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未来の会

大口病院「白衣の死神」があぶり出す終末期医療の現実

大口病院「白衣の死神」があぶり出す終末期医療の現実
事件を終末期医療を考えるきっかけにすべきとの声も

横浜市神奈川区の旧・大口病院で2016年9月に起きた入院患者の連続中毒死事件が、1年10カ月を経てようやく動いた。

 神奈川県警は7月7日、事件当時、同病院に看護師として勤務していた久保木愛弓容疑者(31歳)を殺人容疑で逮捕。当初から「内部犯行」が疑われ久保木容疑者は捜査線上に上がっていたが、マスコミの取材に容疑を全面否認していた。

 白衣の天使ならぬ〝白衣の死神〟が手を染めた大胆で非道な犯行は、本人の供述通り「20人以上にやった」のであれば、戦後最多の毒殺事件となる。

 一方で、「事件を通じて、高齢者の終末期医療を考え直すべきではないか」と問題提起する声も広がっている。

 まずは事件を振り返ろう。現場となったのは、JR横浜線「大口駅」近くにある特定医療法人財団慈啓会大口病院(当時)だ。一般病床の他に約40床の療養病床を持っており、終末期の患者が4階の病棟に多く入院していた。

異常な事態を病院は調査せずに放置

 この4階の病棟で起きた不審死が最初に発覚したのは16年9月20日のことだ。同日午前5時前に4階に入院していた八巻信雄さん(当時88歳)が亡くなったのだが、八巻さんの点滴袋が泡立っていることに看護師の一人が気付いたのだ。異物混入の恐れがあると判断した病院が警察に通報、司法解剖で八巻さんの体内から消毒液である「ヂアミトール」の成分が検出された。

 県警はその後、同じ4階に入院し、八巻さんの2日前に亡くなった西川惣蔵さん(当時88歳)の体内からも同じ成分が検出されたと発表。事件は一気に連続殺人事件の様相を帯びたのである。

 大手紙の県警担当記者が解説する。「病院の4階では16年4月頃から、看護師のエプロンが切り裂かれたり、カルテが紛失したりといったトラブルが相次いでいた。8月には飲み物に漂白剤が混入される事件があったと、横浜市に告発のメールも届きました。ところが院長も市も大ごととは考えず、結局、患者が死亡するに至ってしまった」。

 病院によると、西川さんや八巻さんが入院していた4階では、約3カ月で約50人もの患者が亡くなっていた。1日に6〜7人が亡くなることもあったといい、終末期の患者が中心とはいえ、あまりにも異常な数だ。ところが、この「異常」についても、病院は調査をせず放置していた。

 異物混入事件として捜査を始めた県警の捜査線上に浮かんだのが、久保木容疑者だ。「ナースステーションは外部から入れない場所ではないが、一度ならず何度も外部の人間が異物を混入するのは不可能。4階を担当していた看護師の数は限られ、久保木容疑者が勤務した後に患者が大量に亡くなることが多かったため、県警は始めから彼女をマークしていた」(担当記者)という。

 しかし、捜査は難航した。というのも、「状況から久保木容疑者の疑いが強いとされたが、決定的な証拠はなく、本人も否認した」(同)ためだ。防犯カメラもなく、犯行を目撃した人もいない。久保木容疑者の看護服からは犯行に使われた消毒液の成分が検出されたが、看護師なら消毒液や点滴に触れることは日常業務のうちだ。点滴の袋などから検出された指紋についても同様で、決め手を欠いた。

 一方、事件直後に大口病院を辞めた久保木容疑者は、看護師以外の仕事も含めて職を転々、引きこもりがちの生活を送っていた。直近は、自宅から離れた神奈川県内の物流倉庫に勤めていたという。

 県警は粘り強く捜査を続けるとともに、久保木容疑者の任意の事情聴取も継続。今年7月に行った事情聴取で初めて犯行を認める供述をしたため、7月7日に西川さんに対する殺人容疑で逮捕。同月28日には、八巻さんに対する殺人容疑でも再逮捕したというわけだ。

 「私が殺害した」「他の入院患者にも消毒液を入れた」「16年7月ごろから、20人くらいにやった」「死んで償いたい。死刑になりたい」——。

 逮捕されてからの久保木容疑者は素直に犯行を認め、反省の言葉も口にしているという。「20人」を立証するのは難しいが、同時期に死亡した他の2人の患者からも消毒液の成分が検出されており、県警がどこまで真相に迫れるか注目される。

「家族への説明をしたくなかった」

 同僚が「おとなしく、目立たない看護師だった」と証言する久保木容疑者を、このような大胆な犯行に駆り立てた動機はなんだったのか。

 捜査関係者によると、久保木容疑者は亡くなった患者の家族に状況を説明する同僚が家族に問い詰められている姿を見て、「家族への説明をしたくない」と思ったのだという。

 事実、八巻さんが死亡した前日、夜勤だった久保木容疑者は朝、八巻さんの点滴を交換して勤務を終えていた。八巻さんの容態が悪化したのは翌日未明。そのまま亡くなった八巻さんを見送ったのは、久保木容疑者とは違う看護師だった。

