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「高齢者の抗がん剤問題」突如浮上の謎

「高齢者の抗がん剤問題」突如浮上の謎
は経

 4月27日付の朝刊各紙で、「高齢者には抗がん剤の延命効果は少ない」とする衝撃的なニュースが報じられた。国立がん研究センター(国がん)が自施設の患者について調査したものだが、対象者も少なくしっかりした調査とは言えないものだった。にもかかわらず、この記事が大々的に出た背景には、省庁間の微妙な関係があるようで……。

 「高齢者がん治療調査へ 延命効果を検証(毎日新聞)」「高齢者がん治療に指針 抗がん剤頼らぬ選択肢(日経新聞)」「高齢者 抗がん剤効果少なく 指針作成へ(産経新聞)」「抗がん剤 高齢患者に指針 不要な投薬を抑制(読売新聞)」──。

 国がんの調査結果の正式発表を待たずに、〝スクープ〟として大きな扱いで伝えられたこのニュース。内容は各紙で微妙に異なるが、高齢のがん患者の診療に指針を作り、効果の少ない治療は選択肢から外していくという政府の方針を伝えている点はみな同じだ。そしてその第一歩として、国がんの調査結果を引用した格好となっているのだ。

 全国紙記者が解説する。

 「調査は2007年から08年に国立がん研究センター中央病院を受診した肺がん、胃がん、大腸がん、乳がん、肝がんの患者のがん登録データを元に、抗がん剤治療と緩和治療での生存日数を比較したもの。経済産業省が主導し、日本医療研究開発機構(AMED)の研究費を使って行われた。調査が始まる際には、日本経済新聞が大きく報じました」。

今後の医療政策に関わる可能性も

 しかし、今回明らかになったのは、あくまで予備調査の結果だ。調査対象者の総数が少ない上、中央病院の患者に限られているため、本格的な全国調査は今後行われる見通しだ。

 予備調査という位置付けでありながら、この調査が注目されたのは「昨年、小野薬品工業の高額ながん治療薬『オプジーボ』が話題になったが、それ以来、注目されている医療と経済という話題だったため」(厚生労働省関係者)だ。高齢化が進む中、がんを患う高齢者は増加しており、がん患者の7割が高齢者といわれている。一方で、抗がん剤も高額化しており、肺がん患者が1年使うと3500万円(現在は半額の1750万円)という途方もない金額がかかるオプジーボは、決して特殊な事例ではない。

 「肺がん、肝がん、胃がん、と個別のがんを対象に開発された従来の抗がん剤と異なり、オプジーボのような免疫に働き掛ける治療薬は多くのがんに効果がある。対象患者が少ない難病の薬なら、高額であっても医療費全体に与える影響は少ないが、オプジーボは対象患者が膨大になる。その上、製薬各社はオプジーボのような高額薬の開発にしのぎを削っていて、今後も薬剤費は上昇を続けるだろう」とがん治療に詳しい専門医は指摘する。

 右肩上がりを続ける医療費を削減しなければ、国の財政は破綻する。ならば、何を削るのか。オプジーボ論争では一つの案として「年齢制限」が上がったが、高齢者といっても健康状態は個人差が大きく、何歳で制限をするかを決めるのは容易ではない。そのため、年齢制限は現実的ではないと思われたのだが……。

 「高齢者に抗がん剤の効果が低いということになれば、当然、使用は制限される方向に傾くだろう。今回の調査結果はそう受け取られかねない、非常にセンシティブな研究だ」と医療担当記者が話す通り、調査結果は今後の医療政策に大きく関わってくる可能性がある。

高齢者切り捨てと取られかねない事態

 そもそも、製薬企業がこれまで臨床試験の対象としていたのは、状態の良い若い患者が中心だった。医師主導試験も似たり寄ったりで、「持病があったり体力が無かったりする高齢の患者を対象にした研究は、これまでほとんどなされてこなかった」(厚労省関係者)。厚労省は今後の調査結果を元に、高齢者のがん治療についての診療指針を策定する検討を始めたという。その中身には、緩和ケアの充実が延命や生活の質にどれほど有効か、がん検診などの効果は何歳頃まであるか、なども含まれる予定だ。

 ただ、こうした検討はともすれば、高齢者切り捨てとも取られかねない。同時に、診療の基準づくりは行き過ぎれば、医療界からの反発を喰らう。財務省から医療費削減を求められている厚労省だが、患者団体や医師などの職業団体との窓口でもあるだけに、動きは慎重だ。

 「今回の調査主体の国がんは厚労省の所管ではあるが、調査はAMEDから委託を受けたみずほ情報総研の依頼で行われた。おまけに、国がんは各紙の報道が出た4月27日に調査結果を公表し、『今回の検討では、臨床的、統計的に意味のある結果を得ることが出来ませんでした』と結論付けた」(厚労省担当記者)

 国がんのホームページで公開された調査結果を見てみると、確かに「国立がん研究センター中央病院の患者層が、日本全体のがん患者の集団を代表していないという問題があり、今回の解析には限界がある」と明記されている。最初から無理筋に近い調査だった上、75歳以上の高齢者ではほとんどが「効果を評価することは困難だった」という結論なのだ。

 つまり、報道は完全に〝勇み足〟だったわけだが、どうしてこんなことが起きたのか。

 前述の記者は「今回の調査を主導したのは経産省。経産省としては、財務省から医療費削減を求められながら有効な手が打てずにいる厚労省に〝花を持たせた〟つもりだったのだろう」と分析する。国がんの発表に先んじて各社で報道されたのも、経産省お得意の〝リーク〟があったからだと、厚労省関係者は推察する。

 あるベテラン記者は「少子高齢化で先細る産業が多い中、今後も発展が見込まれるのは医療、介護業界しかない。しかし、医療業界は規制が多く、厚労省が所管しているため、経産省はなかなか絡めない。AMEDやベンチャー支援、海外展開などのピンポイントから医療に関わっているのが現状だ」と解説する。

 オプジーボに代表される高額薬剤問題は、財務省の財政制度等審議会(財政審)財政制度分科会の会合で、日赤医療センター化学療法科部長の國頭英夫氏が問題を提起したことで大きな社会問題となったが、今回の「高齢者の抗がん剤」問題を仕掛けたのは経産省だったということか。

 厚労省担当記者が、苦笑いしながら言う。「生命予後を調べる調査は過去にがんと診断された患者に対してしか行えないため、今現在の治療が反映されないのがネックです。つまり、オプジーボのような画期的な新薬による治療効果がはっきりするには、まだ時間がかかる。日進月歩のがん治療の世界で診療指針を作ったところで、現場にはほとんど無意味なものになる可能性が高い」

 製薬企業は、無駄な仕事を増やす省庁に付ける新薬を開発した方が良さそうだ。

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