえ、厚労相経験者が政権中枢にいるメリットもあるため、厚労省は今後も加藤氏へのケアを続ける方針だ。

 新たに就任する根本氏は、衆院福島2区選出で8期のベテラン。安倍首相や塩崎氏、石原伸晃氏とともに「の会」という若手政策研究グループを形成。98〜99年に厚生政務次官を務め、年金制度改革や介護保険創設に携わった。2012年12月〜14年9月まで復興相を務めた。退任後は厚労族のドン・伊吹文明・元衆院議長に頼み、影響力のある党厚労幹部会のメンバーとなった。ただ、出席率が悪いため伊吹氏から「自分から頼んで入った割には参加しない」と注意を受けたことも。省中堅は「幹部会で目立つ発言をしているのを見たことはなく、コアメンバーではない」と話す。実際、就任直後の記者会見で答弁に詰まる場面があるなど、過酷な追及で知られる厚労委の審議に不安を残した。

 新たに船出した根本厚労相体制。来年夏の参院選まで大きな政策課題はないが、長期政権となればその手腕が問われる場面が訪れる。

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