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過労自殺・残業代訴訟が動かす「医師の働き方改革」

過労自殺・残業代訴訟が動かす「医師の働き方改革」
療現場のサス残業う頼れなく

37歳の女性研修医は、家族を残して1人家を出ると、そのまま還らぬ人となった。新潟市民病院の後期研修医だった木元さんが自殺したのは過重労働が原因だったとして、新潟労働基準監督署は今年5月末、労災と認定した。これまでもたびたび「長時間労働」が指摘されてきた医師の働き方。診療時間や外来患者を絞るなどして対策を進める病院も出てきたが、どこまでが「仕事」で、どこまでが「自己研鑽」か、線引きは難しい。働き方改革が進む社会の流れに、医療界はどう向き合えばいいのか。

 悲劇は2016年1月24日夜に起きた。家族には何も告げずに家を出た木元医師は、自宅近くの公園に向かったようだ。翌朝、家族が木元さんを見つけた時には、もう冷たくなっていた。死因は低体温症で、遺体の近くには睡眠薬と飲み終えた酒があったという。

 これまでの報道によると、木元医師は看護助手として働きながら医師を目指した努力家だったという。28歳で新潟大学医学部に合格し、夢を叶えた。2年間の研修を終え、新潟市民病院で後期研修医として働き始めたのは15年4月から。しかし、帰宅が徐々に遅くなっていき、休日や夜間の呼び出しも増えた。秋頃からは体調を崩すようになり、家族に「病院に行きたくない」と漏らすこともあったという。

 木元医師の死後、遺族側が調べた電子カルテの操作記録では、木元医師の月平均残業時間は「過労死ライン」とされる80時間をゆうに超える約187時間。新潟市への情報公開請求の結果、木元医師と同じように80時間以上の残業をしていた研修医は30人以上に上った。つまり、同病院では医師の長時間労働が常態化↖していたのである。

 遺族は16年8月、新潟労働基準監督署に木元医師の労災を申請した。新潟労基署は今年5月末、木元医師の労災を認めた。さらに遺族は、新潟市に対しても長時間労働の改善を求めた。

勤務時間の見解分かれる医師の仕事

 労働問題に詳しい記者が解説する。「遺族と病院との話し合いの中で顕在化したのが、『カルテの操作時間は勤務時間なのか』という問題だった。病院側は当初、電子カルテを操作していたのは木元医師が勉強をしていたためとして、労働時間には当たらないと主張していた」。

 同様の議論は、医師の当直を巡っても繰り返しなされてきた。宿直勤務として病院に泊まっても、仮眠している時間は労働に当たらないのか、いつ起こされるか分からない仮眠と、その間はしっかり眠れる仮眠とは違うのではないか。さらに、遠出が出来ず常に電話を受けられる状態にないといけない「オンコール」はどうかなど、統一見解は無い。

 新潟市民病院の例では「カルテの操作時間」が勤務時間かで見解が割れたが、同種事例は枚挙にいとまが無い。都内の大学病院に勤める40代の外科医は「外科の世界では休みも出勤して、入院患者の見回りなどをして上司の覚えをめでたくするのが当たり前だ」と語る。病院からの指示で勤務しているわけではないため、当然、勤務時間には含まれないが、「こうして信頼を勝ち取ることで、手術の際に助手にしてもらえたり、患者を任せてもらえたりする。給与のことなんて考えたことは無い」という。医療現場は、いわゆる〝サービス残業〟に支えられているのだ。

 そもそも、医療者向けの各種の学会やセミナー、勉強会は土日曜に行われることが多いが、これらは〝自己研鑽〟の場であって仕事ではないという解釈が一般的だ。では、患者の症状について論文を読んだり調べたりといった仕事に直結する勉強はどうか。いずれも労働か勉強かは曖昧だ。

長時間労働の削減に動き出した病院

 ところが、こうした慣習は今、曲がり角にある。

 前述の記者は「医師の働き方を巡ってはここ数年、労基署も興味を示している。電通や朝日新聞など長時間労働で知られるマスコミ業界にもメスが入ったし、医療界も決して例外ではない」と指摘する。

 確かに、これまで労基署が相手にしてきたのは「仕事」と「仕事以外」が分かりやすい工場などの職場だった。ところが、近年それが変わってきている。背景には、こうした長時間労働が常態化している職場で、労災認定を受ける労働者が増加していることがある。

 聖路加国際病院(東京都中央区)は今年5月、13年度から続けてきた土曜の外来診療を縮小すると発表した。救急や内科、小児科などの14科は継続するが、20科は休診となった。この決断の背景にあったのが「長時間労働の削減」だ。

 「聖路加国際病院が残業代未払いで労基署に調べられているという噂が立ったのは、昨年の秋頃でした。多額の残業代を支払わないといけなくなったため、ボーナスが遅配になった、はたまた新年度から基本給が大幅に抑えられることになり、職員の間で不満が渦巻いている、というものでした」(医療担当記者)

 その後、労基署が昨年6月、同病院などに監査に入り、残業代不払いが指摘されていたことが分かった。同病院では「サービス残業」が固定化していたということだが、これは決して聖路加国際病院だけの問題ではない。

 厚生労働省は今年4月、医師の働き方について、1万5000人もの医師が回答した大規模調査の結果を公表した。調査に携わった関係者は「調査では医師の『勤務時間』をどう捉えるかが大きな議論になった」と明かす。「調査では当直の時間とオンコールの時間を同じ枠に入れて計算したが、同じ当直でも忙しい当直とそうでない当直があり、オンコールも呼び出されたら勤務時間になる。診療と診療外の勤務の時間といった分け方も、人によって捉え方は違うかもしれない」(関係者)。

 折しも、最高裁判所では6月、年俸1700万円の医師が残業代の未払いを主張した訴訟で弁論が開かれた。年俸に残業代が含まれているかどうかが争点で、多額の報酬をもらっていても残業代は分けて支払うべきという判断が示される可能性もある。「残業」に対する司法の見方は年々、厳しくなっているのだ。

 ある大学病院の幹部は「他の業界でも、例えば休日にメールで仕事の遣り取りをするのは、仕事の時間に入るのではないかといった〝グレーゾーン〟は多くある。最近の若者はプライベートを大事にする傾向にある。医療界の長年にわたる〝グレー〟も、今後は変わっていく可能性があるのではないか」と語る。

 一方、研修医の過労死が認定された新潟市民病院では、7月から紹介状の無い外来患者の受け入れを制限する医師の負担軽減策を実施する。緊急性が無い患者は近隣の病院に回されることになるが、「限られた医療資源をたらい回しにしているだけ」と前述の大学病院幹部が指摘するように、抜本的な解決策とも思えない。

 政府を挙げての「働き方改革」が進む中、医師の働き方にも改革の波が及んでいる。

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