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一方的でWTOルールを無視した「トランプ貿易戦争」

一方的でWTOルールを無視した「トランプ貿易戦争」
日本にとって最悪のシナリオは自動車への高関税

米国のドナルド・トランプ大統領は、7月6日に中国の輸入品340億㌦相当に25%の追加関税を発動し、続いて8月23日にも160億㌦相当に同様の措置を取った。さらに9月24日、2000億㌦相当に10%の追加関税を発動。合計2500億㌦の高関税を課した。

 中国も対抗措置として米国輸入品の関税アップを実施したが、トランプのやり方は、非常識の極みと言うしかない。自国の貿易赤字を理由に世界貿易機関(WTO)の協定を無視して、法的拘束力のある貿易品目についての関税上の約束を一方的に破棄するというのは許されるはずがない。「戦後初の貿易戦争」などと称されているが、戦後、米国が交易の分野でここまで露骨な横紙破りを実行した事例は稀だろう。

 しかもトランプは7月2日、WTOが米国を「適切に」扱わない場合、米国は「何らかの行動を起こす」などと脱退までほのめかしている。1995年以降、関税及び貿易に関する一般協定(GATT)に代わり自国も関与して創立・運営してきたWTOを自国の都合だけで機能不全に陥れるというのは、果たして責任ある国家のやることなのか。

 さらにトランプは5月31日、カナダとメキシコ、欧州連合(EU)に対しても鉄鋼25%、アルミニウム10%の輸入関税を適用すると発表。EUの欧州委員会は6月22日、これへの対抗措置として、鉄鋼製品やオートバイ、バーボンウイスキーなど28億ユーロ(約3600億円)規模の米国からの輸入品に対する報復関税を発動した。

 だが、欧州委員会のジャン=クロード・ユンケル委員長が7月25日に米国を訪問してトランプとの直接会談した結果、中国に対してとは対照的に一転して、今後の交渉によって「自動車以外の工業製品への関税ゼロ、非関税障壁ゼロ、補助金ゼロに向けて共に取り組むことで合意」(トランプ大統領)する結果となった。

 また、関税問題は据え置かれたまま、メキシコとは8月27日、トランプが進めていた北米自由貿易協定(NAFTA)の見直しに関する二国間交渉がまとまり、新しい通商協定に入ることで合意した。残るカナダについては9月5日現在、米側が市場開放を求める農産物分野などで調整が難航。トランプは「カナダを留めておく政治的な必要性はない」として、議会の反対をよそにNAFTAからカナダを除外し、2カ国だけの「米メキシコ貿易協定」に改編する可能性をほのめかしている。

 いずれにせよ、今後の米国による一方的かつWTOのルールを無視した「貿易戦争」の焦点は対中国になるのは疑いないが、これまで鉄鋼とアルミの輸入関税以外、「戦争」の直接的影響は避けられてきた日本にとって最悪のシナリオは、米国への輸出品の目玉である自動車に高関税をかけられる事態だ。特に9月20日の自民党総裁選以降、そして早ければ米国の中間選挙がある11月までに、2カ国交渉で日本にこの要求を吞ませようと攻勢をかけてくる可能性が極めて高い。その際、安倍晋三政権はどう対応するのか。

自動車メーカーの営業利益は半減

 仮に米国が日本の自動車に一律25%の関税をかけた場合、輸出台数は174万台(2017年実績)から約20%、35万台減少する見込みだ。同時に国内総生産(GDP)も0・3%から0・4%押し下げられるとの予測が出ている。価格競争力を維持するため関税上昇分を吸収すると、自動車メーカー各社の営業利益は半減するという。

 既にこうした事態を予測し、トランプの逆鱗に触れないようにするためか、自動車の対米輸出は減少している。5月には前年同期に比べ3・9%の落ち込みで、6月には12%、7月も12・1%のマイナスを記録している。

 ただ、日本車の対米輸出問題は1993年に始まった日米包括経済協議でほぼ両国が合意に達しており、しかも日本のメーカー各社はこの協議の枠外で北米製部品を購入し、北米における完成車の生産拡大に努めてきた。その結果、95年には前年度比で輸出台数が約50万台減少した。

「関税障壁」残しているのは米国の方

 しかし、米国側はその後も問題を蒸し返し、昨年2月のワシントンでの日米首脳会談前には、何と日本の軽自動車に対する税金の優遇措置が米国車の対日輸出にとって「非関税障壁になっている」などという珍論も飛び出した。トランプはまだ「日本で米国車が売れないのは日本の市場が閉鎖的だからだ」と信じ込んでいるようだが、日本は輸入車に関税をかけてはいない。逆に米国は輸入車に2・5%の関税をかけており、軽トラックに至っては既に25%に達している。

 「関税障壁」を残しているのは米国であり、日本国内で米国車が売れないのは、堅調な売上を記録し続けているドイツ車と異なり、ユーザーにとって魅力的な車種がないという単純な理由からだ。フォードは既に撤退し、イタリア・フィアット傘下のクライスラーの「ジープ」がそこそこの人気を維持している程度だ。

 米国の対日貿易赤字は688億㌦(2017年度)で、逆に日本の黒字額のうち8割近くは自動車・自動車部品関連で占められている。しかし、トランプが今後何を言おうが、輸入日本車が25%の追加関税を課せられる合理的理由など存在しない。問題はNAFTA解体の危機に直面しながらも、理不尽なトランプに屈してはいないカナダ首相のトルドーのような毅然とした対応を、安倍に期待できるかどうかだ。だが、その可能性は限りなく低い。

 米『ワシントン・ポスト』の電子版が8月28日付で報じた「米国と日本との関係を巡って」という記事によれば、6月にホワイトハウスで行なわれた首脳会談でトランプは安倍に対し、「真珠湾攻撃を忘れてはいない」と強調。さらに「日本の経済政策に対する辛辣な攻撃を始め」て、「対日貿易赤字の不満を述べ、米国の牛肉と自動車の輸出により有利となる二カ国間貿易交渉を促した」という。

 同記事では、安倍がまともな反論をした形跡はない。安倍は記事について「誤報だ」と述べているが、正式に同紙に抗議したわけでもない。

 80年代に大統領のレーガンに媚びへつらいの限りを尽くして「ロン・ヤス関係」などとうそぶいていた当時の首相の中曽根康弘を真似てか、「ドナルド・シンゾー関係」などと褒めそやしている一部御用メディアの思惑に反し、トランプが自国の利害を前面に押し出す際に「関係」など考慮外だ。

 一方、国益など眼中になく、中曽根以上の媚びへつらいを「外交」などと称している安倍のことだ。日本の基幹産業である自動車を「貿易戦争」の餌食にさせず、WTOのルールに基づいた外交手腕を望むのは愚かだろう。そんな芸当ができるぐらいなら、この3月に日本が例の鉄鋼とアルミの追加関税を課せられた際に、他国と同様に対抗措置の一つでも打ち出せたはずではなかったのか。(敬称略)

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