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未来の会

第90回 「よろず相談」が求められる時代

第90回 「よろず相談」が求められる時代

いま医師や看護師など直接、患者さんと接する機会の多い医療関係者に最も必要な知識は何だろうか。もちろん、一番は「医療に関するもの」だろう。では、二番は何か。

 いろいろな意見があると思うが、私は「医療や福祉などのサービスや制度についての知識」だと考えている。

 特に精神科の診察室となると、患者さんとの対話の半分は「心の問題」や「症状」についてではなく、この「福祉などのサービス」に関することだと言っても大げさではない。最近もこんなことがあった。プライバシーに抵触しないように改変を加えながら話してみたい。

 20代のシングル女性が「気持ちが落ち込む、仕事が手につかない、眠れない」という訴えで外来を受診した。症状の内容や期間を聞くと、「うつ病」との診断が当てはまるケースだった。標準的には抗うつ薬や睡眠導入剤を処方して、仕事をしばらく休むように診断書などを作成する、ということになろう。

 診察を進めながら「仕事を休むとなると、実家に帰って静養しますか」と尋ねると、ますます暗い顔をして目を伏せた。それからいろいろと聞いた話が凄まじかった。

 実家の父はアルコール依存症で、家族に暴力を振るうため、母とまだ中学生の弟は祖父宅に避難しているという。生活費は祖父の年金だけなので、その女性も給料の半分を仕送りに充てていた。ところが最近、祖父が認知症になっているらしく、家にあるお金を勝手に使い込んでしまい、母から毎日のように、娘に相談の電話がかかってくるのだという。

 これでは、その女性がうつ病にならない方がおかしい。そして、この場合、抗うつ薬などで一時的に症状を取り除いても意味はなく、まず必要なのは実家の状況を何とかすることだろう。祖父は介護認定も受けていないというので、早急に母親に役所の福祉課に行って手続きをするように伝えてもらった。

 また、母と弟は生活保護を受給する必要もあるかもしれない。そういった相談に乗ってくれるNPOの電話番号も教える必要があった。もしかすると、母は弁護士と離婚の相談を進めることになるかもしれないので、無料相談や弁護費用の分割などにも応じてくれる日本司法支援センター(法テラス)に関する情報も伝えた。

患者の苦痛には「生活由来」のものも

 こうなると、医者というよりはほとんど生活指導員だ。

 しかし、そうしなければ、この人の症状が本当の意味で良くなることはない。

 これは精神科にかかる人だけの話ではない。夜、裸で寝ていて「風邪が治らない」と言っている人に風邪薬を出し続けても意味がないように、「この人の症状や疾病の原因は生活にあるのではないか」と疑ってかかる必要が、どの科の場合でもあるだろう。

 特に最近は、子供の虐待や貧困が社会問題化しているので、小児科などの医師や看護師たちは子供の骨折や打撲を見ると、「親の暴力では」と考えてみる姿勢が出来つつあるようだ。

 何でも疑うのは良いこととは言えないが、骨折を治療しても親の暴力から子供を遠ざけない限り問題は解決せず、さらに深刻な結果を招く場合もある。身体の成長に問題がある子供が診察室に連れられてきて、よく聞くと食事を満足に与えてもらえていなかった、という話を聞いたこともある。

 患者さんたちは、「病院は病気について相談するところ」という気持ちがあるからか、こちらから水を向けない限り、なかなかそういった生活の話はしない。あるいは、もししても医師や看護師が「私はそういうことは分からないから」とシャットアウトすれば、そこで「すみません」と語るのを止めてしまうだろう。

 もちろん、症状ではなくて「生活」にスポットライトを当てる診察は、時間もかかるし、面倒でもある。私のように「私って医者じゃなくて生活指導員?」と疑問を感じることも増える。「患者さんが使える福祉サービスは? どんなNPOがあるのだろう?」と、常に医療以外の情報を集めなければならず、それも大変だ。

 しかし、私たち医療関係者の最大の使命は、何といっても「目の前の患者さんの苦痛を少しでも取り除くこと」であり、それが医療由来のものであっても生活由来のものであっても、本人にとって大きな差はない。だとするならば、私たちも少しは「餅は餅屋」と専門にこだわる気持ちを捨て、「医療の何でも屋」さらには「医療と生活の何でも屋」にならなければならないのだ。

女性院長クリニックの人気の秘密

 最近、女性医師が開業するクリニックが人気と聞くが、それは女性の方が生活に根付いた情報を多く知っており、患者さんにそれをきめ細かく伝えるからではないだろうか。

 例えば育児でヘトヘトになって体調を崩した患者さんに、子育て経験のある内科の女性医師なら、「この辺りは保育所が充実しているから、あなたのように非正規雇用でもお子さんを預けられるかもしれませんよ。私もパート勤務の時にそうしましたから」と情報を与えられるかもしれない。

 特に医師の場合、自分の職業にプライドを持っている場合が多く、「どうして私が生活情報や福祉サービスの話をしなければならないんだ」と思う人もいるだろう。

 もちろん高い専門性も大切なのだが、患者さんに評判の診療所になるためには、やはりそれだけでは駄目だと思う。

 「駐車場から家まで遠くて、それで毎日、足が痛くなる? あなたはどこにお住まいですか? あ、そこなら実は近所にあまり知られていない駐車場がありますよ」 

 こんな言葉を、あなたは気軽に患者さんに掛けられるだろうか。「そんなの医者の仕事じゃない!」というこだわりを捨て、「よろず何でも相談屋」にぜひなってほしい。今は、それが必要とされている時代なのだ。 

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