 消毒液が入った点滴袋を自らセットするだけではなく、次に使う予定の点滴袋の中に消毒液入りのものを紛れ込ませるなどの方法もとっていたとみられる。

 ただ、「家族への説明をしたくなかった」との供述には疑問も残る。

 終末期の患者といっても状態は様々で、数日以内に亡くなるとは思えない患者も多い。病院関係者によると、今回亡くなった患者の状態はバラバラだったという。徐々に体の状態が悪化していく中で異物を混入されたなら、死を覚悟していた家族への説明は比較的容易だ。だが、元気だったのに状態が急変した場合、家族への説明は難しくなる。

 「状態が悪化した患者だけを狙ったなら分かるが、そうでない患者にもやっていたとなると、供述の信憑性は薄れる。殺人の動機としては弱いのではないか」と全国紙記者も首をひねる。

 容疑者の心理は本人にしか、場合によっては本人にも分からない。一部週刊誌によると、久保木容疑者は大口病院に就職する際の採用面接で「人の死に対して不安がある」と語ったという。医療職に就いてから抱いたものなのか、それ以前からのものなのかは分からないが、それなら彼女はなぜ看護師を志し、看護師の仕事を続けたのだろうか。

 久保木容疑者は神奈川県秦野市の県立高校を卒業した後、横浜市内の看護学校に進学し、看護師になった。高校は福祉教育に力を入れており、高齢者施設の見学なども行っていたという。

 久保木容疑者を知る人物は「高校時代の経験から、看護の仕事に興味を持ったのではないか」と推察する。いくつかの病院で勤務した後、15年5月に大口病院に採用され4階の病棟の担当となったが、事件はその約1年後に起きた。

 大学病院に勤める久保木容疑者と同年代の看護師は「20〜30代で療養病床のナースと聞くと、やる気がない人なのかなと思ってしまう」と明かす。

 多くの看護師が真剣に終末期の患者の看護をしていることは間違いないが、療養病床の患者は一般的に、高い医療技術を必要とする場面が少なく、症状の変化も緩やかだ。「看取りや自分なりの終末期看護などのテーマを持つ人はいいが、そうでない人で看護師としてバリバリ働こうという人は少ないのではないか」というのが、多くの看護師の持つ療養病床のイメージらしい。

療養病棟の現状と患者家族の事情

 終末期医療に看護師としてどう向き合うべきか。久保木容疑者がそんな命題に正面から向き合っていたなら、今回の犯行は起きなかっただろうか。

 動機が何にせよ、人の命を奪う行為を決して認めてはならないのは当然だ。だが、「とんでもない看護師がとんでもない事件を起こした」と人ごとのように受け取るだけでいいのか。

 ツイッターなどのSNSでは、事件を終末期医療を考えるきっかけにすべきではないかとする多くの投稿がなされた。中でも大きな注目を浴びた投稿は、「療養病棟に勤める看護師」と名乗る人物のものだ。

 「私も一歩間違えば大口病院で事件を起こしたナースと同じだったかもしれない」とのつぶやきで始まる一連の投稿では、療養病床の患者の多くは「生かし続けられている人」であり、「生き地獄」「苦痛に顔を歪めながら延命されている」「栄養剤に繋がれて強制的に命を延ばされている」などと表現されている。

 殺人罪に問われるのも、患者の家族から「ばーさんの年金なくなったらどうしてくれる」と責められるのも怖くて看護を続けているとの本音も打ち明けている。

 「医療費の9割は国の負担で、本人の負担は月5万円程度。療養病棟に入院させておけば年金でおつりが来る。病院も家族も儲かるシステム」「年金支給日である15日を超えて生かしておいてくれと言われた」といった生々しいつぶやきには「年金で家族が遊んでいるというイメージを持たれて困る」との苦言も呈された。

 一方で、見舞いにも来ずに電話連絡だけで済ませる家族も多いこと、回復の見込みがないのに高い医療が続けられ、患者本人が苦しむことへの憤りには、多くの賛同の声が寄せられた。

 事件の後、大口病院は一時閉鎖され、17年12月に「横浜はじめ病院」と名称が変わって診療が再開された。名前は変わっても診療内容は変わっておらず、現在も療養病床を設置して終末期の高齢者医療を担っている。

 「従業員が客を連続で殺害したとなれば、普通ならその店はなくなっておかしくない。でも、大口病院が事件で閉鎖された時、多くの患者は行き場をなくして困り果てた。たとえ事件が起きた病院であろうと、療養病棟へのニーズは高いのです」(医療担当記者)

 国は医療や介護を家庭や地域へ移行させようとしており、療養病床は縮小される方向だ。しかし、事件は図らずも療養病床への需要の高さを露呈してしまった。望んだ最期が迎えられず無念の死を迎えた被害者のためにも、社会全体が望ましい終末期医療について議論を深める必要がある。

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