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分科会第2回

第1回 死に方について考える

第1回 死に方について考える

 初めまして。南淵明宏先生の後を引き継ぐ形で連載を担当させて頂きます。これまで単発の原稿は経験があるのですが、連載は初めてで不安いっぱいのスタートです。私は現在、神奈川県医師会、神奈川県病院協会の理事に就いています。個人的には湘南地域で病院、在宅医療、介護老人保健施設、有料老人ホームなどを手掛けています。

 タイトルの『生老病死』とは、仏教用語で「人間は避けることの出来ない四つの苦しみがある。生きる苦しみ、老いる苦しみ、病む苦しみ、死ぬ苦しみ」という意味です。これをベースに医師として人間としての経験を加えて執筆していければと思います。

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 医学生の頃、「子連れ狼」という一匹狼の刺客とその息子を主人公とした時代劇にはまったことがあった。萬屋錦之介が主演してテレビの連続ドラマにもなったので、覚えている人も多いだろう。その中の一話に「無念首」と「従容首」というくだりがあった。侍が死ぬ時、すなわち切腹の際、当然その時に首を討たれるのだが、前者は強要された無念の死、後者は全てを受け入れた納得の死である。

 日本は今「多死の時代」に入り、年間約130万人が亡くなっている。そのうち約80%が病院死で、自宅死は20%にも満たない。60年前は全く逆で、自宅死が約80%だった。私の4人の祖父母は全て自宅死であり、4人とも今思えばいい顔をしていた。まさに「従容たる死」だった。だが、両親、叔父叔母達は全て病院死で、家へ帰りたかったであろう。ある意味「無念の死」と言っていいだろう。

 自分が医師になって約40年、在宅医療を始めて20年以上、年間100例以上の患者を看取っている。看取りには大別して突然死と自然死の二つがある。在宅医療を受ける患者は基本的に通院困難で高齢者であることが多い。

 突然死の死因は心疾患、脳血管障害、呼吸器疾患、入浴中溺死、窒息などがある。患者は家族の判断で救急搬送されたり、独居の場合は警察絡みの案件となったりすることもある。

 自然死とは死が近づいた時、医師から余命宣告されるようなケースである。家族に見守られて線香花火が消えるように息を引き取るケースは10%以下であると断言出来る。

 自然死間近で、食事が取れなくなった時、主に三つのケースがある。

 ①家族は胃ろうや胃管による栄養補給を拒否するが、末梢点滴はやってほしいと要望してくる。しかし、これが曲者だ。在宅で連日の点滴管理は想像以上に大変だ。

 ②患者の嚥下機能が低下しており、医師が「経口摂取は無理」と説明しているのに、家族が食べさせてしまう。家族は、食べさせないのは餓死させることになり、虐待になると考えている。しかし、誤嚥は必発だ。誤嚥性肺炎を発症すれば、この段階で救急搬送になることがある。穏やかな死から一転、延命治療を受けることになる。

 ③何もせずに、そのまま見守る。私はこれを勧めるのだが、家族にもかなりの勇気が要り、複数の家族がいる場合は、全員の同意を得るのは至難と言える。同意が得られなければ、何らかの手法で延命を図るしかない。

 「地域医療構想」「地域包括ケアシステム」の名の下、在宅医療へのシフトやレベルアップが求められているが、肝心の看取りに対しての啓発や法整備が追い付いていない。

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