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未来の会

「患者トラブル」を解決する“技術”

「患者トラブル」を解決する“技術”
「応召義務」を正しく理解し、「診療拒否」も辞さない対応を

患者トラブルは年々増加傾向にある。医療機関は「トラブルが起きるのは、自分達に至らない部分があるから」と考え、患者の無理難題や迷惑行為にまで「誠実に」対応しようとしがちである。

 しかし、「それは今の時代、医療機関として正しい態度なのか」と疑問を呈するのは、大阪府保険医協会事務局参与で、本業の傍ら患者トラブルの相談に長年応じてきた尾内康彦氏。その尾内氏を講師に迎え、「患者トラブルを解決するポイントは何か——最近の相談事例から見えてくるもの」と題したセミナー(主催:新社会システム総合研究所)が8月23日、都内で開かれた。

 尾内氏はまず、患者トラブルの構造をピラミッド化して見せた。頂点は「MP(モンスターペイシェント)」、中層に「困った患者群(ハードクレイマー)」、底辺が「権利意識・要求水準が高まっている普通の市民」の三層イメージだ。

 MPは警察沙汰になることが多く、対応していると医師や職員は最悪の場合、PTSD(心的外傷後ストレス障害)やうつ状態に陥ったり、モチベーションの低下から離職・退職へ至ったりする。

 ハードクレイマーは警察沙汰にはならないが、診療に納得せず、検査や治療を拒否する行為により、医師は思うように診療ができなかったり、説得に多くの時間や労力を奪われたりする。ある意味、MPより厄介な存在だ。

 近年の特徴は、普通の市民が虫の居所や感情的なもつれからトラブルを起こすケースが増えている点だ。貧困化、日常や将来への不安感情などに加え、「消費者意識の肥大化」により常に「対価」を求めるようになったことが背景にあると尾内氏は指摘する。

患者トラブルの増加は歴史的必然

 その上で尾内氏は、患者トラブル増加の歴史的必然として、①社会情勢②医療制度③医療従事者④患者の四つの視点から見る必要があると説明する。

 まず、社会情勢の面では、1989年にベルリンの壁が崩壊し、冷戦が終結。日本では日米構造協議を経て、90年代からグローバリゼーションが本格展開。市場原理万能の考え方が浸透し、競争・効率・私的なものは「善」で、公的なものや規制は「悪」という考えが拡大した。「この考えの前提になっているのが消費者絶対主義で、社会の非倫理化、社会的紐帯の解体、文化の俗悪化、そして人間関係の放棄をもたらした」と分析する。

 医療制度の面では、社会情勢の流れと軌を一にして、医療制度・医療行政の大幅な見直しが行われた。歴代政権では財政再建の名の下、医療費抑制策が継続され、中でも小泉純一郎政権下で行われた「小泉・竹中改革」によって、社会のセーフティネット機能は極限近くまで低下したと指摘する。

 医療従事者の面では、80年代に米国で流行した顧客満足(CS)の考え方が日本にも90年代に広がり、過剰サービス化の流れの中、「医療のサービス化」も進んだ。具体的には、旅館の女将などが講師を務める「接遇研修」により、「患者満足度」を上げることになった。90年代は時代環境の下で醸成されたMPやハードクレイマーが多数出現。一方で、「患者さま」重視で行われた接遇研修を受けた職員が現場に送り込まれ、両者のミスマッチが起きた。現場では、接遇やメディエーション(仲裁、仲介、調停)的対応ではどうにもならない患者トラブルが多発していた。

 尾内氏は「接遇そのものを否定するつもりはありません。ただ、何か問題が起きた時に患者への説明の仕方や納得のさせ方といった危機管理を併せて学ぶのではなく、患者の言いなりになってサービスに努める。そうした接遇は間違っていたと思います」と話す。

「サービス」「患者さま」がはらむ問題

 「サービス」という言葉は元々、ラテン語の「奴隷」という言葉を含んでいる。主従関係が明確で、対価が発生する。一方、「ホスピタティ」という言葉はラテン語の「客人の保護者」から派生している。それは、疲れた旅人に無償で飲食のもてなしをしたり、看護を施したり、宿泊施設を提供したことに始まる。対価を求めない自発的な行為である。

 尾内氏は「医療機関では患者と医療スタッフが主従関係、奴隷契約を結んでいるわけではありません。従って、医療はサービスではなく、ホスピタリティでなくてはなりません」と述べる。

 その上で、「クレームや苦情は企業にとって宝の山でも、医療においては悪質なクレームと正当なクレーム(ありがたいクレーム)を区別し、対応する必要があります。悪質なクレームは宝などでは決してない」と説く。

 そして、「一番うるさく文句を言う人(過剰反応する人)」の言い分を最優先に聞くべきという方向に手を貸したとして、メディアの責任が大きいとも指摘した。

 また、「患者さま」と言われた患者は、医療を「費用対効果」、商取引の延長線で捉え、患者は消費者、病医院は医療サービスを売る店と見て、消費者的に振る舞うようになると説明。消費者とは「最も少ない代価で、最も価値ある商品を手に入れることを目標に置く人間」を指す。ここに「患者さま」呼称問題の本質があると尾内氏は指摘する。

