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認知症「新オレンジプラン」で道のり遠し「脱・病院」

認知症「新オレンジプラン」で道のり遠し「脱・病院」
初期集中の全展開

 2017年度は、政府の「認知症施策推進総合戦略(新オレンジプラン)」に盛り込まれた、認知症の人をサポートする人員の養成数などの目標値を達成する年だ。来年の次期介護報酬改定をにらんでの期限設定となっている。25年を見据えた新プランは、認知症患者が住み慣れた地域で暮らせる社会の実現を目指すことを基本理念に据える。ただ、「脱・病院」の実現には高いハードルが待ち構えている。

 熊本県西部に住む会社員の男性(59歳)は、認知症の母親(87歳)を精神科病院に入院させたことで少し生活が落ち着いた。それまでは母と2人暮らし。3年ほど前から症状が出始めた母は、夜中に1時間ごとに「トイレに行きたい」と起こしにきた。状況は次第に悪化し、目を離すと外を徘徊するようになり、便を壁にこすり付けることもしばしばあった。男性はほとんど眠れず、疲労と苛立ちで、眠る母親の首に手を掛けそうになったこともあったという。

 恥ずかしさから近所には黙っていたが、母の徘徊する姿を目撃され、隠せなくなった。「もう限界」と、昨年秋に精神科病院に入院させた。男性は夜眠れるようになり、仕事に遅刻することも無くなった。それでも、「これで良かったのか」との思いはぬぐえない。「正直、どうしたらいいのか分からないんです。もう一緒に暮らす日々は二度と戻って来ないのかもしれませんね」。男性はそう言って、寂しそうに笑った。

 認知症患者数は、12年の時点で約462万人と推計されている。しかし、厚生労働省は15年1月、10年後の25年には700万人を超すとの推計値を公表した。65歳以上の5人に1人だ。認知症ケアは身体ケアと違い、患者の内面に踏み込む必要がある。介護保険だけでの対応は難しく、14年11月、東京であった「認知症サミット日本後継イベント」で安倍晋三首相は新プランの策定を宣言。これを受け、15年1月に公表されたのが新オレンジプランだ。

 新プランは、①認知症への理解を深めるための普及・啓発の推進②容態に応じた適時・適切な医療・介護などの提供③若年性認知症施策の強化④介護者への支援⑤認知症の人を含む高齢者にやさしい地域作りの推進⑥予防法、診断法、治療法、リハビリテーションモデル、介護モデルなどの研究開発及びその成果の普及の推進⑦認知症の人やその家族の視点の重視──の7本柱で構成。

 「新」とある以上、当然「旧オレンジプラン」もあった。12年秋に公表され、13年度からスタートした「認知症施策推進5か年計画」だ。しかし、認知症対策の強化を迫られ、旧プランの途中年度に、新プランを打ち出さざるを得なくなった。

「認知症サポーター」は800万人目標

 新プランでは、旧プランで17年度末までに600万人としていた「認知症サポーター」の養成数目標を800万人に増やした。認知症患者や家族を出来る範囲で助けることが役割で、普通の人でも養成講座を受講すれば資格を取ることが出来る。また、認知症を早期診断出来る医師を育てる研修について、受講する医師数を旧プランの5万人から6万人へと増やした。認知症の専門医として、地域の医師の指導役を果たす「認知症サポート医」も、受講医師数を1000人増の5000人とした。

 ただ、新プランについては旧プランの焼き直しとの印象も否めない。課題の一つが認知症患者の「脱・精神科病院」をいかに実現させるかだ。

 欧米などでは、認知症患者の脱・病院が主流。09年に国家戦略「認知症とともに良き生活(人生)を送る」を発表した英国では、保健省に「認知症局」という専門部局を設け、取り組みを進めている。英国、仏、独、豪州などでは入院している認知症高齢者は全体の1%以下という。日本では7万人を超すとみられ、群を抜いている。一部施設では患者の身体拘束などが指摘される他、症状が改善しても居場所がなく、入院を続ける人も多い。先進国の精神科の平均入院日数は20日程度なのに、日本では20万人以上の人が1年以上入院している。

 こうした現状を受け、新プランでは介護施設などとの役割分担を明確化し、精神科病院を「専門的医療サービスを短期的・集中的に提供する場」と位置付けた。「精神科病院などからの円滑な退院や在宅復帰を支援する」としている。

 だが、認知症入院患者をどれだけ減らすといった数値目標の明示は避けた。「精神科医療の関与なくして認知症施策は成り立たない」と主張してきた病院サイドの強い反発があるためだ。認知症患者を支える団体などは「精神科病棟が認知症患者の『収容』場と化す現状が改善されない」と強く懸念している。

 「脱・病院」策の一環として、厚労省は精神科病院を住居に転換する「病棟転換型居住系施設」の整備を掲げる。病院の敷地内に住居を整備し、スムーズな退院と「地域での暮らし」に繋げていくというものだ。しかし、脱・病院派には「単なる看板の掛け替えにすぎない」と映る。厚労省幹部は「『脱・病院派』が主流の厚労省内にも、精神科医療を重視する人はいる。両者のせめぎ合いが続いているのが実情だ」と漏らす。

 「新味がない」「期待外れ」。そんな声が少なくない新プランにも、多くの人が評価する項目はある。18年度には全市町村に「認知症初期集中支援チーム」を整備するとした点だ。看護師やリハビリなどの専門家が認知症患者の自宅を訪れ、かかりつけ医とともに患者の自立を手助けするのがチームの役割。初期の認知症患者に頻繁に接し、症状の進行を食い止める。認知症を詳しく診ることが出来る医師は少なく、チームにはそうした医師をリードする役割も期待されている。

患者家族の不安は解消されていない

 07年、徘徊中に鉄道事故で死亡した認知症の男性=当時91歳=を巡り、家族が鉄道会社への賠償責任を負うかが争われた訴訟の上告審判決で、昨年3月、最高裁は男性の妻に賠償を命じた2審名古屋高裁判決を破棄し、JR東海側の逆転敗訴を言い渡した。同居する配偶者を監督義務者として責任あり、とした二審判決には「介護の担い手がいなくなる」との批判が湧き起こった。それだけに最高裁判決は、「介護現場の実情を踏まえている」と評価されている。

 ただ、被害者(この裁判ではJR東海)救済の道を残すため、事案によっては賠償責任を問えるとした。同居家族が財産管理に深く関わっていながら、問題行動を放置していた──。そんな場合に監督責任を問われる可能性も残る。ただし、どのような場合に家族の責任が認定されるかはまだ不透明。認知症患者を抱える家族の不安は、解消されていない。

 4月26〜29日、「第32回国際アルツハイマー病協会(ADI)国際会議」が京都市で開かれた。世界各国から医療、介護に携わる人や認知症患者、家族らが参加。日本での開催は、13年ぶりだった。

 認知症の国際会議では、認知症ケアの基本を「脱・病院」と位置づける参加各国がこれまでの成果に胸を張り、日本との落差が浮き彫りとなってきた。厚労省は「脱・病院の流れを促進し、先進国との差を縮めたい」と意気込むが、道のりは遠い。

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