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医療事故等の公表は停止されるべき

医療事故等の公表は停止されるべき
1. 原因分析報告書の「公表停止」という改善

 公益財団法人日本医療機能評価機構は、その運営する産科医療補償制度において、9年間にわたって実施し続けていた原因分析報告書(要約版)の公表を、平成30年8月1日から一斉に停止した。

 医療安全の推進という観点からすれば、元々原因分析報告書公表という施策は当を得ていない。さらに、公表の副作用としても、刑事捜査や民事紛争への原因分析報告書の流用、そのことによる分娩機関や医療者への法的責任追及、さらには、社会的責任すらも追及される恐れ、近隣での風評被害などの数々の弊害が指摘されていた。

 こうしてみると、原因分析報告書の公表停止は、9年間も経過して遅きに失した感は否めないものの、産科医療補償制度の改善への第一歩として大いに評価すべきことであろう。

2. 医療安全推進には「秘匿性」が大切

 医療安全の推進のためには「秘匿性」が大切であることは、厚生労働省がそのホームページで「医療事故調査制度に関するQ&A」を掲載し、特にその冒頭で明瞭に述べていた〔平成27年5月25日版より〕。

(Q1)制度の目的は何ですか?

(A1)医療事故調査制度の目的は、医療法の「第3章 医療の安全の確保」に位置づけられているとおり、医療の安全を確保するために、医療事故の再発防止を行うことです。

〈参考〉  医療に関する有害事象の報告システムについてのWHOのドラフトガイドラインでは、報告システムは、「学習を目的としたシステム」と、「説明責任を目的としたシステム」に大別されるとされており、ほとんどのシステムではどちらか一方に焦点を当てていると述べています。その上で、学習を目的とした報告システムでは、懲罰を伴わないこと(非懲罰性)、患者、報告者、施設が特定されないこと(秘匿性)、報告システムが報告者や医療機関を処罰する権力を有するいずれの官庁からも独立していること(独立性)などが必要とされています。

 今般の我が国の医療事故調査制度は、同ドラフトガイドライン上の「学習を目的としたシステム」にあたります。従って、責任追及を目的とするものではなく、医療者が特定されないようにする方向であり、第三者機関の調査結果を警察や行政に届けるものではないことから、WHOドラフトガイドラインでいうところの非懲罰性、秘匿性、独立性といった考え方に整合的なものとなっています。

3. 公表でなく非識別加工を重点に

 「行政機関の保有する個人情報の保護に関する法律」によれば、個人情報とは、「特定の個人を識別することができるもの(他の情報と照合することができ、それにより特定の個人を識別することができることとなるものを含む。)」であると定義されている(同法第2条第1号)。医療事故調査制度が整備される際、厚生労働省令である医療法施行規則にも同様の定めが置かれた。

 「非識別加工」と通称される事柄であるが、病院の管理者はセンター報告をする時には、「当該医療事故に係る医療従事者等の識別(他の情報との照合による識別を含む。次項において同じ。)ができないように加工した報告書を提出しなければならない。」と明記されたのである。これは、一般の個人情報保護法では「他の情報と容易に照合」とあるのと比べても、「容易に」という文言が削られて端的に「他の情報との照合」とされていることからして、さらに厳格に「秘匿性」が貫かれていると評し得よう。

 つまり、「公表」という方向性ではなく、「秘匿性」という方向を強く指向しているのである。そのため、「匿名化」よりもさらに進んで、より厳格な「非識別加工」を要求するものだとも言えよう。

4. 医療事故等一般の公表も停止すべき

 現在、医療事故等が発生した場合に、その都度、個別的な公表をしている医療機関も少なくない。もちろん、包括的・一般的な公表は、医療安全の推進活動を精力的に行っていることの成果の発表であるから、むしろ推奨すべきことと思う。しかし、個別的公表は産科医療補償制度の原因分析報告書公表と同じく、望ましくない。さらに、医療法施行規則に定めた医療事故の「非識別加工」の趣旨からしても、個別的公表は不要のみならず不適切である。

 従って、産科医療補償制度の原因分析報告書の公表停止と同じく、医療事故調査制度の医療事故についても、さらには、医療事故に類するものも含めた医療事故等も、全ての個別的公表を停止すべきところであろう(なお、ここで言う「公表」は、記者会見や取材対応に限らず、医療機関ホームページにおける発表も含めた一切のものを指す)。

5. 補足—個人情報保護法の改正のあり方

 産科医療補償制度における今回の原因分析報告書の公表停止は、その停止措置自体は妥当であった。ただ、その停止の実際の理由は個人情報保護法の改正とその法律解釈のためだったらしい。

 法改正によって「要配慮個人情報」という分類が新たに作られて、病歴・健診情報・診療情報一切などの医療情報がほとんど「要配慮個人情報」に含まれることになった。この「要配慮個人情報」に該当した場合には、今まで行われていた「黙示の同意」では「公表」を正当化できないとされたのである。そして、原因分析報告書要約版くらいの匿名化の程度では、改正個人情報保護法に定める「非識別加工」とは言えず、結局、情報提供元基準説からすれば「個人情報」に該当するとともに、「要配慮個人情報」にも該当し、今までの「黙示の同意」程度では法律違反になり得ると思料されたらしい。

 拙速な改正法が「医療のあり方」への配慮できめの細かさを欠いた思わぬ結論なので、そもそもの法政策としては当を欠くところもあるが、現行法上はやむを得ないところではある。とにもかくにも医療関連の重大な傷害事故の発生を理由に医療機関が個別的公表を行うならば、今後は、現行法上ただちに個人情報保護法違反となりかねないので、公表停止するように特に注意しなければならない。

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