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未来の会

産むのは個人の選択と権利

産むのは個人の選択と権利

某政治家が結婚披露宴で祝儀を頼まれると、「ぜひ子供を3人以上作ってください」と話していると分かり、批判の声が上がった。

 ただ、それに対しては「めでたい披露宴の席で、新郎新婦へのはなむけとして『赤ちゃんを待っています』『たくさんの子供に囲まれて、にぎやかな家庭を』と話して何が悪いのか」と反論する声もある。

 これに関しては、答えははっきりしている。「いくら悪意がなくてお祝いのつもりでも、今の時代、子供の数などを示すのは言い過ぎ」ということだ。

一つの人権として作られた世界基準

 「リプロダクティブ・ヘルス/ライツ」という言葉を知っているだろうか。言うまでもなく「リプロダクション」とは生殖の意味だが、「リプロダクティブ・ヘルス/ライツ」は日本語では「性と生殖に関する健康・権利」と訳されている。1994年にエジプトのカイロで開かれた国際人口開発会議(ICPD)で提唱された概念だから、もしかすると医師でも知らない人がいるかもしれない。

 では、国際人口開発会議でこの概念はどう定義されたのか。

 厚生白書より引用しよう(平成7年版)。

 「リプロダクティブ・ヘルスは、人間の生殖システムおよびその機能と活動過程のすべての側面において、単に疾病、障害がないというばかりでなく、身体的、精神的、社会的に完全に良好な状態にあることを指します。したがって、リプロダクティブ・ヘルスは、人々が安全で満ち足りた性生活を営むことができ、生殖能力を持ち、子どもを持つか持たないか、いつ持つか、何人持つかを決める自由を持つことを意味します」

 「リプロダクティブ・ライツとは、国内法・国際法および国連での合意に基づいた人権の一つで、すべてのカップルと個人が、自分たちの子どもの数、出産間隔、出産する時期を自由にかつ責任をもって決定でき、そのための情報と手段を得ることができるという基本的権利、ならびに最高水準の性に関する健康およびリプロダクティブ・ヘルスを享受する権利です」

 つまり、カップルや個人が子供を「持つか持たないか、いつ持つか、何人持つか」は、あくまで自分達で決定すべきであり、周りがそれに口を出すべきではない、ということを世界のスタンダードにしよう、ということだ。

 もちろん、現実的にはそれをすぐに実現するのは難しい。

 例えば、歌舞伎役者の家では父親の名跡を告げるのは息子だけなので、結婚した女性は「早く跡取り息子さんが生まれるといいですね」と周りから常に言われるだろう。「産むかどうかはリプロダクティブ・ライツの問題なので、自分で決めます」とはなかなか言えないはずだ。

 開業医の場合、家業を継ぐのは息子ではなくて娘でもよいわけだし、それ以前に「継ぐかどうかは子供の自由」と考える人も少なくないだろうから、子供達にはそれほどのプレッシャーはかかっていないと思う。

ストレスやプレッシャーを感じる女性達

 とはいえ、中には「どうしても私が作ったこの病院は、息子に継がせたい」と考え、妻に「頑張って男の子を産んでほしい」と話した、というドクターやその親族もまったくいないわけではないだろう。

 特に日本では、個人の権利という問題に対して欧米ほど敏感ではなく、いまだに「次は男の子を」「一人っ子じゃかわいそうだから、早く妹か弟を作ってあげて」などと女性に声を掛ける、という話を時々聴く。

 しかし、「早く子供を」「3人以上は産んで」と言われた女性としては、いくら相手が善意でそう言ったとしても、様々なストレスやプレッシャーを感じる。

 私がいる診察室にも、しばしばこの「リプロダクティブ・ヘルス/ライツ」の問題で夫やその親族、会社の上司などから心ない一言を浴びせられ、それによって傷つき、時にはうつ病などになった女性がやって来る。 

 中には、自分の体の問題や経済的事情で産みたくても産めない女性もおり、そうなると励ますつもりで「子供はたくさん産んで」と言ったとしても、それは立派なハラスメントということになってしまう。

 社会全体の価値観を変えるのは大変だが、せめて自分がハラスメントの与え手にならないようにすることはできる。

 この「リプロダクティブ・ヘルス/ライツ」に関しては、「どこまでがOK、どこからがNG」ではなくて、よほどのことがない限りは「子供を持つこと」をせかすような言い方はしない、「いつ作る予定か」「何人ほしいか」などと聞かない、としておいた方が良いのではないか。

 極端過ぎると思うかもしれないが、私としては「早くご両親に孫の顔を見せてあげて」などと言うのも控えた方が良いと思う。

 誤解のないように言うと、もちろん赤ちゃんが生まれた若い夫婦に「ご両親もさぞ喜んだでしょう」と伝えるのはまったく問題ない。

 このあたりは日本のメディアもまだ十分に理解できておらず、芸能人の結婚記者会見などでも平気で「お子さんはいつ頃?」「妊娠していますか」などと聞く記者がいて、ハラハラする。

 「昔は皇族のご成婚でも子供について尋ねたじゃないか」と言う人がいるかもしれないが、それはあくまで昔のこと。これからの皇族のご成婚の会見では、おそらく記者はその質問は少なくとも直接的にはしないはずである。

 いろいろな意味で社会の模範となることを求められるドクターの場合は、特にこの「リプロダクティブ・ヘルス/ライツ」にも意識的になり、これが国際人口開発会議で話題になった経緯なども勉強して、周りの人達にぜひ教えてあげるくらいになってほしいと思っている。

 また、そうやって「産むのは個人の選択と権利」という態度を皆が守った方が、そのストレスに苛まれずに妊娠、出産を考えようとする人が増え、むしろ少子化対策にもなるのではないか、と私は考えている。

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