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未来の会

「児童虐待事件」を防ぐために医療機関ができる事

「児童虐待事件」を防ぐために医療機関ができる事
医療機関は「子供の命を救う砦」でありたい

 あまりにも痛ましい事件が起きた。東京都目黒区のアパートで今年3月、継父からの暴行を受けた5歳女児の命が奪われた。警視庁捜査1課は6月、衰弱した女児を放置して死亡させたとして、保護責任者遺棄致死容疑で、継父の無職、船戸雄大被告(33歳)=傷害罪で起訴=と母親の優里容疑者(25歳)を逮捕。死亡した結愛(ゆあ)ちゃんは体重約12㌔と、5歳児の平均約20㌔を大きく下回っており、全身にあざや足の裏にもしもやけの痕があったという。最悪の事態が起きる前にできることはなかったのだろうか。

 事件が明るみに出たのは今年3月2日。継父から殴るなどの暴行を受け、そのまま放置された結愛ちゃんが意識をなくし、病院に運ばれたことがきっかけだ。結愛ちゃんは低栄養状態などで起きた肺炎による敗血症で死亡。翌3日に継父の雄大容疑者が傷害容疑で逮捕された。雄大容疑者は結愛ちゃんに暴行したことを認め、「虐待がばれると思い、病院に連れて行かなかった」などと放置した理由を供述しているという。

踏み込んだ対応取れない児相の事情

 結愛ちゃんが香川県善通寺市から事件現場となったアパートに引っ越してきたのは今年1月。虐待は以前から行われていた。2016年12月には結愛ちゃんが顔から出血した状態で外に出されているのが発見され、香川県の児童相談所(児相)に一時保護された。翌年2月に一時保護は解除されたが、翌月にも再び、結愛ちゃんが家の外に放置されているのが発見され、2度目の一時保護となった。7月に一時保護は解除されたが、12月に雄大容疑者は東京へ引っ越し、後を追うように優里容疑者ら一家が今年1月に東京都目黒区に転居した。

 社会部記者によると、結愛ちゃんは1月下旬ごろから十分な食事を与えられていなかったとみられ、朝はスープ1杯、昼と夜は茶碗に白米少しだけ、という日もあったという。

 今回の事件が特に驚きを持って受け止められたのは、結愛ちゃんが残したノートの一部を警視庁が明らかにしたためだ。

 「ママ もうパパとママにいわれなくても しっかりじぶんから きょうよりか あしたはもっともっと できるようにするから もうおねがい ゆるして ゆるしてください おねがいします ほんとうにもう おなじことはしません ゆるして きのうまでぜんぜんできてなかったこと これまでまいにちやってきたことを なおします これまでどんだけあほみたいにあそんだか あそぶってあほみたいだからやめる もうぜったいぜったい やらないからね ぜったい やくそくします」

 平仮名で書かれたたどたどしい文章。4月には小学生になるはずだった結愛ちゃんは、自分で目覚ましをセットして午前4時に起床し、雄大容疑者の命令で平仮名の練習をしていたという。わずか5歳の子供が残した悲痛なメッセージは衝撃を持って受け止められ、どうして事件を防げなかったのか、児相に憤りの電話を入れた人もいたという。

 社会部記者によると、香川県の児相は一家が引っ越すことを聞き、引っ越し先を尋ねたが回答を拒まれたという。調査の末、転居先が東京都目黒区であることを突き止め、同区を担当する品川児相に注意が必要な家庭であることを引き継いだ。

 情報を得た品川児相は今年2月9日に家庭訪問を行ったが、結愛ちゃんには会わせてもらえなかったという。遺体から、結愛ちゃんは継続的に虐待を受けていたことが分かっており、この時に児相職員が結愛ちゃんに会えていれば、虐待を見抜けた可能性もある。同月20日には結愛ちゃんが入学する予定だった小学校の説明会があったが、出席したのは母親の優里容疑者だけだった。

 なぜ児相は踏み込んだ対応が取れなかったのか。児相に取材をしたことがある全国紙記者は、児相はどこも圧倒的に人手が足りないと指摘する。「虐待の通報は年々増加しているが、通報内容は『近所から子供の泣き声が聞こえた』という程度のものも多い。その中から該当の家庭を特定し、虐待かどうかを判断するにはマンパワーと時間が必要だ」(同記者)という。

 一時保護を行うにしても、里親や施設などの受け入れ先が見つからなければ、児相で預かることになる。家庭に返して良いのかの判断や、養育を希望する里親との相性を見極めるなど、職員は多岐にわたる業務を担っている。

 虐待の恐れが高いとされる家庭への訪問についても、児相は警察の捜査のような強制権を持ちながら行使することは少ない。「児相職員は、保護した子供を再び家庭に返し、家族を再統合していこうと考える。こうした過程でかぎとなるのは親との信頼関係。強引に家に押し入るやり方では、緊急性の高いただ1回に対応できても、その後の信頼構築にマイナスになる」(関東地方の児相関係者)というのが理由だ。

発覚を恐れ病院に連れて行かない親

 では、医療関係者はどうか。結愛ちゃんを病院に連れて行かなかったことについて、母親の優里容疑者は「(虐待が発覚して)自分の立場が危うくなる」などと供述しているという。関東地方の小児科医は「虐待を受けて負ったであろう怪我を見つけて問い詰めても、『やりました』と答える親はほぼいない」と話す。昼間の診察時間内ではなく、夜間の救急外来に両親がそろって訪れることも多く、「おかしなことをしないか見張られているように感じた」という医師もいる。

 児童福祉法などに基づき、全ての国民は児童虐待が疑われる子供を見たら児相へ通告(通報)する義務がある。全身を見せることを拒んだり、説明と怪我のつじつまが合わなかったりといった不審点があれば、多くの医療機関は虐待の恐れがあるとして児相に連絡を入れる。児相は誰からどんな通報があったかを本人に明かすことはないが、子供が外部の人の目に触れることが虐待発覚のリスクだと感じた親は、病院や学校などに行かせなくなる。

 今回の事件でも、雄大容疑者との間に生まれた優里容疑者の2番目の子供と3人で出掛ける姿は近所の人に目撃されていたが、結愛ちゃんが目撃されることはなかった。雄大容疑者は引っ越しの理由を「仕事を探すため」と話していたというが、虐待をしていることが知られた田舎を避け、人間関係が希薄な都会に移り住んだ可能性もある。寒空の下、結愛ちゃんを放り出したのも、第三者に見られる道路ではなく自室のベランダだった。

 今回の事件を受け、警察と連携して強制的に虐待の調査を進めるべきだという意見も多い。ただ、外堀を固めることで虐待が見えにくくなり、手遅れの状態に至ってしまう危険性もある。ある医師は「医療機関は子供の命を救う砦でありたい。通告はしないから、とにかく怪我をさせたらすぐに連れておいでと言ってあげたい」と苦しい胸の内を語った。誰もに共通するのは「二度とこんな悲しい事件を繰り返してはいけない」という思いだろう。

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