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未来の会

化学及血清療法研究所

化学及血清療法研究所
「熊本ファースト」に引き回された再生劇で
 危ぶまれる「抜本的改革」

 血液製剤とワクチンのメーカー「化学及血清療法研究所(化血研)」の再生が決まった。明治グループ(明治ホールディングスと製薬子会社のMeiji Seikaファルマ)、熊本の地元企業7社、熊本県が共同出資する新会社「KMバイオロジクス」に化血研の事業を譲渡し、明治HDの子会社になって再出発するというものだ。

 化血研の血液製剤とワクチン事業、それに動物薬の3本の事業をそっくり新会社に移し、約1900人の従業員も新会社に移籍、新会社の本社も熊本のまま、という内容だ。変わるのは過半数には少し欠けるが、大株主になる明治HDの子会社になったことと、新会社のトップを含め取締役の過半数を明治グループ出身者が占めることだけである。

 2015年に内部告発で、化血研が長期間にわたり厚生労働省に届け出た製造法と違う製法で血液製剤を製造していたことが発覚。翌16年に過去最長の110日間の業務停止命令を受け、「抜本的改革」のために厚労省から事業譲渡を迫られてからざっと2年かかった。譲渡の中身は抜本的改革になっているのだろうか。

迷走続きだった事業譲渡問題

 化血研の木下統晴理事長は昨年12月13日、明治HDの松尾正彦社長と熊本県庁を訪れ、蒲島郁夫知事を表敬訪問した時、「やっとトンネルの先に光が見えた」と語った。実際、化血研の事業譲渡問題は迷走続きだった。厚労省に届け出ていた製法とは異なる方法で製剤化していたことが発覚したのが15年春。厚労省の立ち入り検査で、長年にわたり違法製造をしていたこと、さらに届け出に記載のない血液凝固阻止剤「ヘパリンナトリウム」を加える方法で血液製剤を製造していたことも明るみに出たばかりか、通常の立ち入り検査に備えた製造記録を作っていた二重帳簿も発覚。せめてもの救いは製品による健康被害がなかったことで、これでも病気の予防、治療薬を製造する製薬会社なのかという実態だった。

 110日間の業務停止命令を受け、化血研は日本製薬工業協会から除名処分を受けたが、当時の塩崎恭久厚労相が「製造免許取り消し処分に相当する」と激怒し、抜本的改革を促すために事業譲渡を迫ったのも当然だ。

 譲渡先には化血研の血液製剤の販売を担っていたアステラス製薬に白羽の矢が当たり、同社との交渉が始まった。途中、熊本地震が起こり、施設が被災するという被害が出て、交渉が一時中断する一幕もあったが、アステラスとの交渉は混迷するばかりで、結局、破談になった。原因は、蒲島知事が「化血研は『熊本の宝』です」と評する

〝熊本ファースト〟〝化血研ファースト〟の発想だ。

 アステラスが考える事業譲渡案は化血研の不採算事業から撤退し、利益の上がる企業に変えることだった。そのためのリストラを要求したことに対し、化血研はあくまで「従業員約1900人の継続雇用」「血液製剤、ワクチン、動物薬の3事業の存続」「本社は熊本」の3条件を主張した。

 蒲島知事はいみじくも「化血研は熊本で国内有数の企業としての地位を築き上げた熊本の宝だ」と語った。譲渡という言葉は受け入れても、今までと同じ化血研を受け入れることしか容認できないのである。3条件は一切譲れないという態度だった。熊本弁で頑固のことを〝肥後もっこす〟というが、3条件に固執する姿勢は熊本県民気質を表わしていた。アステラスへの事業譲渡が破談になったのも当然である。

 この肥後もっこすの背景には、化血研の歴史がある。化血研は熊本大学医学部の実験医学研究所を母体にして発足した財団法人である。さらに、歴史を紐解けば、生みの親である熊本大学医学部は江戸時代の宝暦6年(1756年)、6代藩主、細川重賢が創設した日本最初の公立医学寮に始まり、明治時代には政府により廃止されるが、その後、熊本医科大学として再興されたという歴史的自負がある。化血研社内では「昇進試験」があり、それに合格しなければ昇進できないという旧熊本医大時代のような人事制度さえあったという。

 蒲島知事は、熊本で生まれ、熊本で育った化血研を分解し、会社をよそに移すという事業譲渡は許せなかったのだ。加えて、製造停止処分が同社の35製品のうち、他社製品でカバーできる8製品にすぎなかったことから分かるように、化血研には〝不可欠の存在価値〟があるという意識がある。そのこともあり、厚労省が促す事業譲渡には消極的だった。

 むしろ、時間稼ぎをしていた節さえある。当時、塩崎厚労相は110日間の業務停止期間が終わる16年5月6日までにアステラスへの事業譲渡が決まることを望んでいた。ところが、4月に熊本地震が起こったこともあり、アステラスと化血研とは合意に至らなかった。

 不祥事で引責辞任した宮本誠二理事長に代わり、8月に近畿大学薬学総合研究所所長だった早川堯夫氏が新理事長に就任したが、態度は変わらなかった。むしろ、「事業譲渡を進める合理的根拠が見当たらない。事業譲渡には慎重を期す必要がある」という文書を厚労省に送付したほどだ。こうした経緯でアステラスは協議を打ち切った。

