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未来の会

医師の働き方は「特別扱い」せざるを得ないか

医師の働き方は「特別扱い」せざるを得ないか
応召義務や自己研鑽の範囲など白黒つけ難い問題も

医師の働き方改革に関する、政府内の議論が本格化してきた。医師という業務の特殊性を勘案した上で、労働時間の上限規制をどう設定するかなどが焦点で、今年度内に結論を出すことになっている。

 しかし、医療界からは医師の過労死防止と同時に「地域医療の確保」も求められており、厚生労働省は両者のバランスを取る難しさに頭を痛めている。

 政府は先の通常国会で成立した「働き方改革関連法」で、2019年4月から順次、残業時間の上限を「原則年720時間」とする規制を適用する方針を打ち出した。ただし、医師は勤務形態が特殊であるという理由で24年4月まで5年猶予し、その間に医師を対象とした規制を検討することになった。

 厚労省の2016年の調査によると、病院の常勤医の約4割は週60時間以上勤務していた。週40時間の法定労働時間を20時間以上上回り、過労死による労災認定の目安「1カ月の残業80時間」を超えていることになる。30歳代の外科医は「残業は月80時間なんてもんじゃない。その2〜3倍になる月もザラ」と言う。

「応召義務」をどう解釈するか

 議論の焦点の一つは、医師法19条に定められた「診療に従事する医師は、正当な事由がなければ患者からの診療の求めを拒んではならない」という「応召義務」をどう解釈するかだ。この「正当な事由」に明快な定義がないため、「患者は全てを受け入れざるを得ない」と考える医療関係者も多く、これが医師の過労に拍車を掛けているとされる。

 9月19日の厚労省の「医師の働き方改革に関する検討会」では、応召義務の解釈に関する厚労省研究班の岩田太・上智大学法学部教授がこれまでの議論の中間整理を報告した。岩田氏は医療法19条の規定が職業倫理・規範として機能し、医師の過重労働に繋がってきた側面があると指摘。医師個人が患者に直接、民事上の責任を負う義務はないとした上で、「『国民の生命と健康を守るため、医師は死ぬまで働け』なんて結論が出ることはあり得ず、常識的な結論が出るだろう」と述べた。

 しかし、医療現場の受け止め方は一様ではない。8月末、関西であった外科医らの会合では、「働き方改革」に対する異論が相次いだ。当直明けの手術で20時間連続働くことも少なくないという大学病院の勤務医は「私達が(1日)8時間勤務しかしなかったら、命を失う人が相次ぐ。そんなことでいいのか。国には現実をみつめてもらいたい」と政府批判を展開し、賛同する声が相次いだ。出席者の一人は「私は彼ら『マッチョ軍団」とは考えが違いますが、とても反論できる空気ではなかったですね」と苦笑する。

 9月19日の検討会で岩田氏は、応召義務の対象と範囲、診療を拒否できる「正当な事由」の範囲を体系的に示す必要性を指摘した。だが、医師の多くは勤務時間外にも学会発表用の論文執筆やその下調べなどに追われる。そうした「自己研鑽」を労働とみなすか否かの仕分けは難しい。労働に近い研鑽を労働とみなさなければ、医師に不当労働を強いることになる一方、個人のスキルアップを目指した文字通りの研鑽にまで労賃を支払うなら、私的なことに公金を投入することになるし、医療機関の経営をも圧迫する。

 厚労省は、研鑽とされてきたものについて、「労働」と「非労働」に仕分けるガイドラインを作成するとしている。だが、担当者や地域でバラツキがでないように運用するのはハードルが相当高い。若手の勤務医は「上から自己研鑽を抑制されると、医師のやる気を奪い、医療水準の低下にも繋がりかねない」と危惧している。

 労働時間に上限を設けたとしても、医師の仕事量に変わりがなければ、規制は無意味になる。そこで残業時間の上限と応召義務との関係などに加えて議論の対象となるのが、「今後目指していくべき医療提供体制の姿」である。医師の業務の一部を他職種に移していくことや、患者の受診方法の見直しといったことが課題となる。

業務移管は総論賛成、各論は「?」

 日本外科学会は既に具体案を提言している。外科医の場合、若いうちに一定数の手術を経験して腕を磨く必要があり、手術以外の業務を他職種に移すことが重要という。同時に業務移管を受ける側の「育成・教育」の必要性も指摘している。また、日本麻酔科学会は、多職種で役割分担をする「周術期管理チーム」の創設を進めている。この手術の前後を含めた周術期の医療の質向上を目指し、同学会は「周術期診療の臨床能力を持つ医療職種」の養成制度創設を求めている。

 医師業務の一部移管に関し、医療界は「総論賛成」といったところだ。今後「各論」に入った段階で議論がどう転がるかは不透明。移管を受ける側の代表的な職種は看護師や介護職員だが、医師以上に人手不足が指摘され、多忙を極めている。「新たな業務を受け入れる余裕があるのか」との疑問は、当事者のみならず現場の医師からも出ている。また、医師の側にも医師の仕事を聖域ととらえ、移管すべきでないと考える人は少なくない。厚労省の検討会では人材育成に費用がかかる点が指摘され、「余力のある病院だけが恩恵を受けられる仕組みは好ましくない」との声も出ている。

 患者の側の意識変革も求められる。時間外に診察を受ける時は、主治医でなく輪番の当番医にかかることを受け入れる、といったことだ。「複数主治医制」などの導入も課題に挙がる。日本医師会でこの問題を担当する今村聡副会長は「患者に(他の医師に診てもらってくださいと)断りを伝えることも、医師の負担になる」と考え、患者の意識改革が不可欠と訴えている。

 東京医科大学が入試の際、得点調整をして女性の合格者を減らしていたことが発覚したのを機に、女性医師を取り巻く労働環境の見直しとともに、男性医師の働き方にも再びスポットライトが当てられている。しかし、一般労働者と同じ基準で医師の労働時間を規制することには慎重な意見が多い。そのまま同じ基準を適用すれば、医師不足が一層深刻化し、医療の質を維持できなくなる可能性が高いためだ。

 「何もしないというわけにはいかないけれど、一般労働者向けの『年720時間』の上限は緩めざるを得ないだろう」。厚労省幹部はこう漏らし、医師は特別扱いせざるを得ない、との考えを示す。厚労省内には、激務とされる救急や産科などで働く医師の労働時間については「上限を設けるのは難しいだろう」との見方も出ている。

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