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「人の役に立っている」という実感

「人の役に立っている」という実感

いドクターと話していると、感覚が上の世代とはかなり違っていて驚かされることがある。

 例えば、私は臨床と大学教員を務めながら著作執筆やラジオ出演などいわゆるメディアでの活動をしているが、先輩からはよく苦言を呈された。「二兎を追う者は一兎をも得ず」「いつまでチャラチャラしたことをやるつもりか」「ペンネームでの本より本名で論文の一本でも書いたらどうだ」などと何度言われたことか。

 その都度、私は「学生時代からやっていることなので、すぐにはやめられないのです」と言いながら、「先輩の言うことももっともだ。医者の仕事は片手間で出来ることではない」と思ったものだ。

 商業メディアの世界はどこか不真面目、と思っている医者も多かったのだろう。

「人は人、自分は自分」

 ところが最近、若いドクターと話す機会があると、よく言われるのは「私も本を書きたいのですが、どうやれば編集者と知り合えるのですか」「テレビに出たきっかけは?」など。つまり、自分もメディアで一般の人達に向けて何かを発信したい、と思う人が増えているのだろう。

 さらに、器用にいくつもの仕事をこなしたり、司法試験など難関資格にチャレンジしたりするドクターもいる。私が以前会った20代の若手女性医師は、「雑誌のモデルとして活躍、クイズ王として数々のテレビ番組にも出演」という経歴を持ち、同時に婦人科医として病院に勤務していると言っていた。髪がきれいにカールされた彼女は、「昨夜は当直だったので今日は病院からまっすぐ来たんですよ」とにっこり。限られた時間をうまく使い、仕事にも身だしなみにも全力投球。ちょっと古い言い方だが、そんな“マルチ”な活動が出来る若手ドクターがいるということなのだろう。

 もちろんその一方で、臨床と研究、つまり“本業”に打ち込むドクターもいる。若手でも自ら臨んで僻地に赴任し、その地の医療を1人で引き受けて奮闘する人もおり、本当に頭が下がる。そんな1人に「都会で楽しく働いている医者もいるのに」と言って、「そういう人、すごいですよね。器用に楽しむ才能があるんです。私は不器用なので、これで精いっぱい」という答えが返ってきたことがあった。

 「その人たちだけずるい」とか「医者なんだから、真面目にやるべき」といった羨望や批判とは無縁。「その人はその人、自分は自分」という個人主義が徹底している。

 医者の場合、医療の世界の中であれば、途中でキャリアチェンジするのも意外に簡単だ。専門の診療科を変えたり、都会から地方へ、地方から都会へ、といった移動も希望すれば可能だ。しかしだからこそ、「これでいいのか」「もっと自分に合った働き方があるのではないか」といった迷いが生じることもある。

 かく言う私も、大学の教員をしながらクリニックで外来診療をこなす今のスタイルに落ち着くまでは、有床の大病院で夜勤をこなしていた時期もあれば、「もう少し身体管理のできる医者になりたい」と願ってその勉強をしていた時期もあった。両親が高齢になり介護の問題が出てくると、「やはり地元にUターンして開業しようか」という考えも頭をよぎった。個人の意思で働き方をある程度決められる仕事だけに、いくつかの選択肢の中で「あれかこれか」と悩むことになるのだ。

医師は恵まれた職業

 それでも、精神科の診察室にいると、医者という仕事は大変恵まれている、と思うことが多い。それは収入の面からだけではなく、何より「人の役に立っている」という実感が得られやすいからだ。

 現代人はいくら稼いでいても大きなクルマや家を持っていても、最終的には「この社会や人々に必要とされているか」によって幸福度が決まる、と言われている。

 診察室には、富裕層や人気者なのに「本当の意味で私は人の役に立っていない」と悩み、癒やしを求めてやって来る人もいる。その人たちが診断名の付くような病気でない場合は「お寺や教会にでも行ってみてはいかがですか」と言いたいくらいだが、診察室では「あなたが手にしている資産は、あなたの社会的評価だと考えられます。皆さんに必要とされている証ですよ」などと言って慰めることしか出来ない。

 それに比べれば、医者や看護師などは直接、患者さんに接して、「痛みが取れました。有難うございます」と評価してもらいやすい仕事だ。もちろん、「全然良くならない」などと苦情を言われることも多いだろうが、「先生のお陰で助かりました」といった感謝の一言は、仕事の疲れも気持ちの落ち込みも全て消してくれるような力を持つのではないだろうか。

 一般外科医だったのに途中から美容外科医になった同級生がおり、「がんの患者さんの手術なんかしていた方が良かったのに。美容に行ったのは収入が上がるから?」とつい聞いてしまったことがあった。そうすると彼は、笑いながら首を横に振って言ったのだ。

 「やっぱりそう思う? でも、違うんだよ。まぶたの一重を二重にしたりコンプレックスだった小さな胸を豊かにしたりしてあげると、その患者さんはものすごく喜んでくれるんだ。中には、“先生のお陰で人生が変わった。前向きな気持ちになれて仕事も恋愛もうまく行きました”と何年もたってから年賀状をくれる人もいる。人にこれ程の喜びを与えられる仕事は他にないよ」

 もちろん、他の職業でもいろいろな形で世の中の役には立っているだろうし、それに就く人に手応えを与えていることは確かだ。ただ、医療の仕事で得られる「私は必要とされている、私は感謝されている」という実感は、他の職業の比ではないと思う。

 今年も春がやって来た。「ここらでキャリアチェンジした方が良いか」と思うドクターや実際に勤務先が変わったり開業したりしたドクターもいるだろう。人は人、私は私、と自信を持ちながら、この医療という仕事の有難みを噛みしめて進みたいものだ。

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