理事による「理事長解任劇」も勃発

 むろん、業務停止期間終了後も化血研の製造ラインは動かなかったし、10月中旬に公表された厚労省の「ワクチン・血液製剤産業タクスフォース」がまとめた提言は事業譲渡を見越したものだっただけに、笑い物になるようなことになってしまった。その上、内閣改造で厚労相は加藤勝信厚労相に替わった。化血研の粘り勝ちである。

 しかし、厚労省と対決姿勢になったことから、今度は化血研の中が混乱。昨年5月、3人の理事のうち旧明治製菓(現Meiji Seikaファルマ)出身の木下統晴理事とアステラス出身の藤井隆理事の2人が監事を抱き込み、早川理事長に解任を通告、「一身上の都合」として理事長を辞任させた。厚労省も製薬関係業界も1年以上にわたって「熊本ファースト」に引き回されたのである。

 こうした混迷の末、化血研は明治HDを事業譲渡先に選定し、交渉を始めた。木下理事長は熊本大学大学院薬学研究科を修了し、明治製菓に就職。Meiji Seikaファルマ執行役員の後、2012年に退社。薬事コンサルタントに転身していた16年6月に化血研理事に迎えられた。明治HDに近い立場であると同時に、自ら「生まれは福岡で、明治製菓で製造販売を手掛けたが、心は熊本だ」と語り、熊本を強調する顔を持つ人物である。この二面性からは明治HDに事業譲渡させようとしていたようにも見える。

 ともかく、明治グループとの交渉でまとめた事業譲渡は、前述の3条件を丸のみした上での明治HD傘下入りだ。仕組みは、化血研の事業を承継する新会社を設立し、新会社の全株式を500億円で売却する株式譲渡方式。新会社には、明治グループが49%(明治HD29%、Meiji Seikaファルマ20%)、地元企業7社が49%、熊本県が2%の割合で350億円を出資する。地元企業7社は化粧品通販会社の再春館製薬所、肥後銀行、学校法人君が淵学園、えがおホールディングス、富田薬品、熊本放送、テレビ熊本である。

 新会社の資本金では不足する買収代金を銀行から借りることになるが、木下理事長は「17年3月期の化血研の売り上げは最盛時の半分の267億円だが、現在の金利は低いし、3事業が正常に戻れば十分、返済は可能だ」と語っている。

 万一、返済が滞るようなら、明治HD向けに第三者増資を実施し、明治HDが過半数の株式を保有することも想定できる。明治HDにとっては血液製剤とワクチンという安定的な事業を手に入れられるのである。その橋渡し役が木下理事長ということになる。

 厚労省の薬事・食品衛生審議会血液事業部会で木下理事長が事業譲渡を説明した時、委員の間から、血液製剤の安定供給の観点から特定地域へのこだわりを疑問視する意見が出た。これに対し、木下理事長は「日本血液製剤機構が北海道に、日本製薬が本州に工場がある。化血研が九州の熊本にあることは、かえってリスクを分散できるし、お互いに助け合うことができることになる」と反論。熊本ファーストの顔を見せて批判をかわして見せた。

 さらに、大手新聞社出身の委員から出資する地元企業7社にテレビ局2社が入っていることで癒着が生じ、事業の透明性を確保できるかという懸念する意見が出た。しかし、木下理事長は「化血研は提案された側であり。コンソーシアム案の構成についてあれこれ口出しすることはできない」と突っぱねた。さながら厚労省も委員達も手玉に取られたかのようなのだ。

製薬事業に求められる「国民ファースト」

 明治グループと地元企業7社グループともに過半数を握れない仕組みで、蒲島知事が「2%の出資でも県は扇の要のようなもの」と言ったように、熊本県の支持を取り付けなければ、明治グループも地元企業連合側も勝手な経営はできない。

 だが、そのバランスがいつまで続くかは保証できない。前述したように、金融機関からの融資返済に支障が起こった時には、明治HDに頼ることになりかねず、事業に支障が起こることもある。

 例えば、血液製剤の製造で日本赤十字社から購入する18年度の原料血漿価格は昨年度より1㍑当たり800円を超える値上がりになった。値上げは日赤の構造にも問題があるが、その一方で薬価は下がっている。化血研の3事業がいつまでも安泰とはいかないかもしれない。

 そうした時に頼れるのは明治HDということになる。事業譲渡を発表した時、明治HDの松尾社長は「不採算だからといって、必ずしもやめることにはならない。不採算でも必要な製品はある。精一杯努力する」と慎重な言い回しだったが、明治HDにとっては熟柿を待っていれば良い、ということになる。

 化血研問題は「熊本ファースト」に散々振り回された。熊本側の雇用確保、重要企業という気持ちは分からなくはないが、製薬事業は医療の一端である。熊本ファーストではなく、「国民ファースト」でなければならない。

COMMENTS & TRACKBACKS

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  1. 逆にいえば、三条件を撤廃すれば国民ファーストになるのか?
    化血研や知事が三条件に固持していたのは分かるが、それを国民よりも熊本ブランドを優先しているというのは単なるこじつけに過ぎない。
    アステラスとは不採算事業の撤退、化血研は従業員の確保が記事内での破談に至った要素であるようだが、従業員の確保することが国民をないがしろにしているのか?熊本に本社を置くことにしても国民への責任とは何ら関係性もない。むしろ化血研は理事長辞任についての説明責任を完遂することの方が国民ファーストにつながると思う。

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