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学術団体を率いて医学水準の向上を図る ~日本医学会連合誕生までの道筋とこれから~

学術団体を率いて医学水準の向上を図る ~日本医学会連合誕生までの道筋とこれから~
門田守人(もんでん・もりと)1945年広島県生まれ。70年大阪大学医学部卒業。79年同大助手(第二外科)。同年アメリカ留学(メモリアル・スローン・ケタリングがんセンター)。87年大阪大学講師。90年同助教授。94年同教授。99年大阪大学大学院教授。07年大阪大学理事・副学長。11年がん対策推進協議会会長。12年がん研究会理事・有明病院院長。15年日本臓器移植ネットワーク理事長。16年堺市立病院機構理事長。17年日本医学会連合/日本医学会 会長。

日本の医学界を代表する学術団体である日本医学会が、日本医師会の組織の一部であることに疑問を感じ、長年にわたって改革に取り組んできたのが、現在、日本医学会連合会長を務める門田守人氏だった。日本医学会と日本医学会連合の関係や、今春スタートした新専門医制度など、門田氏が関わってきた改革について、大局に立った話を伺った。

——「日本医学会連合」と「日本医学会」の関係を分かりやすく説明していただけますか。

門田 機会があるごとに話しているのですが、名前が二つあっても、別の組織が二つあるわけではなく、実態は一つです。それを理解してもらうためには、歴史を振り返る必要があります。日本医学会がスタートしたのは1902年で、当初は日本聯合医学会という名前でした。1910年に日本医学会と改称し、ずっと活動を続けてきたわけです。それとは別に、全国組織としての日本医師会(日医)は1916年に設立されて活動を始めています。戦後の1947年、それまでの日医はGHQ(連合国軍最高司令官総司令部)によって解体させられ、任意加盟の一般社団法人として再出発します。その際、GHQは日医に学術的な要素を持たせる必要があるとして、学術団体の日本医学会を日医に合流させることにしたのです。そのため日医の定款に、「本会に、日本医学会を置く」と書き込まれることになりました。つまり、終戦直後の時期に、GHQの指導によって、日本医学会は日医の組織の一部となってしまったわけです。この状態がずっと続いてきたのですが、2006年頃から、日本医学会のあり方を見直そうという動きが現れてきました。日本医学会は日医から独立して法人化すべきとの意見が出てきたのです。話し合いを進め、そうなるはずだったのですが、最終的には日医が定款を変えられなかったため、日本医学会はこれまで通り日医の中に置かれたままになりました。その結果、それとは別の団体として、2014年に一般社団法人日本医学会連合が誕生することになったわけです。実態は一つの組織ですが、法人格を持つ日本医学会連合と、日医の中に置かれた日本医学会という二つの名称があるということです。法人格が必要な活動は日本医学会連合として行いますし、日医と協力して行うような活動なら、日本医学会が行うことになります。

日医の定款を変えずに法人格を取得

——日医に組み込まれて何十年もたってから独立の動きが出てきたということですか。

門田 私は10年余り前、2006年に日本外科学会の会長に就任したのですが、その時に日本医学会と日医の関係を知って、おかしいのではないかと言い始めたわけです。それまで60年以上も放置していたのも問題だと思います。

——日医が定款を変えなかった理由は?

門田 私自身が2010年に日本医学会の副会長になり、いろいろ話し合いを重ねてきました。紆余曲折はあったものの、とにかく独立した組織にということでまとまり、2011年、12年と日医の執行部の方達も、徐々に理解を示してくれるようになっていたのです。定款を変更してもいいのではないか、お互いに独立した組織として協力し合っていくということでいいのではないか、という方向になっていたのです。日医は2013年に公益社団法人となっていますが、この時から定款を変更する作業が始まりました。ところが、日医で定款を変更する委員会が開かれると、地方の医師会の代議員の皆さんは、そんな話は聞かされていないということで、認められないということになってしまいました。話し合いを重ねて執行部からようやく得た合意が、認められないということになってしまったわけです。

——それでやむなく日本医学会連合として法人化したのですか。

門田 日医側の都合によって定款変更ができなくなったわけですが、日本医学会は2013年時点で、翌年には法人化することを評議員会(総会)で決定していました。日医からは、定款変更ができないから法人化を待ってほしいという意見が出てきました。しかし、学術団体である日本医学会は、とにかく法人格を有する組織を作っていく必要があるとして、日医の定款を変更しなくてもできる方法で、なんとかしようということになったわけです。こうして、日本医学会連合という名称で法人格を取得することになりました。日医の定款に「本会に、日本医学会を置く」とある以上、日本医学会の名称は使えないので、「連合」を付けたのです。100年余り前に日本聯合医学会と称していたこともありますし、学会の連合体であるのは事実ですから、連合と付けることにしました。

——新しい組織ができてもやることは変わらないということですか。

門田 基本的にはそうです。学術団体として活動していくということで、日医と協力してやってきたことは、将来的にも変わりません。

——実体は一つとのことですが、役員は?

門田 日本医学会連合には、法人法に基づいて、会長、理事、監事などが必要になります。日医の中にある日本医学会は任意団体ですから、そういった決まりはなく、昔から会長、副会長、幹事という役職でやってきました。日本医学会連合の理事と監事は、日本医学会では幹事として物事の決定に当たっています。役員に関しても、同じ人が少し役職名を変えてやっているということです。


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