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未来の会

「医療AIの進化」に向け多面的な視野で 学術的実務的な活動を進める

「医療AIの進化」に向け多面的な視野で 学術的実務的な活動を進める
人工知能(AI)の医療応用を進め、より良い医療システムの構築を目指す日本メディカルAI学会が5月に発足した。代表理事の浜本隆二氏に医療AIを発展させる上での課題や将来の可能性などを聞いた。
■医療AIに関する初の学会発足の反響は?

浜本 最初の2カ月だけで約200人の入会申し込みがありました。また、AIに注力する企業や製薬会社など11社が企業会員として名を連ねています。政府の関連省庁も強い関心を寄せていますし、様々な診療科から講演に呼ばれます。周囲からの期待の高まりを実感するとともに、責任の大きさを痛感しています。

■あらゆる分野でAIへの関心が高まっています。

浜本 医療においても大きな可能性があると思います。政府は「Society 5.0」を掲げ、サイバー空間(仮想空間)とフィジカル空間(現実)を融合させることで、経済発展と社会的課題の解決を両立させようとしています。政策を推進する上で柱となる第5期科学技術基本計画(2016〜20年度)も、医療データの活用や医療ICT基盤の構築などを進めるとしています。人々の健康増進に医療ビッグデータを生かすために、AIは大きな役割を担います。

■学会を立ち上げた背景は?

浜本 モチベーションの根底にあるのは、全ての国民に最適な医療を届けたいという思いです。私はこれまで、がんとゲノムの研究に携わってきました。また、急速に進化しつつあるAIに注目し、ここ数年は医療AIの研究も行っています。その中で、医療におけるAIの可能性に改めて気づかされました。AIの発展には大きく三つの要素が関係しています。第1に、大量のデータが蓄積され、データベースの整備も進んできたこと。第2に、計算能力の飛躍的な向上。第3に、ディープラーニング(深層学習)をはじめとするAI分野のアルゴリズムの進化。最も期待されている分野の一つが、病理画像や放射線画像などの解析です。人間が画像を見るとき、誤認識率は5%程度とされています。2015年には、ディープラーニングによる画像の誤認識率がこの値を下回りました。医療の画像解析では、ディープラーニングが既に使われ始めています。

激しさを増す国際競争で負けないために
■AIを活用するための環境が整ってきたと?

浜本 加えて、社会的なニーズも重要です。いま、世界的にプリシジョン・メディシンと呼ばれる、個々人に最適化された医療への関心が高まっています。人手を使って処理できる量のデータではないので、AIの力は欠かせません。例えば、ディープラーニングの一つに、マルチモーダル学習という手法があります。モダリティとは情報伝達手段や様式を示す言葉です。医療では画像や生化学的なデータ、ゲノム情報など多様なモダリティを扱っていますが、マルチモーダル学習によって異なる種類のデータを統合的に解析することが可能になる。これは一例ですが、医療データの解析にAIは非常に適しています。

■医療において、AIは不可欠のものになりそうですね。

浜本 そのように考えている研究者や臨床医、企業の関係者は多くいます。しかし、これまではこうした人達を統合するような組織がなかった。その必要性を感じている仲間達とともに、今回、日本メディカルAI学会を立ち上げました。学術的な活動の重要性は言うまでもありませんが、同時に国際競争の観点からも無視できないと思います。現在、世界各国がこの分野で激しく競争しています。例えば米国では医療データが活発に売買されており、多くの企業がそれを使って新たな価値を創出しようとしています。中国ではもっと容易に個人情報を扱うことができるので、新しい試みにチャレンジしやすい。日本としては、こうした国々との競争に負けないような体制を作っていく必要があると思います。そのためには、実務上の課題の解決に向けた取り組みも重要。これも、学会の使命の一つだと考えています。

■実務上の課題というと?

浜本 医療へのAI活用は始まったばかりです。そこには、これまでになかった多くの課題が待ち受けています。医療データは究極の個人情報なので、その集め方や扱い方などについて多方面の専門家による検討が必要でしょう。医療だけでなく、倫理的、法的、社会的な観点なども含めて議論を深めていくことが重要です。とりわけセキュリティーやプライバシーに関わる視点も欠かせません。例えば、医療データを扱うデータベースやネットワークの在り方、データ形式や匿名度のレベルなどについても具体的に詰めていく必要があります。まずは、どこにどのような壁があるのかを明らかにしたい。そうしないと、誰もが同じ壁にぶつかってしまうでしょう。その上で、一つひとつ壁を取り除いていきたいと思っています。具体的な取り組みの一つとして近々、医療データの取り扱いに関わるガイドラインを公表する予定です。策定に当たっては、この分野の第一人者といわれる弁護士にも参加してもらいました。

国民皆保険制度の維持にも医療AIは役立つ
■医療AIが社会に与える影響について伺います。

浜本 日本の国民皆保険制度は世界に誇るべきものだと思います。ただ、医療費が拡大する現状を考えると、制度を長期的に維持することは簡単ではありません。制度を守るためには、様々な工夫で医療費を抑制する必要があるでしょう。そのために、AIを役立てることもできます。例えば、適切なマーカーがないために、個々の患者への有効性がはっきりしないまま、高額な医薬品を広く投与しているケースがあります。本当に効く患者だけに投与することができれば、効かない患者を避けて治療を行うことができます。プリシジョン・メディシンは一人ひとりに対する医療の質向上だけでなく、社会的なコストを低減するという効果も期待できます。

■CREST(戦略的創造研究推進事業)に採択されたプロジェクトについてお聞きします。

浜本 科学技術推進機構(JST)におけるCRESTの研究領域「イノベーション創発に資する人工知能基盤技術の創出と統合化」で採択された、「AIを用いた統合的ながん医療システムの開発」というプロジェクトです。国立がん研究センター、AI技術で定評のあるPreferred Net-works(PFN)、産業技術総合研究所人工知能研究センターが参画しています。例えば、国立がん研究センターには膨大な量の放射線画像、臨床情報などがあります。将来的には、全て統合して解析できるICT基盤を作りたい。また、全国のデータをクラウドに集約して同じことができれば、地域医療の底上げにも繋がるはずです。もちろん、そうしたシステム環境が一足飛びに実現するわけではありません。まずは、国立がん研究センターの病院と研究所を完全閉域網で繋いだシステムとして構築します。あまり急いで事故でも起きれば、医療AIは停滞してしまうかもしれません。慎重かつ着実に事を運んでいきたいと思っています。

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