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未来の会

「医師の働き方改革」論議で医療側と労組側が対立

「医師の働き方改革」論議で医療側と労組側が対立
残業規制強化が地方の医師不足に拍車を掛ける懸念も

 「働き方改革」を掲げる安倍政権は、柱の一つに「長時間労働の是正」を掲げる。ただし、医師に関しては正当な理由なく診療を拒むことを禁じた医師法19条の「応召義務」があるとして、残業規制の強化を5年間猶予した。

 これを受け、厚生労働省は8月、2018年度末までに医師向けの新たな規制案を練るべく専門家による検討会をスタートさせたものの、↘規制強化を求める労働組合側と、自主性を重んじる医療側の意見がのっけから対立し、着地点を探るのが難しいことを印象付けた。

 医師の「働き方改革」に関する検討会の初会合が8月2日、厚労省であった。残業時間の上限規制を巡り、労働組合の委員は「特殊性があるとはいえ、医師も労働者。業務改善の知恵を出し合うべきだ」(村上陽子・連合総合労働局長)などと述べ、罰則付きの上限規制を医師にも適用すべきだと訴えた。

 一方、医療関係者の委員からは「『誰でもどこでもいつでも』という医療提供体制が変化してしまう」(市川朝洋・日本医師会〈日医〉常任理事)、「大学病院では診療と研究、教育がモザイク状に入り混じり、切り分けは難しい」(山本修一・千葉大学医学部附属病院病院長)などの慎重論が相次いだ。

 規制強化に否定的なのは、病院長など医師を管理する側ばかりではなかった。猪俣武範・順天堂大学医学部附属順天堂医院医師ら勤務医の立場で参加する委員も「自己研鑽が重要で、画一的な上限規制をすべきではない」などと主張し、労働側委員と相容れない格好となった。

 広告会社の電通に勤務していた女性が過労から自殺した問題を機に、日本人の「働き過ぎ」に焦点が当たり、安倍政権は今年3月、罰則付きの残業上限規制案をまとめた。労使で協定を結んだ場合でも、残業は「月平均60時間、年間720時間」を上限とする一方、繁忙期は特例で「月100時間未満」を認めることが柱。厚労省は秋の臨時国会に労働基準法改正案を提出する。

 ただし、現在、残業上限規制の適用除外となっている建設、運輸業とともに、医師も業務の特殊性から5年の猶予が設けられた。その間に、具体的な規制策を検討するというわけだ。

応召義務と使命感の〝呪縛〟

 医師の過労は、指摘されるようになって久しい。約1100人の勤務医から回答を得た厚労省の調査(昨年6月)によると、1カ月の残業時間が20時間を超す人は5割を占めた。50時間超も2割を上回り、「過労死ライン」の80時間超という人も6・8%いた。また、厚労省研究班の調査では、20代の男性勤務医の勤務時間は、当直や急患に備えた待機を含めて週平均で76時間を超していた。

 16年度、過労死や過労自殺(未遂含む)で労災認定された医師は4人。今年5月、労働基準監督署は過労から昨年1月に自殺した新潟市民病院の研修医、木元文さん(当時37歳)の労災認定を認め、「医師の働き過ぎ」に改めてスポットライトを当てた。木元さんのうつ病発症1カ月前の残業時間は、160時間超という過酷なものだった。最長だった15年8月は251時間に上ったという。

 こうした医師の長時間労働の背景には、本人が病気の時などを除いて急患を断れない応召義務を負っている上、使命感から「長時間労働は当たり前」と考える医師が少なくないことがある。医師の残業時間規制に対し、日医の横倉義武会長は「医師が労働者と言われると、少し違和感もある」と言い、「患者の状態が悪くなった時、放っておけないのが医師。罰則を与えるのか、応召義務を外していいのか、大変な議論になる」と話している。

 これまで、政府も無策だったわけではない。外来患者の大病院への集中が勤務医の疲弊を招いているとして、開業医の紹介状なく大病院を訪れる患者の自己負担を増やしてきた。診療報酬に「総合入院体制加算」を設け、①医師の勤務状況に改善提言をする責任者の配置②特定の人に業務が集中しない勤務体系の策定③当直日の翌日は休日に──といった、勤務医の負担軽減を図っている病院を優遇してきた。医師を書類作成などの作業から解放するため、事務職の「医療クラーク」を雇う際の算定も認めた。

 個別に対策に取り組む医療機関も各地で出てきた。東京・中央区の聖路加国際病院は当直医師の数を減らし、残業時間が月45時間になるよう抑えている。6月からは、土曜日の外来受付を一部取りやめている。

医療事故の多くは医師の過労が原因

 それでも、全体ではなかなか改善しないのが実情だ。かつての厚労省内では、旧労働省側が規制強化を主張するのに対し、旧厚生省側が慎重姿勢を崩さず、当時の大臣が「省内がまとまらないのでは、話にならん」とぼやく場面も見られた。

 とはいえ、医療事故の多くは医師の過労が原因でもある。患者の安全のためにも、医師の負担軽減は避けて通れない。

 「医師が疲弊しないシステムを確立しなければならない。一方で、医師の特殊性も踏まえて検討する必要がある」7月31日、この日発足した厚労省の「医師の働き方改革推進本部」の会合で、トップの鈴木康裕・医務技監はこう指摘し、医師の労働時間規制の難しさを口にした。女性医師が増え、若い研修医の働き方に対する意識が昔と変わってきている

ことなども考慮していくという。

 厚労省は専門家による検討会と並行し、同本部でも医師の残業規制策や勤務環境の改善策、診療報酬での手当てを検討していく考えだ。具体的には、チーム医療体制の強化や、研修を受けた看護師ら他職種の人に仕事を振り分けることなどをどうやって促進するかを検討する。

 ただ、医師の偏在が進む中、医師の多い都市と、少ない地方に同じ規制をかけた場合、地方の医師不足に拍車を掛けかねないといった問題もある。医療関係者の間には「交代要員の確保を考えても、医師の絶対数を増やさない限り話は進まない」(若手勤務医)との声も出ている。

 2000年代初め、妊婦のたらい回しといった地域の医療崩壊が問題化し、政府は「地域枠」の設置などで医学部定員を微増させてきた。しかし、「医師不足は医師の偏在が原因」と主張する日医の意向もあり、抜本的な増員には否定的だ。

 厚労省幹部は「残業時間の規制を強化するだけでは、急患に対応出来なくなりかねない。かと言って、医療費が厳しい中、医師をどんどん増やすのは不可能で、とても悩ましい」と、ため息をつく。

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