 患者の面では、医療費抑制策などによる医療現場の急激な荒廃の原因について、患者側は理解できているとは言い難いとし、医療側の説明不足も加わり、対価を求める患者側と医療側のギスギスした関係は一触即発のところまできているのが現状だと述べた。

 以上の時代背景の下、6点の誤解が生じたため、医療行為に関する共通認識の捉え直しが必要になっていると尾内氏は話す。6点とは①患者には治療方針を自己決定する権利があり、医師の治療行為に協力する必要はない②病医院にかかったら、医師は必ず治す義務がある③病医院に行けば、病気は治る④専門医が診察すれば、疾病の原因は必ず分かる⑤医療はいつも安全⑥医師は何があっても診療を拒否できず、どんな患者でも、どのような状況でも診療する義務がある——である。以下、それぞれの点について、尾内氏の見解を紹介する。

 ①②については、医師と患者は契約書がなくても診療(医療)契約を結んでいる(準委任契約:法律契約ではなく、事実行為を任せる契約)。“現物給付と後払い”(未収金問題発生の根拠)となっているように、信頼関係が前提だ。診療は医師と患者の共同作業で、患者の協力がなければ、医師は診療目的を達成できない(双務契約)。従って、医師だけが一方的に義務を負っているのではない。

 ③④⑤については、医療には限界があることに加え、医療は必ずしも全て安全ではなく、不確実で危険が伴う(医療の不確実性)。しかし、問題が発生した際、同意書があっても患者は納得しないだろう。故に、患者への完全なインフォームド・コンセント(十分な情報を得た上での合意)の実践は不可能に近いのではないかと述べた。

 ⑥については、医師法第19条第1項「診療に従事する医師は診療行為の求めがあった場合には、正当な事由がなければ、これを拒んではならない」(応召義務)を示し、MPなどについてはケースにもよるが、司法の専門家の間では「正当な事由」に該当すると解釈する意見が強くなっていること、そして現実にその方向の判例も出ていることを具体的に紹介した。

応召義務に関する医療機関の思い込み

 応召義務に関しては、医療法第1条の4第2項「〜略〜医療の担い手は、医療を提供するに当たり、適切な説明を行い、医療を受ける者の理解を得るように務めなければならない」も示し、「適切な説明」と言っても合理的な範囲内の説明で、納得しない患者に対して際限なく説明しなくてはいけないと思い込んでいる医療人がいると指摘。限界設定(リミット・セッティング)を引くことの重要性を唱え、限度・限界を超えた患者に対しては、診療拒否を含めた厳しい対応をアドバイスした。

 また、未収金問題でも「払えない患者」と「払わない患者」を区別し、不当な理由で払わない患者に対しては、双務契約が成立していないことから、診療拒否ができると述べた。貧困化やモラルの低下などから、未収金トラブルは今後も増加すると予測し、過去未納金の診療前精算など未然の対策と、医事会計システムと連動した未収金管理システムの構築など発生後対策を紹介した。

 そして、患者を見る視点の変更を提案する。尾内氏は医療機関から患者トラブルに関する多くの相談を受ける中で、昔の患者像では捉えきれない層が大量に生み出されていると指摘。それは、内面・人格が崩壊した層で、集団的とも言える人格崩壊現象を医療関係者は認識すべきだという。

 MPの大阪府内の具体例として、薬物依存・アルコール依存症の患者、精神疾患を抱え情緒不安定・不穏状態の患者、元・現暴力団関係者の患者の事例と対策を紹介した。医療機関に対しては、①病院全体で組織的に対処する。多少のことでは物怖じしない現場のリーダーを決めておく②トラブルが起きることを想定し、地元警察とも日常的に連絡を取る。場合によっては、警察OBの雇用も考える——の2点をアドバイスする。

 他には、インターネットへの書き込みも、最近の顕著な傾向だという。目に余る書き込みには、削除を命ずる仮処分申請など法的措置を取ることも考えられるとした。

 患者トラブルは「我慢と根性」では対応できない。尾内氏は対応の基本として、以下の9点を示した。①患者・家族の気持ちを思いやる。しかし、必要以上に“博愛主義”の立場を取ってはならない②クレーム・苦情を見分ける③詳細な記録を取る④怒りをエスカレートさせる行為は厳禁⑤会話を録音する準備を常にする⑥対応場所を選ぶ⑦対話法を学んでおく⑧最も大事なことは、医療機関で働く医師や職員の「身を守る」こと⑨院長や事務系幹部が1人で対応しても何とかなると過信しないこと——である。

 最後に尾内氏は「患者トラブル解決に関する3原則」を紹介した。一つは、優しいだけでは、これからは医療を守れない。二つ目は、クレームに強くなければ、これからの医療は守れない。そして三つ目は、医療現場で働く人を守れないで、患者を守れるわけがない、である。

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