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多剤対策チームの鍵を握る「薬剤師」

多剤対策チームの鍵を握る「薬剤師」
薬物有害事象を防ぎ、 残薬を減らし、薬剤費を抑制する

医療費の約 20%を占める薬剤費の膨張は、日本の公的医療保険制度の危機的要因の一つである。

 それだけでなく、病院経営にとっても、薬剤購入費の増加はマイナス要因である。ポリファーマシー(多剤処方)対策には、院内の薬剤師を中心としたチームの存在が欠かせない。

 多剤併用とも訳されるポリファーマシーには、実は明確な定義はないが、おおむね5種類以上を指すことが多い。根拠としては、5剤を境として、機能低下、脆弱性、転倒、死亡が多くなり、薬物有害事象も増えるという報告があるためだ。院内で発生すれば医療事故に繋がるため、リスクマネジメントの観点からも対策は重要である。

 とりわけ75歳以上の高齢者で、ポリファーマシーの問題は深刻になる。かつて、東京大学医学部附属病院老年病科が実施した調査(1995年11月〜98年4月)では、入院症例517例で、加齢と共に有害事象が増加していた。

 日本老年医学会の『高齢者の安全な薬物療法ガイドライン2015』によれば、高齢者で薬物有害事象が増加する要因には、まず、疾患上の要因がある。複数疾患を有することで多剤併用や併科受診が増える。慢性疾患が多く、長期服用が増える。症候が非定型的なため、誤診に基づく誤投薬、対症療法による多剤併用も生じる。

 次に、機能上の要因もある。臓器予備能の低下(薬物動態の加齢変化)していることで、過量投与が生じる。認知機能や視力・聴力の低下は、アドヒアランス(患者が治療方針の決定に賛同し、積極的に治療を受けること)の低下を招き、誤服用、症状発現の遅れに繋がる。さらに、社会的要因として、過少医療により投薬中断が起こることもある。

 この中で、最も重視すべきは、加齢に基づく薬物動態の変化で、それに伴い服用薬剤数が増える。薬物動態には、臓器予備能の低下が大きく関わり、とりわけ腎機能が低下すると、腎血流量が顕著に減少してクリアランス(浄化率)が変化することの影響を受ける。

全国でも例のない「ポリファーマシー外来」

 東京大学医学部附属病院をはじめとして、入院中の薬剤適正化に率先的に取り組んでいる病院がある。その一つ、国立病院機構栃木医療センターでは、全国でも例のない「ポリファーマシー外来」を開設している。

 同院では2014年、生活習慣病薬を中心に14剤を服用していた患者が、入院中に意識障害を起こし、院内で死亡する事故があった。この再発予防を目指して、医師、薬剤師、看護師、事務員などで、ポリファーマシー対策のチームを結成した。

 2015年に開設した同外来の目的は、入院患者を守るために、患者が日頃から服用中している薬を見直し、副作用や組み合わせの問題をチェックし、より有効で安全な治療を検討することである。週2回実施し、1人の患者に30分から1時間ほどかけて、じっくり話を聞き健康状態を調べる。

 日頃、その患者を診ている院外の医師が複数人いて、多剤処方になっていることも少なくないため、元の主治医から処方の情報提供を受ける。それに基づき、チームの内科医らが入院中の患者の検査値などと照らし、薬剤師とも相談しながら整理していく。運用から1年間で47人が受診し、平均9剤服用していたのを5剤に減らすことができた。最も減少したのは睡眠薬だった。削除できた薬剤費は47人分合計で年間約900万円、1人当たり20万円近い。

「ポリファーマシー削減チーム」も登場

 国立長寿医療研究センターでも熱心にポリファーマシーの問題に取り組んでおり、2016年、「ポリファーマシー削減チーム」(2017年からは高齢者薬物療法適正化チーム)を立ち上げている。医師、薬剤師、看護師、管理栄養士、言語聴覚士などが参加しているが、取りまとめ役は、薬剤師が担当。多職種の意見を調整して、主治医に伝える役割を担う。

 入院から退院まで、チームの薬剤師の業務は幅広い。まず、患者の入院時に情報収集を行って、対象となる患者のスクリーニングを行う。具体的には、持参薬をチェックして、65歳以上で2週間以上入院、6剤以上内服で積極的削減対象薬2剤以上、という条件を満たす患者を選び出す。

 積極的に削減の対象なる薬の基準は、STOPP-Jの潜在的に不適切な処方、同種同効薬の重複投与、対症療法薬の重複投与である。STOPP-Jとは、日本老年医学会の『高齢者の安全な薬物療法ガイドライン』に掲載された、高齢者の処方適正化スクリーニングツールであり、「特に慎重な投与を要する薬物」と「開始を考慮するべき薬物」のリストがある。患者と面談して、薬歴・服薬管理に関する詳細な聴き取りを行う。これらの情報を総合して、薬物有害事象を評価した後、多職種でカンファレンスを行い、総合的な処方見直しを提案する。

 多職種が参加していることで、非薬物療法の提案もある。管理栄養士からは食事など栄養面からのアプローチ、理学療法士からは生活指導などについても提案がなされることがある。カンファレンス後はチームの意見を集約し、情報に基づき、主治医と担当薬剤師が処方変更すべきかを検討する。実際に減薬が行われた場合、その影響についても経過観察を行い、減薬による有害事象の有無を評価。これらは、かかりつけ医へもフィードバックされる。

 チーム立ち上げ後、平均で3剤以上の削減に成功。全体の削減薬は101剤で。その4分の1を占める循環器系薬(降圧薬、スタチン、抗血小板薬など)27剤と最も多く、胃腸薬(プロトンポンプ阻害薬、消化酵素薬など)、糖尿病薬、精神神経用薬などが、これに続く。

 厚生労働省の高齢者医薬品適正使用検討会(座長=印南一路・慶應義塾大学総合政策学部教授)は今年3月に「高齢者の医薬品適正使用の指針」をまとめた。また、「高齢者の多剤処方見直しのための医師・薬剤師連携ガイド」も作成されており、多剤処方の見直しにとって、有用なツールとなる。

 日本老年医学会の新版『高齢者の安全な薬物療法ガイドライン』の注意点は、STOPP-Jに加えて、「薬剤師の役割」という項目が新たに設けられたことだ。

 ポリファーマシーには、単に薬剤費が膨らむだけでなく、多剤になることで飲み残し(残薬)が増えるという側面もある。日本薬剤師会の推計によると、在宅の75歳以上の高齢者だけで、残薬は年間およそ475億円分に上る。ポリファーマシー対策は、自院を守り、患者を守り、国家を守る取り組みだと認識し、各医療機関が率先して取り組む必要がある。

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